第64話 『先祖返り』
明日は複数話更新予定です。
「なんというか、色々と突飛過ぎて理解が追いつかないわ」
フェンリルのルリを仲間に加えた翌朝、朝の鍛錬を終え、食事も終えた後ルリに俺たちの事を簡単に話した。
「まぁ無理に信じろとは言わないよ」
逆の立場だったら鼻で笑う自信がある。
「別に疑ってる訳じゃないわよ。 ご主人様が嘘つくメリットないじゃない。 むしろ色々と納得する部分の方が多いくらいだわ」
これまで出会った人達と同じようにすんなりと信じてくれた。
「そんな事より、アレなに??」
ルリの視線の先――
そこには朝食を終え、体力強化のランニングに励む5人の生気のない顔があった。
「準備運動」
ここから王都まで普通に行ったらおおよそ1週間ほど。
せっかく時間があるのだ、なら少しでもレベルアップしてもらいたい。
「ちょっと言ってる意味がわからないわ」
ルリが心底理解不能と言った表情でこちらを見てくる。
「さっきの言ったろ? リサとクリス達の鍛錬の――」
「そう言う意味じゃないわよ……でもそうね、ご主人様の訓練だものね……」
俺の言葉を遮り、そのまま勝手に納得するルリの目はどこか遠くを見ている。
なんか、そろそろ俺もこの反応の意味が理解出来る様になってきた。
これでも優しくしてるつもりなんだがなぁ……
「ミ、ミナト……み、水を……」
2日酔いのバカを無視しつつ、必死に走る5人を見守る。
♦︎
その日の夜、昨夜に続きクロと爺さんを中心に酒盛りで散々騒いでそのまま潰れて眠る流れを経て、気がつくと起きているのは俺とクロ、爺さん、ルリだけになった。
まぁこのタイミングを待ってたんだけどな。
そろそろ色々な疑問が募ってきている。
何度か聞きたいと思った事もあるが、落ち着かなかったからな。
聞くには丁度いいタイミングだろう。
「と言う訳で、分かる範囲で聞いていいか?」
「答えられる範囲で良いなら構わんがのぉ」
「ああ、まず聞きたいのはリサの事だ」
鍛錬を始めて1週間、ここまで投げ出さず真剣に取り組んだ結果、その成長は目覚ましいものがある。
元々の身体能力の高さもあるのだろう。
教えた事を吸収するスピードも相当だ。
既にクリス達といい勝負が出来る域に達している。
だからこそ疑問なのだ――
「あの子は特別な獣人なんだろ? 初めて会った時爺さんが言っていた『先祖返り』ってなんなんだ?」
「ふーむ……よく覚えておるのぉ」
別にリサが何者だろうと俺はどうでもいい。
今日まで聞かなかったのは別に聞かなくてもいい思っていたからだ。
だが、今後の事を考えれば聞いておいた方が良いと思い直した。
本人のいない所で聞く事に申し訳なさもあるものの、まだ10歳の子が聞くべきか否かの判断も難しい。
俺もまだガキだが、それでもリサを連れてきた以上、保護者としての責任もある。
「その話をするには獣人という種族について説明する必要があるのぉ」
「そ、その話! 是非私めもお聞かせ下さい!!」
「うぉ! びっくりした!」
寝ていた筈のクレメンが突然跳ね起き、鬼気迫る勢いで隣に転がってきた。
「ふむ、お主か……」
ん? クレメンに聞かれたら都合でも悪いのか?
「お主にとって少々ショックな内容かも知れんが構わんかの?」
「構いません!」
迷いなくそう言い切るクレメンに爺さんは一呼吸置いてから話し始めた。
「ミナト、お主もそろそろこの国での獣人の扱いが見えてきた頃合いじゃろ?」
「ああ」
腹立たしい事に聖光教会を中心に謂れなのない差別を受けている。
獣人は魔族の血を引いてるだっけか?
「獣人はの、神獣を祖先とする種族なんじゃよ」
「あー……なるほど」
理由は分からないがとりあえず聖光教会は信者にデタラメを吹き込んでる訳だ。
「ホッホッホ、お主はもう察したようじゃが『先祖返り』とは神獣の力が強く現れ、神格を持つ者のことじゃよ」
「神格……か」
とりあえず、リサの事は概ね理解した。
ついでに次に聞こうと思っていた事も、概ね回答を得た様なものだ。
神格なんて言葉があるならやっぱりこの世界に神様は存在するんだろうな。
「……」
クレメンは爺さんの話を聞き、眉間に皺を寄せている。
棄教宣言したとは言え、やはり自分が信じていたモノが間違っていると言われれば心中穏やかではないだろう。
「やはりそうなのですか……」
「へ?」
クレメンの意外過ぎる言葉に思わず間抜けな声が漏れた。
「やはり教会の教義は事実を湾曲、偽っているのですね」
クレメンはポツポツと語り出した。
今まで見ない様に、考えない様にしていたが以前から教会の教えに疑問を抱く瞬間があったのだと言う。
それでもセレーナ神を信仰する気持ちは薄れず、今日まで教会の教えを守ってきた。
そんな中、リサに出会った。
教会の教えを真っ向から否定する存在に出会ったのだ。
それまで蓋をしていたものが一気に溢れ出した、との事だ。
「ホッホッホ、お主は存外に頭が柔らかいのぉ、魔導士として必須の素養じゃわい」
「魔導士の先達にそう言っていただき光栄でございます」
クレメンはこれからもセレーナ神への信仰は捨てるつもりは無いと言う。
だが、教会の教えは捨てると。
教会と信仰は彼の中では別のものとして扱うのだそうだ。
ま、俺がどうこう口出しすることじゃない。
「して、ほかに聞きたい事はあるかのぉ?」
爺さんに促され、目的を思い出す。
「あ、ああ、この世界の神様ってセレーナって神様以外はいないのか?」
セレーナという神様は聞いたことが無い。
似た名前ならギリシャ神話だがで聞いた事があった気もするが、この世界は北欧神話由来が目立つ。
まぁネクロノミコンだとかもあるし、ごちゃ混ぜなだけの可能性もあるが、セレーナ以外の神様が存在するなら参考にはなるかも知れない。
そう思って聞いてみたのだが――
「どうだったかのぉ? 忘れてしもうたわい」
爺さんはそう言って笑った。
しかも、すっとぼけているのは明らかだ。
「私が教えてあげ――」
「これルリ」
それまで黙って丸まっていたルリが口を開いた直後、爺さんが言葉を遮る。
どういうつもりかと爺さんに目をやるも、目線を合わせようとしない。
どうやら教える気はないようだ。
その上、ルリの言葉まで遮った。
「そういえばそうだったわね。 そういえば色々と口止めされてたわ」
そう言ってルリはプイっとそっぽを向き再び丸まってしまった。
「やれやれ、困った奴じゃのぉ」
どうやらルリは事前に口止めされていたようだ。
しかも色々と口止めされているらしい。
ルリはそれが不満なのか、嫌味をこぼした訳だ。
「ミナト、色々気になる事もあるじゃろうがお主の目で確かめるといいじゃろ。 儂が言える事はそれくらいじゃ」
爺さんはそう言うと、話はこれで終わりとでも言いたげに酒瓶を呷った。
やれやれ、なにを考えているか分からんが、こうなってしまったらこれ以上聞いても答えてくれないだろう。
獣人の話を聞けただけ良かったと思う事にするか。
ブクマ、評価の方よろしければ……