第74話 ご一緒させてもらおうかな
「運が良かったな」
帰りのに馬車でルークは安堵の息を吐きながらそう言った。
なんでもああしてアレクセイ総長が出てこなければ確実にもっと面倒な話になっていたと言う。
だが、今回はアレクセイ総長がその立場から落とし所を作った事で、これ以上追求させない決着をつけてくれた訳だ。
「借りを作った事にはなるが、仕方ねぇか」
高くつかない事を祈るばかりだな。
「アレクセイって貴族だろ?」
「ああ、侯爵の爵位をもつ侯爵家の当主だ」
侯爵家って事はこの国でも相当上の身分だな。
この国がどうかは知らんが、一般的には侯爵の上は公爵と大公くらいなもんだろ。
「なんだ? なんか気になる事でもあるのか?」
気になるって程の事じゃない。
ただ、あの第1騎士団の2人はかなり偉そうだった。
実際この国で貴族ってのは偉いのかもしれないが、それにしてもだ。
アレクセイが普通なのか、第1騎士団の2人が普通なのか。それによって貴族への印象が変わってくる。
「アレクセイが特別って訳じゃねぇが、まぁ少数派だな。 大半の貴族はスライ達と変わらん」
やっぱりそうだよな。
これまでの話を聞く限り、そうだとは思っていた。
「ま、関わらなきゃいいか」
「その発言が既にフラグよねぇ」
ルリさんよ、なんでそういう事言うかね?
♦︎
「おお……すげぇ……」
ルークの屋敷に戻った俺は、ルークにある場所を案内された。
「はっはっは! やっぱりお前も風呂好きか、カイトとナギサも風呂好きだったからそうじゃ無いかと思ったぜ」
ルークの屋敷の中庭――
そこには日本人も驚く立派な露天風呂が存在した。
親父に影響されて風呂好きになり、自分の屋敷に露天風呂を造ったのだそうだ。
ルーク曰く、王国一の風呂だそうだ。
「ま、ゆっくりしてくれ! 俺はちと出掛けてくる、なにかあればセルジュに言ってくれ」
そういってルークはさっさと出掛けてしまった。
ああ言っていた事だし、ここは一つ異世界の露天風呂を堪能させてもらおう。
流石に温泉って訳にはいかない様だが、この露天風呂は魔導具とやらのおかげで疲労回復の効果があるそうだ。
「ふぅ……控えめに言って最高だな」
銀嶺荘の風呂で充分満足だったが、この風呂には叶わない。
露天風呂というだけで気分が違う。
「ミナト、貴様これからどうするつもりなのだ?」
ぷかぷかとお湯に浮かびながらいつの間に用意したのか、お猪口の様なもの口にするクロ――
「色々ツッコミどころが満載で面倒くさいんだが、お前風呂なんか入って大丈夫なのか?」
「む? 大丈夫とはどういう意味だ?」
「いや、綿がお湯吸って沈みそうじゃん」
「なにを言っているのだ貴様、それより質問に答えんか」
なにを言ってるんだはこっちのセリフである。
デタラメな存在とは言え、せめて設定くらい守れよ……
「あー、どうするつもりかって話だろ? とりあえず予定通り元の世界に戻る方法を探すつもりだけど、手がかりがアレだしな……他にも色々調べたい事はあるよな」
ルークやマーリンは色々知っているのだろうが、まぁ聞き出すのは難しいだろう。
クロの事も確実に何か知っているのだが、教える気がまるでない。
少なくとも今は話す気がない様子に見える。
「ま、とりあえずは例の件に関する情報さえ手に入ればいいか」
「例の件だと? それはマーリンからの依頼を受けた際に耳打ちされていた事か?」
「ああ、次に会った時にでも聞いてみるつもりだ」
「ああも嫌がっていた貴様が受けた話だ、大方、リサの親の事であろう? まぁ貴様の好きにするがいい」
呆れた様子でお猪口を口に運ぶクロに少し驚きつつも頬が緩んだ。
俺も大概だが、口ではなんだかんだ言ってクロも大概だな。
「なんだその顔は? 腹立たしい」
「いや、別に? それよりたまには注いでやる」
徳利を手に取り、空いたお猪口に酒を注ぐ。
「む? 気が利くではないか」
一瞬で機嫌が良くなった。
ちょろすぎる。
♦︎
風呂から上がると後は特に予定などない。
ウェインは街中に出掛け、ステラとリサ、それとルリは用意してくれた部屋でのんびりしているとセルジュが教えてくれた。
「うーん、どうするかな」
セルジュに勧められたビンのソレを煽りながらこの後どうするか考える。
「やはり風呂上がりはこれだな」
「コーヒー牛乳かよ、普通はフルーツ牛乳だろ。 そもそもお前は飲んだ事ないだろ」
というか、なんで異世界にビン牛乳系の飲み物があるんだ……
いや、まぁなんでもクソもないか……
どうせ親父がルークに吹き込んだに違いない。
美味いからいいけど。
「とりあえず適当に過ごすか」
そうセルジュに伝えると、屋敷内は鍵の掛かった場所以外は好きに探索していいとの事だ。
もし出掛けるのであれば馬車の手配もしてくれるとの事だったが、とりあえず遠慮しておいた。
ルークの屋敷はかなりでかい。
一階には食堂やホールなど来賓を意識したもの、それと図書室もあり、どれも無駄にだだっ広い。
二階は来客用の部屋が並んでいるらしく、サロンらしき部屋もあった。
これまでも色々見てきたが、元いた世界で触れてきたファンタジーな世界が実際に目の前にあるのは少しばかりワクワクするのも確かだ。
しばらくは王都に滞在する事になるだろうし、改めてあちこち探検してみるのも悪くないな。
その後も気の向くままに色々探索を続けていると、メイドのひとりに裏庭を勧められた。
正面の広々とした庭とは異なり、そこまで広くはないが、自慢の庭園なのだそうだ。
折角なので覗いてみることにする。
「なるほど、これは勧めたくもなるな」
すっきりとした正面の庭とは異なり、裏庭の方は色彩鮮やか
に花々が咲き誇っていた。
花にあまり興味のない俺でも思わずため息が出るほどに美しい庭園だ。
(そういえばおふくろは花が好きだったな)
おふくろはいつも家のあちこちに生花を飾っていた。
だからだろうか、風が吹くたびに運ばれてくる香りは何故か懐かしい香りがする気がする。
どれくらいその場で惚けていたのか分からない。
だが、背後から近づいてくる気配を感じて現実に引き戻される。
「失礼、お邪魔してしまいました?」
振り返るとそこには柔和な笑みを浮かべる男性が立っている。
この裏庭に入った時点で人の気配はあったので、てっきり庭師とやらだと思っていたのだが、どうやらこの男の気配だったようだ。
肩まで伸びた明るいブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳、顔立ちは端正で歳は俺より少し上の二十代前半といった感じのどこから見ても美男子と言って差し支えない男だ。
服装も派手ではないが、気品を感じる。
何故ルークの屋敷の裏庭にいたのかは分からないが、恐らく雰囲気や服装から見て貴族だろう。
「はじめまして、僕はアーサー、君がヒュウガミナト君だね?」
どうやら自己紹介は必要ないようだ。
それに口調も友好的なのでとりあえず警戒はしなくてよさそうだ。
「不躾だったかな? お詫びによかったらこっちで一緒にお茶でもしないかい?」
「折角のお誘いで申し訳ないが、俺は初対面の男と面白おかしくお茶をするタイプじゃないんですよ」
「ははは、これは手厳しいね。 僕としては最も尊敬するお2人の息子である君とは是非話してみたかったんだけどね」
そう言って表情を少し悲しそうに変えた。
「……前言撤回だ。 ご一緒させてもらおうかな」
オヤジとおふくろを知っているなら話は別だ。
好意的な彼には悪いが是非とも話を聞かせてもらおう。