第63話 シロ、ポチ、タマ
「オオーーーーン!!」
馬鹿でかいフェンリル遠吠えが響き渡る――
「……これであの子達が街道を通る人間を襲うことは無くなると思うわ、私の言う事を聞く子だけだけどね」
「以前と変わらない程度でいいさ」
あの服従のポーズを見せた後はすっかり大人しくなった。
神獣と呼ばれてるのにそれでいいのかと言ったら――
「プライドより命の方が大事に決まってるでしょっ!! 大体、アンタがそれを言う?! 性格悪すぎるわ!!」
などと言われてしまった。
確かにあれだけ一方的にやった俺が言ったら意地が悪いな。
しかし、プライドより命か。
なんかめちゃくちゃ人間臭いというか、世俗的というか……
「とにかくこれでひと段落か」
まだクリス達の問題が完全に解決したとは言えないが、とりあえずこの森で出来る事は終わった。
「さて、じゃあ王都に向かうか」
当然この意見に反対する者はいない。
「元気でね」
「ぐぅ……ぐるぅ……」
リサに別れを告げられたクマ吉が寂しそうな鳴き声を漏らす。
すっかりリサに懐いてしまったようで、リサのローブを咥え、離れたくないと意思表示するが、流石に今後も連れて歩くわけにはいかない。
リサがいくら言い聞かせても決して離れようとしない。
「これこれ、お主らフォレストグリズリーはこの森における頂点じゃ」
いよいよリサも困り果てたところで爺さんがクマ吉を諭し始めた。
「まだ幼いお主の不安も分かるがのぉ、お主の仲間は全滅しておらん。 フェンリルから縄張りを取り返したお主が今後は群れを率いらねばならん」
「ぐるぅ……」
クマ吉は爺さんの言葉を理解しているのか、ますます不安そうになる。
「頑張って、また会いに来るからね、それまでこの森をお願い」
その言葉にクマ吉は咥えていたリサのローブを離した。
「そうだな、いざとなればコイツに協力してもらえ」
「は? コイツってまさか私の事?」
フェンリルが驚いた様に声をあげるが、無視。
「それでもダメでまた森がおかしくなったら俺が来てやる」
「グッ?!」
クマ吉が機敏な動作で数歩後退り、すぐに表情が引き締まった。
「おい……」
「ふふふ、まだミナトさんの事は怖いみたいですね」
その様子を見たステラがクスクスと笑う。
それはすぐに他の連中に伝わり、全員が押し殺した笑い声が聞こえてくる。
「お前なぁ……散々メシ食わせてやったろ……恩知らずな奴だな」
「ミナトさんの事は嫌いじゃないけど、やっぱりまだ怖いんだって」
リサ、フォローにならないフォローをありがとう。
「ちょっと!! 無視すんじゃないわよ!!」
フェンリルが叫び、後頭部を前足で叩こうとするのでとりあえず躱しておく。
「なんだよ」
「っく……背中に目でもついてんの?」
「んな訳ねぇだろ。 それよりなにをキャンキャン喚いてんだ?」
「キャンキャ―― まぁいいわ、それよりまさか私の事置いていく気じゃないわよね?」
「……は?」
やだ、この子なに言ってるの?
「は? じゃないわよ! 私に勝ったんだからちゃんと責任取りなさいよ!」
せ、責任!?
え? なにそれ? この世界ルール??
「ホッホッホ、ええじゃないか、神獣フェンリルを従える機会など普通は望んでも得られるもんじゃないわい」
「えー……」
「よろしくお願いするわよ、ご主人様」
主人のはずの俺に選択権がないのはこれ如何に――
♦︎
「こ、これは――」
「は、早すぎませんか!」
「こりゃ楽でいいな」
すごい速度で景色が後ろに流れていく。
正面に現れる木も軽やかなステップでスピードを落とす事なく躱し疾走する。
予定では今日は日没までに街道に戻り、明日1日で森を抜ける筈だった。
だが――
「まさかフォレストウルフに騎乗する機会が訪れるとは思いませんでした」
「ちょっと怖かったですけど、お陰であっという間に森を抜けれましたね」
「楽しかった」
フェンリルの提案で俺とリサはフェンリルの背に、クリス達はフォレストウルフの背に乗り森を抜けた。
ステラとリサ、クレメンは満更でもなかった様だがクリスとボガードはぐったりしている。
エドアルドは無言なので分からん。
「ご苦労様、あなたたちは森に帰っていいわよ」
「クマ吉によろしくな」
フェンリルに言われ、ここまで乗せてきてくれたフォレストウルフ達は森へと帰っていく。
ちなみにクマ吉とはあの場で別れた。
元々フェンリルがいた場所はクマ吉達の住処だったそうだ。
最後まで寂しそうだったが、それでも追ってくる事はなくリサを見送っていた。
「なぁ、ほんとについてくるのか?」
「ついてくわよ」
どうやら本気でついてくる様だ。
「でもなぁ、お前ちょっとデカすぎるだろ。 街中とか入れないんじゃないか?」
なにしろ体長3メートルはある。
いくら魔物や魔獣がいる世界とは言え、こんなのが街中に入れば大混乱になりそうだ。
「面倒くさいわねぇ」
そう言うと同時にフェンリルの姿が見る見る縮み始め、数秒後にはちょっと大きい犬くらいになってしまった。
「この世界の連中って自在にサイズ変えられんの?」
「いえ、聞いたことないですね」
クリスも目の前の光景に驚いているようだ。
「これで文句ないでしょ?」
「あ、うん……そうだな」
まぁこんな事で諦めてくれるとは思わなかったけどさ。
そんな訳で晴れてフェンリルが仲間に加わる事になった。
♦︎
「今日の移動はここまでにしておこう」
まだ日暮れまで数時間はあるだろうが、今日は朝から緊張していた筈だ。
危険と隣り合わせの緊張感は思っている以上に疲労が溜まる。
明日以降を考えれば無理する事はないだろう。
特に反対も出ず、全員で野営支度を整える。
スクルドを出て1週間ほどだが、ステラとリサもすっかり野営支度の手際が良くなった。
クリス達と食事を囲むのも見慣れた光景になりつつある。
「はっはっは! 祝杯だ貴様らも遠慮せず呑むが良い!」
クロのヤツ、3日の断酒って約束じゃなかったか?
まぁクリス達も楽しんでるようだし、もう放っておこう。
「ねぇねぇご主人様、私のご飯は?」
「たく……ほら」
アイテムボックスから肉を取り出し、フェンリルの前に置いてやる。
「なんで生肉なのよ! 馬鹿にしてんの?」
「えぇ……クマ吉は喜んで食ってたぞ?」
「魔獣と一緒にしないでよ! せめて焼いたのはないの?」
めんどくせぇ……
コイツ超めんどくせぇ……
と言うかなんでこんな偉そうなのコイツ。
仕方ないので串焼きを何本か出してやると、満足気に食べ始めた。
「あ、そうそう、言い忘れてたけどご主人にお願いがあるのよ」
「今度はなんだよ……」
「そんな嫌そうな顔しないでよ、大した事じゃないわ私に名前をつけて欲しいのよ」
「む?」
フェンリルの言葉にクロが即座に反応した。
「じゃあポチ」
「はぁ……」
クロのため息が聞こえてくる。
「イヤよ!! もうちょっと真面目に考えないさいよ!!」
「無駄だフェンリルよ、此奴のネーミングセンスは壊滅的なのだ」
「ミナトさん、流石にもう少し可愛い名前を考えてあげたらどうですか?」
「さっきのため息はそういう事か……ならシ――」
「シロとか言いだすのだろう?」
「…………」
「ミナトさん……」
その憐れみに満ちた目やめてくれないかな2人とも……
「なになに? なんの話してるんですかぁ?」
酒が入り顔を赤く染めたボガードがこちらの会話に入ってくると、クリス、エドアルド、クレメンと続々会話に混じり始める。
あっという間に騒がしくなり、名付け大会が始まった。
次から次へと案が出るが、肝心のフェンリルはお気に召さないのかそのどれも却下していく。
十数分後、案も出尽くしてしまい遂に意見が出なくなってしまった。
「もう! これだけ人数いて少しくらいまともな意見出ないの!?」
コイツ……
気に入らないのは仕方ないが、どうしてこう偉そうに――
「シロ、ポチ、タマ、好きなのを選べ」
「は?! ちょ! なんでそう――」
「そうか、自分じゃ選べないか、なら俺が決めてやろう」
ちょっとお灸を据えねばなるまい。
多分、みんなはフェンリルの態度に腹を立てたりはしないだろう。
ただ、困っているのだ。
それはみんなの表情を見れば分かる。
だが、今後もこの態度では困る。
「ミ、ミナトさん流石にそれはちょっと――」
「そ、そうよ! 神獣である私にそんなテンプレみたいな名前冗談じゃないわよ! 大体タマってネコでしょ!?」
テンプレって……そんな言葉異世界にあんのか……
「どうせ俺たち人間程度じゃあ神獣様のお気に召すような名前は思いつかないからな、ならなんでも一緒だろ?」
「ど、どうしてそうなるのよ! わ、分かった謝るわよ! 偉そうにしてごめんなさい!!」
「ホントに反省するか?」
「する! するから!」
「……俺たちはこれから一緒に旅するんだ、誰が偉いとかそういうのはナシだ」
フェンリルは頭を激しく振って何度も頷いた。
仕方ない、ならもうちょっと考えてみるか。
とは言え、もうあらかた意見は出た気がするんだよな。
うーん……フェンリル、フェン、リル……リル――
「よし、じゃあルリでどうだ? 俺のいた世界の宝石の名前だ」
「ルリ……うん、気に入ったわ! ……ん? 俺のいた世界?」
無事名前は決まった。
でもそうか、そう言えば俺たちの事なんも話してなかったな……
ま、明日でいっか。