第77話 なにして過ごすかな?
更新遅くなりすみません……
エレナを紹介された後、パーティーはいつもの展開になっていた。
「祝いだ! 酒だ! 酒を持ってこい!」
「カッカッカ! ほれいい酒を見つけてきたぞ」
「あ!! それは俺の秘蔵の――リッチテメェ俺の部屋を漁りやがったな」
「おめでとうございます隊長!!」
「よかったな」
「おふたりのこれからに女神セレーナの御加護がありますように」
もはやパーティーと言うより酒盛りだ。
ただ今回は仕方ないかもしれない。
なにしろクリスとエレナがこの場で正式に結婚したのだ。
この世界では婚姻届けを出すような役所などない。
婚姻書と呼ばれるものにお互いのサインと証人を最低2人立て、それぞれにサインを貰えば晴れて結婚成立。
「しっかし、王子様が簡単に証人とかなっていいもんなのか?」
みんなから祝福されるクリスとエレナを少し離れた位置から見つめるアーサーにそう声を掛けた。
「言ったでしょ? 今日の僕はただ私人、個人的におふたりの結婚を祝福したまでですよ」
「いや、いくら俺がこの世界の常識に疎いとはいえ、そんな屁理屈が通じるとは思えないけどな」
「いいじゃないですか、その屁理屈でおふたりが幸せになれるのなら僕の方はなんとでも言い訳出来ますよ」
アーサーはそう言ってイタズラっぽい笑みを浮かべた。
まぁクリスの話を聞いた限り、アーサーが証人になってくれたのは非常に心強い。
王子が証人なら文句を言える者などいないに等しいからな。
「しっかし……あのラピーナとかいう奴つくづく碌な野郎じゃねぇな」
「……すまない」
俺の言葉にアーサーの顔が曇る。
「いや、別にアーサーが悪い訳じゃないだろ」
「いや、貴族の行いは王家の責任だ。 だが今の僕では口先ばかり、不甲斐ない限りだよ」
そう言ってアーサーは唇を噛み締め、握りしめた拳が震える。
何も出来ない悔しさと怒りが滲んでいる。
まぁ、あのクソ貴族のやった事は許せないだろうな。
クリス達を捨て駒にしただけでも許せないが、それが嫉妬と見栄からくるものだと聞いて益々腹が立った。
あのクソ貴族は事もあろうにエレナさんにちょっかいをかけていた。
妻に恋人にと言うならまだしも、愛人になれと強引に迫っていたと言うのだ。
そしてクリスが婚約者だと知れば、今度はクリスに執拗な嫌がらせを繰り返した。
詳しい事をクリスは話さなかったが、実際死んでもおかしくない目にあった以上、可愛い嫌がらせではないだろう。
2人が婚約だけで結婚に踏み切らなかったのは、証人になった人に危害を加えかねなかったからだ。
先の会議とやらで俺をえらく敵視していたのはその辺が理由だろう。
ちっさい男だ。
「ま、色々言ったが証人にアーサーの名前があるんだ。 余程の馬鹿じゃない限りこれ以上手は出してこないだろ」
2人の婚姻書にはアーサーとルークの名前がある。
俺もサインしたかったのだが、ボガードに止められた。
曰く『絶対トラブルのタネになるからやめて欲しい』と……
ひどくない?
♦︎
翌朝――
朝の鍛錬を終えた俺はルークに誘われ朝食を共にしていた。
昨夜のメンバーはまだ早朝という事もあり殆どが寝ている。
「ミナトはいつもこんなに朝早いのですか?」
朝食の席にはアーサーも同席していた。
「そういうアーサーも充分早いだろ」
「僕は先程起きたばかりですよ。 ミナトは既に鍛錬を終えたのでしょう?」
習慣なので大した苦ではない、と答えつつ最後のパンを口に放り込んだ。
「さて、そろそろリサを起こさなきゃだな」
昨日今日と立て込んでいたのでサボり気味だ。
今日はしっかりと鍛えなきゃだ。
「おまえ、あんな嬢ちゃんに無茶してねぇだろうな? カイトのトレーニングはヤバかったから心配だぞ」
「その辺りは考えてるから心配するな」
だがルークは訝しげな目でこちらを見ている。
その目は全く信用出来ないと言わんばかりだ。
「……まぁいい、それより今後の事を伝えておくぞ」
ルークの話では少なくとも最低でも後3週間は王都に滞在してほしいとの事だった。
というのも、魔獣の森の調査が完全に終わるのにそのぐらいの期間を要するのが理由だ。
また妙な言いがかりがつかないか心配だったが、その点はルークも懸念して手を打っていた。
「うちからは副師団長が出てる、腕も立つから心配いらん」
とのことだ。
滞在はこのままルークの屋敷で世話になっていいとのことなので、甘えることにする。
王都は聖光教会の権力も届かないとの事なのでその辺りも安心だ。
こちらとしてもマーリンに頼んでいる調査が終わるまでは特に予定もない。
外出も自由とくれば断る理由はなかった。
「悪りぃな、そんな訳で出来る事はするつもりだからなんかあれば遠慮なく言ってくれ」
「おう、むしろこっちこそ世話になる」
「それと最後に――セルジュ、例のモノを頼む」
ルークがそう言うとセルジュさんは白の長い布袋を差し出してきた。
「こいつは――」
手渡されたそれを手にした瞬間、中身を見るまでもなくなんなのか理解した。
「刀袋か? 先日も言ったが、俺は――」
「ソイツは昔俺がカイトからもらったもんだ。 何度か触ったが俺には到底扱えなくてな、俺が持ってるよりお前が持ってる方がアイツも喜ぶだろ」
その言葉に俺は無言で中身を取り出してみる。
目に飛び込んできたのは赤い拵の刀――
一般的な打刀よりも長い造り。
「野太刀か? 随分と立派で派手だな」
真紅と山吹に金の紋様細工で揺らめく炎が見事に表現された鞘だ。
少しだけ鞘から刀を抜くと、そこには日本刀らしい美しい刃紋が姿を見せた。
「俺が使うと鞘から抜くのも一苦労でな、その上細くてすぐ折れちまうからすっかり仕舞い込んでたんだよ」
「は? 折れちまう?」
「ああ、でも安心しろ今は折れてねぇぞ。 折れても欠けても一晩経てば元通りだ」
なんでもそういう特殊な金属で出来ているとか――
異世界、便利すぎるだろ。
「……ま、とりあえず受け取っておく」
再び刀袋に戻し、そのままアイテムボックスに入れておく。
いくら直ると言っても、刀が可哀想すぎるので俺が保管しておこう。
使う機会があるかは別として……
その後、ルークはアーサーを城に送りそのまま騎士団のお勤めだと言って出ていった。
さてはて、3週間か……
なにして過ごすかな?
♦︎
「いい天気だね、相変わらずここは静かで安らぐよ」
「……はぁ」
優雅な所作でカップを置くアーサーに思わずため息が溢れた。
「確認だが、アンタ王子なんだよな?」
「え? そうだね」
「俺の考える王子様は毎日毎日ひとりで訪ねて来たり、気ままに外泊しないんだが?」
あれから1週間――
アーサーは連日こうして裏庭の園庭で優雅にティータイムをしたり、俺の鍛錬を見学している。
むしろ殆ど滞在していると言ってもいい。
おかしくない?
この世界の王族ってこんなに自由なの?
「私は王室で爪弾き者だからね、うるさく言われないのさ」
ここ数日でその辺りの事情は概ね聞かされた。
現在の国王は13年ほど前に先代国王の弟がその座についた。
理由は先代国王が行方不明になった為だ。
行方不明になったのはこの国の外、海を隔てた先にある大陸で通称魔大陸――
この国がある大陸とは比べ物にならない程危険な魔獣や魔物、そして魔族が蔓延る広大な土地だ。
そんな危険地帯に自ら騎士団を引き連れ調査へ赴き、そして全員が行方知れずとなった。
アーサーはその先代国王の子どもだ。
本来であれば先代の息子であるアーサーが王位を継ぐだが、まだ幼かったアーサーが王位につく事はなかった。
実際のところ、様々な思惑が絡んでいたのだろうとアーサーは苦笑混じりに話していた。
そして現在――
アーサーは王位継承権第一位にも関わらず、その立場は非常に危ういのだ。
というのも現在の国王にも息子がおり、その息子は王位継承権第二位だが次期国王に推す声が大多数を占めている。
何故そんな事になるかと言えば、その現国王とその息子は完全なる選民思想家なのだ。
対してアーサーは現在の腐敗した貴族制度を正そうとする姿勢を貫いている。
結果、大半の貴族はアーサーに王位を継がれては堪らないのだ。
そしてそれは同時にこの国の貴族がそれほどまでに腐っているという事でもある。
そうなると暗殺などの危険があるのではないかと心配したのだが――
「力を削がれすぎてしまいましたので、もはや危険視すらされていないのですよ」
聞いてるこっちが悲しくなるような事を笑顔で言われてしまった。
一応、ルークからは『殿下を頼んだ』と言われているんだが……
それでいいのか、師団長様よ……