第80話 恥ずかしくて死んじゃう
次回は久しぶりにバトル
まったくもって馬鹿げてる。
なにをどうしたらアイツらがあんなになる?
「そ、そこまで! 勝者クリス!」
これで既に3人抜きだ。
しかも前の2人とは違い、今の相手は第2騎士団の中隊長を任せてる男だぞ?
確かに元々クリスの実力は小隊長程度の腕は持ち合わせていたが、飛び抜けているほどでもない。
平均より少し上、そのレベルだった。
だが、たった一ヶ月の間に飛躍的に成長している。
しかもそれがクリスの部隊全員だ。
今じゃ第2騎士団でも明らかにトップレベル、全員が中隊を率いてもおかしくないレベルだぞ。
「なんて、原因はわかりきってんだよなぁ……」
視界の先にいるのはこの場に似つかわしくない小柄な少女だ。
「リサさん! 次お願いします!」
「ん、お願いします」
初めてここに来た時は団員に小動物の様に可愛がられていたが、それも本当に最初の最初だけだ。
団員の訓練に参加し始め、模擬戦を始めた頃にはすっかり対等以上の位置についちまった。
手加減どころか本気でやっても勝てない少女にプライドを傷つけられた団員の反感でも買わないか内心不安だったが、その心配も必要なかった。
いい意味で年齢に見合わない実力と、なにより相手を敬う態度がしっかり出来ていた。
悔しがる団員も多いが、みっともない嫉妬を抱く奴も今のところいない。
まぁ、あれじゃ無理もない。
「そこまで! リサの勝利!!」
「くそぉ……マジで強すぎるだろ!」
「最後の一撃は危なかった」
あんな事言ってるが、結果はリサの圧勝。
正直、あれの相手が出来るのはクリス達か今はいない副師団長と俺ぐらいだろう。
「ミナトの野郎……どんな鍛え方したらあんなことになんだ」
「普通に基礎を叩き込んだだけだぞ」
背後から聞こえて来た声に驚きのあまりその場から飛び退いてしまった。
「おまっ! わざわざ気配を消して近づいてくんじゃねぇ!」
心臓に悪すぎる!
♦︎
「うぅぅ……ミナト、早急にリサを呼ぶのだ……」
「もうちょっと我慢しろ」
白ローブさんを撒いたあとルーク邸に戻ったはいいが、特に予定もなかった俺はリサ達の様子を見に来た。
クロは昼過ぎになっても死に体だった。
本人の希望もあり、一緒に連れて来たのだがやはりリサの魔法目当てだったようだ。
それにしても――
「おい、ルーク……今はなにをしてるんだ?」
「あ? 見てわかるだろ、模擬戦だよ」
いや確かに見れば分かるが、果たしてこの模擬戦、意味あるのか?
各々が好き勝手に相手を見つけては剣を交えているのだが、いかんせん目的が見えない。
「意味ない、とまでは言わんがちょっと非効率過ぎないか?」
その言葉にルークが渋い顔をする。
「そうだな……まぁ色々事情があるんだ」
渋い顔のままそう言って濁す。
どんな事情かは知らないが、師団長がそう言うならこれ以上何か言っても仕方ないか……
「問題はアイツらか」
俺の視線の先にいるのはクリス隊の面々だ。
ちょっと鍛えた程度のつもりだったが、頭ひとつ抜けている感じだな。
ルークの実力を考えるともっと高い練度の騎士もいると思ったが、あれでは模擬戦をしてもお互いに得るものが少ない。
リサの方は俺が直接みる時間もあるから問題ないが……
まぁ仕方ない、元々期間限定で鍛えてきたんだ。
だからこそ基礎に絞って教えた訳だし。
でもなぁ……
と、色々思案しているとそれが纏まらないうちに場違いな気配が近づいてきて思考が中断された。
「まったく、ここはいつ来てもホコリっぽいね。 まぁそれでも平民が騎士の真似事をするには充分過ぎるほどだ」
その声には聞き覚えがある。
あのラピーナとかいう男だ。
声の方に視線を向けると、やはりそこには緑がかった髪をなびかせ、5、6人の騎士を連れたラピーナの姿が目に入る。
「ちっ、面倒なのが来たな」
ルークは小さく舌打ちすると額に手を当てる。
見れば先程まで生き生きと模擬戦に臨んでいた第2騎士団の連中も一様にラピーナから目を逸らし、渋い表情を浮かべている。
「今日は君たち平民に騎士の心得を説いてあげようと思ってね、わざわざこんな平民臭いところまで足を運んであげた訳だよ」
「うちにはうちのやり方があるんでね、必要ありませんな」
「これも上に立つ我々の責務なのですよ。 ルーク師団長はお忙しいようですからね」
ラピーナの後ろに控える騎士達が軽薄な笑みをこぼす。
なるほど、多分これは訓練と称した可愛がり――
要するにイビリだ。
まったくどこまでも下衆な男だ。
「おやおや? これはどういう事でしょうか? いつから第2騎士団は子守りを始めたのですか?」
視線の先にはリサの姿がある。
「しかも――獣人の子どもですか、真似事とは言え仮にも王国騎士団の訓練所にあんな獣を入れるなど理解出来ませんね」
「ウチは老若男女問わないんだよ、当然種族もな」
ルークの声に若干の苛立ちが混ざる。
「それに部外者を入れるのは看過出来ませんね、そこの迷い人は冒険者、あの獣など先の一件の元凶でしょう?」
こちらを一瞥し、嫌味のこもったセリフを吐く。
「コイツはあの子とあっちの嬢ちゃん達の保護者だよ」
「保護者ですか? やれやれいったい此処をどこだと――」
「うるせぇ奴だな」
いい加減この男の嫌味を聞くのもウンザリだ。
「失礼、今なんと?」
「あ? 性格だけじゃなく耳も悪いのかアンタ」
俺の言葉にラピーナの顔から表情が消えた。
「お、おい! ミナ――」
「つうかさ、回りくどいんだよアンタ、どうせエレナさんの事で憂さ晴らしでもしようとか考えたんだろ?」
ルークの制止を無視してそのまま言葉を続ける。
「き、貴様!!」
「アンタみたいな器の小さい人間の浅い考えなんか誰でもわかるっつうの、挙句ゾロゾロとお仲間引き連れて、貴族だ騎士だとよくもまぁ恥ずかしげも無く言えるな、俺なら恥ずかしくて死んじゃうね」
「はぁ……」
ルークが顔を手で覆い、デカいため息をついた。
「ッ!!」
ラピーナが俺の足元に何かを叩きつける。
ん?
なんだ? 手袋か?
深く考えずそれを拾い上げる。
「「「あッ!!」」」
え?
なに?
俺が手袋を拾い上げた瞬間、ルークと第2騎士団の連中がほぼ同時に声を上げた。
「いい度胸だ迷い人……立会人はこちらで用意してやる。 時間は明日の正午、場所は王国闘技場だ! 覚悟しておくがいい!!」
「は??」
意味が分からず首を捻るが、それ以上なにも言わずラピーナは踵を返すと足速に立ち去った。
「このバカ! なんつぅ事してくれたんだお前は!!」
ルークは怒り半分呆れ半分といった様子で声を荒げる。
「つってもお前は何のことか理解してねぇんだろうな……」
そう言って今度はあからさまに肩を落とした。
なんだか面倒な事になるんだろうが、あれ以上我慢出来そうもなかったし、仕方ない。
「よく分からんが、まぁなんとかなんだろ」
「なんとかって……はぁぁ……」
ルークは再び盛大なため息を溢すのだった。