第76話 適応が早すぎる
気がついたら20万字超えてた。
展開が遅くて申し訳ありません。
もう少しで暴れ始めます。
「えー……それでは、ささやかではありますがクリス隊の任務達成と無事の帰還、それとミナト達の歓迎を兼ねて――乾杯!!」
「「「か、乾杯……」」」
ルークの厚意により開かれた豪勢なパーティー会場はなんとも微妙な空気が漂っていた。
「なんでこんな雰囲気なのよ? 辛気臭いわね」
そんな空気の中、傲岸不遜の我らがルリさん、毛ほども空気を読まないな。
流石だ、ある意味尊敬する。
「あはは……すみません、僕が突然お邪魔してしまった所為ですね」
アーサー――
てっきりいいところのが貴族かと思ったがとんでもない勘違いだった。
「ん? アンタの所為ってどういうこと?」
「だああああ!! ルリさんダメですよ! 殿下をアンタ呼ばわりなんて!!」
ボガードが血相を変えてルリの不敬極まりない言葉を止めに掛かる。
「うっさいわね!」
まぁ相手はあのルリなので、前足で引っ叩かれ、あっさりと床に転がされてしまう。
「ふーん、アンタこの国の王子なのね? どうりでどいつもこいつも床と見つめあってる訳ね」
「ははは、申し訳ない」
「お、おい……フェンリル、お前ちょっとは言い方ってもんがなぁ――」
「知らないわよ、なんで神獣である私が人間の王子に諂う必要があんのよ!」
「いい加減にしろ!」
ルリの頭上に拳骨を落とす。
「いったーーーい!! 何すんのよ!」
なにすんのよじゃないだろ。
お陰で余計に空気が重くなったわ。
パーティーに参加しているのは、主催者であるルークとクリス達4人に俺とステラ、リサにウェイン、それと爺さん。
クロは未だに気を失ったままで俺の外套のポケットに入っている。
後は執事のセルジュさんとメイドの方々。
そして――
「あらあら、ダメよちゃんと躾はしておかないと。 主人である貴方の責任よ?」
ルリに負けず劣らずな態度で平然とグラスを傾ける女――
「アンタも大概空気読まないよな」
「あら、私はきちんと作法に載ってて殿下にご挨拶したわよ? なにもおかしな事はしていないわ」
妖艶な色気を醸す真っ黒なドレスを身に纏ったマーリンは余裕の表情である。
「ご、ご挨拶……わ、私きちんとご挨拶出来ていません……」
「ス、ステラ……どうしたらいい? わたし分からない」
「じ、自分はどうしたらいいっすか……」
マーリンの言葉に、元々緊張度MAXで壁の花状態だったステラ達が顔面蒼白、周章狼狽、右往左往――
と、大混乱。
「隊長……」
「わ、わたくし達の代表者は隊長殿であります故、ご挨拶はお任せ致します」
「ば、ばかを言うな! 我々程度が陛下にご挨拶など、畏れ多い!」
「でも、逆にご挨拶もせずでは不敬に当たるんじゃないですか!」
クリス隊の面々も心慌意乱といった様子である。
とりあえずそれっぽい四文字熟語を並べてみたが、なんか頭痛くなってきた。
これじゃアーサーが可哀想になってくる。
「すみません、身内で楽しむはずのパーティーに立場も弁えず参加してしまったばかりに……」
ほら見た事か。
「気にすんな、みんなどうしたらいいか分からないだけだ。 別にアーサーが悪い訳じゃない」
「「!!??」」
「お前……いや、流石と言うべきか……適応が早すぎるだろ」
ルークが盛大なため息を漏らす。
いや、実際俺もちょっとは遠慮するつもりだったよ?
でも、このままじゃアーサーが不憫過ぎる。
「公式の場ならまだしも、こういう時は友人として接してくれって言われたからな。 俺もその方が楽だし、アーサー自身がそうしてくれって言ってんだ、普通だろ」
俺がフランクに接すれば他の連中も少しは緊張が解れるだろう――
そう思ったのだが……
「ミ、ミナトさん……」
「不敬罪ッス!」
「打首獄門……」
ステラ達は益々顔を青くし――
「「…………」」
クリス達は今にも倒れそうになってる。
やれやれ……
打ち解けるには時間が掛かりそうだ……
こういう時こそお前の出番だろ……
俺はポケットの中で気を失っている相棒に触れた。
「……ようやく我の偉大さが理解できた様だな」
「!! おま、目が覚めたのか!!」
スルスルと外套を伝い定位置の肩へと登ってくる。
そして――
「酒だ!! 無礼講だ! 良いなアーサー!!」
「ええ、今の私はただの私人、遠慮など無用です」
えぇ……さっきまで気絶してたヤツのセリフかそれ……
だが、実際問題そこからは徐々に空気が軽くなっていった。
アーサー自身が積極的にみんなに話しかけ、その上でお酒の力も手伝ったのだろう。
1時間も経つ頃にはすっかり全員が楽しめている様だった。
「貴方も大変ね、カイトはそういう気遣いが出来なかったのだけれどナギサに似たのかしら?」
ひとりでリラックスしているとマーリンに声をかけられた。
「別に俺はなにもしちゃいないだろ。 どっちかって言えばクロの功績だな」
まぁ当の本人はただ酒が飲めればいいだけなんだろうが……
「そう、まぁ彼は良くも悪くも周りを巻き込むタイプですものね」
手にしたグラスを傾け、懐かしそうに遠くを見つめるマーリンが少しだけ意外だった。
「やっぱりクロの事も知ってるんだな」
「ええ、最初に見た時には驚いたわよ」
最初にって事は俺たちが初めてギルドに行った時か。
オヤジ達の件もそうだが、全く驚いていた様には見えなかったな。
「なにも聞かないのかしら?」
「聞かねえよ、またクロがおかしくなっても困るからな」
クロがどの程度記憶を取り戻したのかは分からない。
だが少なくとも、情報を与えられ、記憶が無理に呼び起こされれば同じことになる可能性がある以上、少なくとも今はやめておいた方が無難だろう。
「それが正解ね、予想はしていたけれど、無理に記憶を呼び起こすのは止めた方がよさそうだわ」
「やっぱりそれが理由で色々話そうとしなかったんだな」
「それもあるのだけれど、他にも理由はあるわよ?」
「あっそ、じゃあ話せる時にでも話してくれ。 それより例の件調べてくれたのか?」
例の件――
それがマーリンの依頼を受けた最大の理由――
「ええ、概ね足取りは追えたわ」
それは人探しだ。
と言ってもこの世界に俺の知り合いはいない。
探してもらっているのはリサの両親だ。
「ただ、まだ確証を得たとまでは言えない状況なのよ。 だからもう少し時間を貰えるかしら? 分かり次第すぐに連絡するわ」
「……分かった」
この世界で何度目かわからないため息が溢れる。
クロの記憶の件もあり、多少はマーリンを信用し始めてはいるものの、分からないことが多すぎていい加減疲れてきた。
とはいえマーリンやルークは現状唯一、俺が欲しい情報を持っていそうな相手だ。
今は信じて待つ他ないか……
ん?
視線を感じそちらに目を向けるとクリスと目があった。
「す、すまん、邪魔してしまった」
「いや、丁度終わったところだ」
声をかけてきたと言う事は俺に話があると言うことなのだろうが、聞く前におおよそ内容は想像出来た。
というのも――
「お初にお目にかかりますミナト様、エレナと申します。 この度はクリスと隊の皆さんを助けて頂き本当に感謝しております」
クリスの横に立つ女性はそう言って淡いブルーのドレスでスカートをつまみ上げると深くお辞儀する。
この所作をこの目で拝む日が来るとは思ってもみなかったな。
まぁそんな事は置いておくとしてだ。
クリスはこの人を紹介したかったのだろうが――
「か、彼女はその、アレだ、こ、婚約者なんだ」
なるほど、まぁそういう感じだよね。