第78話 男だろ?
早朝の鍛錬を終え、朝食を済まして午前中は図書室に足を運ぶ――
このところの習慣になりつつある行動パターンなのだが、今日は少し違う。
日々この世界の言語を学んでいるお陰でおおよそ簡単な言葉や文章の読み書きは習得しつつある。
だが、やはりまだ分からない単語が多すぎる為、理解出来る人がいなければ読書はまだ難しい。
その理解できる人というのが毎日の読書に付き合ってくれていたアーサーだったのだが、今日は予定があるらしく昨日城に帰っていて今日は来ない予定なのだ。
ステラやウェイン、セルジュさん辺りに頼めば快諾してくれそうな気もするが、ちょっと気が引ける。
ステラは毎日爺さんから魔法を学んでいるし、ウェインも大抵どこかに出かけている。
ちなみにクロも実は文字が読めるのだが、今日は深酒のせいで二日酔いグロッキー状態で全く役にたたない。
普段はリサに治して貰っているのだが、最近リサはどういう訳かルークにくっついて騎士団の方に入り浸っているので朝から不在だ。
本人曰く『騎士団の人と戦うのが楽しい』とかなんとか……
まぁ、リサの交友関係が広がるのは間違いなく本人の為になる。
ルークの話では騎士団に混じって上手くやっているそうなのであまり心配はしていない。
そして、そんなリサのお供にルリをつけているので今日は完全にぼっち状態なのだ。
という訳で、ちょっとした面倒を片付ける為に今日はひとりで商業地区を歩いてみる事にしたのだ。
さて……探すにしてもこの人混みからどうやって探したものか――
「み、見つけたぞ!!」
「おい! ポークさんに伝えろ! あの男を見つけたぞ!」
どうやら探す手間が省けたようだ。
今日の目的である男達が向こうから姿を見せてくれた。
「たく、ホントお約束を守る連中だなお前ら」
俺が探していたのはポーク率いる連中だった。
ウェインから連中が俺やリサを探し回っていると聞かされていたのだ。
「何の話だ! こちとらここ1週間アンタとあのチビを探し回ってエラい苦労したんだぞ!」
そんな事知ったこっちゃない。
「どうでもいいわ、んで? なんの用? こっちはお前らに用はないからさ、これっきりって事で後腐れなくきっちりカタつけようじゃん?」
ホント面倒だが、今後も付け回されたんじゃ堪らない。
ここで完膚なきまで叩き潰してしまおう。
指を鳴らし、臨戦体制をとる。
「ちょ!! ちょっと待ったーーー!!」
「あ? まさか頭数揃えねぇとケンカも出来ねぇとか言うんじゃ――」
「違う違う違う違う!! 俺たちゃもうアンタと揉める気なんかこれっぽっちもねぇよ!!」
「――は??」
♦︎
「ヤダ」
「そ、そんな事言わねぇで下さいよ!」
一見荒くれ者にしか見えない連中の懇願を一蹴する。
「俺たちゃアンタのその強さにホレたんだ! お願げぇしやす! 俺たちのボスになってくれ!! ポークさんもアンタとあのチビちゃんになら従うって――」
「知らん! とにかくアンタらの目的がそれだけなら話はこれで終わりだ」
往来で土下座されるこっちの身にもなって欲しい。
さっきから行き交う人の視線が刺さりまくってる。
「ま、待ってくだせぇ!」
尚も引き下がらない男どもを無視して踵を返す。
今までも元の世界で極稀にこういった連中はいたが、俺は力を誇示したい訳でもお山の大将になりたい訳でもない。
なので一切合切を無視してきたのだが、まさかこの世界でも同じ様な連中がいるとは――
後ろから聞こえてくる声を無視したまま適当に歩いていると道の隅でうずくまっている子どもが目に止まった。
道ゆく人達も気がつき視線をやるが、すぐに視線を戻し、足を止める事なく素通りしていく。
やれやれ――
「どうした? 怪我でもしたのか?」
気がついてしまったら素通り出来ない。
俺はうずくまる子どもにそう声を掛けつつ近づいた。
こちらの声に気がついたのか顔を上げ、こちらに視線を向ける。
と同時にみるみるその目に涙を溜め始めた。
「お、おい、ちょっとま――」
「う゛あ゛あぁぁぁぁぁ!!!!」
ですよね……
案の定、大声を上げて泣き出してしまった。
これでは俺が泣かしてるみたいじゃないか。
「何をしてるのですか!?」
泣き叫ぶ子どもを前にどうしたものかと考えている間もなく、耳に入ってきたのは若い女の声だ。
声のした方へ顔を向けるとこちらに駆け寄ってくるひとりの女性の姿が目に入る。
純白のローブを纏い、手には錫杖の様なものを持っている。
その顔には強い警戒が見て取れ、視線は明らかに俺を捉えている。
あ、コレ俺が泣かしてると思われてるやつだ。
「その子から離れて下さい!」
有無を言わせず、俺と泣き叫ぶ子どもの間に割って入ってくるとこちらに鋭い視線を向けてきた。
「勘違いさせたみたいだが別に俺はなにもしてないぞ?」
理由は分からんが声を掛けただけで泣き出したのだ。
俺が泣かした訳ではない――多分……
「もう大丈夫ですよ」
女が背後に庇う子どもに向け、優しくそう声を掛ける。
が――
「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーー!!」
さらに火がついた様で余計に泣き出してしまった。
「え? え!? だ、大丈夫ですよ! もう怖いことは――」
「うわ゛あ゛ーーーーーあ゛あ゛あ゛」
「あーあ、泣かしてやんの」
「わ、わたくしはなにもしてませんわ! あ、貴方が――ああ! 泣かないで下さい!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーー!!!!」
ダメだこりゃ。
♦︎
「うっ……ひく……」
たっぷり5分泣き続け、ようやく少し落ち着いてきたようだ。
「え、えっと――」
白いローブの女は声を掛けるか否か迷っているようだ。
まぁまた話しかけて泣き出したらと考えると仕方ないか。
「ボス! 買ってきやした!」
「その呼び方はやめろ」
ポークの手下に買いに行かせたモノを受け取り、未だグズっている子どもの目の前に無言で差し出す。
すると当然、視界に入ったものに目をやる。
そのタイミングでゆっくりと出来るだけ優しく声を掛ける。
「喉渇いただろ? あげるから飲みな」
差し出したのはただのジュースだ。
子どもはジュースと俺の顔を交互に数回見た後、おずおずと差し出されたカップを受け取るとそのままゴクゴクと喉を鳴らし一気に飲み干してしまった。
「お兄ちゃん、ありがとう」
飲み終えた子どもの顔にようやく小さな笑顔が見え、一安心する。
改めて子どもを見る。
多分6歳くらいの男の子、身なりからいわゆる平民だろうが、清潔感はあるので孤児とかそういう類ではなさそうだ。
という事は――
「気にすんな、んで? 迷子か?」
迷子という言葉に男の子の顔が再び泣きそうに歪み始める。
「だ、大丈夫ですよ! すぐに探しますから!」
状況について来れなかった白ローブの女が慌てた様子でそう声を掛ける。
さて、この女はどうやってこの子の親を探すつもりなんだ?
とは思うが口には出さない。
多分、この女ノープランだ。
口に出したが最後、女はあたふたし始め、不安に駆られたちびっ子が決壊しかける。
「ぼ、ぼく、ママとお買い物――いなくなって――ッ!!」
「だ、大丈夫ですよ! すぐ探しますから!」
さっきと言ってる事が同じだ。
でもこれ以上泣かれては話が進まない。
「いい加減泣くな、男だろ」
「そんな言い方あんまりです!」
目から涙を零す男の子の前にしゃがみ、その頭を撫でてやる。
「俺はお前のママを見てもわかんねぇんだ。 泣いてたらいつまで経ってもママが探せないぞ? いいのか?」
その言葉に男の子の表情が変わった。
震えて泣きそうになるのを歯を食いしばって耐えている。
よしよし、コレでなんとかなる。
――なるよね?