第60話 余計なお世話だったな
明日も朝と夜に更新予定です。
「やっと静かになったな」
爺さんが片っ端から酒を飲ませたもんだから、野営中にもかかわらずちょっとした宴会のような騒がしさになった。
それでも日中の疲れも手伝い、俺と爺さん、クロの3人を残して早い段階で全員が眠りに落ちていた。
「ホッホッホ、まぁええじゃろう? 士気を高めておくのも大切じゃぞ?」
「…………」
クロのやつまだ不貞腐れてんのか……仕方ないヤツだ。
爺さんが傍らに置いていた酒瓶を掴むとそのままクロの口に突っ込んでやる。
「もがっ?!」
突然の事に目を白黒させるが、口の中のソレが酒だと気がつくとそのまま喉を鳴らし中身を流し込んでいく。
「かぁー!! これだ! やはりコレがなくてはな!!」
「たく……アイツらには黙ってろよ? 約束を守らないなんてリサの教育に悪いからな」
「うむ、分かっておる!」
調子のいいやつだ。
さっきまで死んだ魚みたいな目してたくせにな。
「カッカッカ! 優しいのぉ」
「あのまま明日までいじけられたら面倒臭いからな」
いよいよ明日から狼どもの縄張りに踏み込む以上、クロの力に頼る場面もあるかも知れない。
そこまでバカだとは思っていないが肝心なところで使い物にならないのではシャレにならないからな。
「話は変わるがお主もタフじゃな、朝は誰より早く起きて夜は最後まで起きておるじゃろ」
「まぁ大して疲れる事してないし、自分の鍛錬を疎かに出来ないしな」
多少は使えるようになったが、未だにこの世界の力は慣れない。
今はなんとかなっているが、この先も知らない使えないでは生きていけないだろう。
魔法やスキルに対抗するにはこちらも魔法やスキルが必要になる。
少なくとも知識くらいは得ておくべきだ。
「ふむ、それで今は身体強化の練習か。 じゃがお主の場合大変じゃろ?」
「ああ、ようやく感覚を掴んできたくらいだ」
当初は訳も分からず勝手に強化されていたおかげで加減に苦労した。
軽くジャンプしたつもりが1メートル以上飛び上がった時は驚いたなんてもんじゃない。
「あえて強化を加減しておるのか?」
「ああ、そうでもしないとコントロール出来ないからな。 少しずつ慣らしていくよ」
「そうなのか? 儂には既に9割方扱えておるように見えてるんじゃがのぉ?」
「戦闘になったら良いところ5割ってところだな」
なにも考えなければ爺さんの言う通り9割でもいけるだろうが――
まぁそんな事にならないよう祈るばかりだ。
♦︎
「おはようございますミナトさん、今日も早いですね」
「ああ、ステラもおはよう」
最近、朝はもっぱらこのやり取りだ。
俺が朝の鍛錬に起きた1時間後くらいにステラが起きてくる。
そこからクリス達が起き始め、ステラに起こされたリサが目を擦りながら自分達の朝の鍛錬の準備を始める。
鍛錬が終わると朝食を取り、移動を開始する感じだ。
今日も朝食を取るところまではいつもと変わらない。
だが、今日は違う。
「さて、今日はいよいよ街道を外れる訳だが――」
朝食の最中でそう切り出す。
「まず、ウェインは昨日話した通り王都に向かってもらいたいが大丈夫そうか?」
「問題ないっス! 明日には王都に着くっス」
本来ならここから王都まで馬を使って4日はかかる。
徒歩であれば1週間見るのが普通だとクリスから聞いた。
だが、ウェインはその道程を2日で走破出来るのだと言う。
スキル【脱兎】
殆ど疲れを感じずに走り続ける事が可能になり、更に気配遮断と感知能力強化まで発動する。
効果時間の制限も基本的に無いらしく、一度発動すれば1週間でも走り続ける事が可能なのだとか。
と、ここまでは非常に優れたスキルなのだが、良い事ばかりではない。
スキル発動と停止は任意のタイミングで可能だが、発動中は戦闘能力が著しく下がり、あらゆる耐性も大幅減ととにかく戦闘行為の一切が命取りになる。
その上、スキル終了時に訪れる反動が凄まじく、発動時間と同等かそれ以上の時間まともに動けなくなるそうだ。
「ソロだと使いづらいんスよ」
と言っていた。
「ではすまんがこの書簡を第2師団宛に頼む」
そう言ってクリスは一通の封筒を手渡した。
「了解っス、その後は数日まともに動けなくなると思うっス。 でもアニキ達が王都に着くまでには回復してると思うっスから自分も可能な範囲で情報は集めておくっスよ」
「悪いな、任せた。 後、少ないが宿代にでもしてくれ」
そう言って金貨3枚を差し出す。
「イヤイヤ! 多すぎっス! 何ヶ月分スか! 先日貰った分で充分っスよ!」
そういえば前にステラが金貨1枚で一ヶ月は泊まれるとか言ってた気がする。
「まぁとりあえず受け取っておけ、万が一に備える意味で持ってて損はないだろ。 どうしても気になるなら余りを後で返してくれればいい」
そう言って強引に金貨を手渡した。
「気にせず使え」
「ウェイン殿、本来ならそれは私が払うべきものだ。 情けない事に今は殆ど持ち合わせていない故、私から渡す事が出来ない。 その金は無事に王都に帰還した暁には私からミナト殿に返す。 だからミナト殿の言う通り気にせず使ってくれ」
「……感謝するっス」
ウェインは深々と頭を下げる。
全員でウェインを見送る。
無事に王都まで行けると信じよう。
「さて、後はこっちだが――」
そこで一旦言葉を区切る。
ここ数日、言うべきか悩んだがやはりここはハッキリと告げるべきだろう。
「この先、いつ襲われるか分からない。 フォローはするが、狼の親玉がどんなもんかも分からない以上、当然危険な訳だ」
爺さんの魔法で周囲の状況はある程度分かると聞いている。
だが、それで安全を確保出来る訳じゃない。
なにがあるか分からない。
その上、狼共のボスだっているのだ。
足手まといとは言わない。
だが、状況次第では自分の身は自分で守るつもりでいてくれなきゃならない。
「……ここ数日の鍛錬はこれからを考えたものだ。 はっきり言って実力に関して今は殆ど変わっていない。 その上で進むか残るか決めてくれ」
「聞かれるまでもない」
「流石にそれはないですよ」
「うむ」
「そうですね」
クリス達に迷いはないようだ。
「わたしはもう留守番はしないって決めてるから」
「私もミナトさんについて行くって決めた時から危険なのは分かっていましたから」
ステラとリサも即答だった。
「分かった、余計なお世話だったな」
まぁこうなる気はしていた。
俺が残れと言わない限り、残る選択をするやつはいないだろう。
「よし! 絶対全員で無事に戻るぞ!」
掛け声と共に俺たちはいよいよ狼どものボスに向かって森の中に足を踏み入れた。
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