第59話 だがクロ、テメェはダメだ
ウェインの報告にステラはかなりの衝撃を受けた様子だった。
まぁ無理もない俺の知る限り、到底良い村とは思えないが、それでも故郷には変わりないのだ。
そりゃウェインも報告を躊躇うな。
「大丈夫か?」
ショックを受けてるであろうステラに声をかける。
「はい……確かに驚きましたし、悲しい気持ちもありますが――私の事なら大丈夫です。 お話を続けて下さい」
ステラはそれ以上なにも口にしなかった。
多分、突然の事に色々な感情が渦巻いていてまだ混乱しているのだろう。
今はそっとしておいた方がいいな。
「で、ウェイン、勇者はソーンに向かうって事でいいのか?」
「は、はい、多分そうなると思うッス」
という事は、あの村はこのままだと遠からず滅びる事になるか……
「ふむ、口を挟んですまんがその情報源は分かっておるのかのぉ?」
爺さんの指摘はもっともだ。
ウェイン自身も未確認だと言っていたのだ。
ある程度の信憑性はあっての事だろうが、確認は必要だろう。
「まずこの情報はスクルドから聖都に向かう商人から聞いた話なんでそのつもりで聞いて欲しいッス」
ウェインは改めてそう前置きするとその商人から聞いた事を話し始めた。
「ここからが特に重要な話なんスけど、なんでもひとりだけ逃げ延びた村人がいたらしいッス、その村人の話だとつい最近魔族らしき男が村を訪れたらしいんスよ!」
「魔族だと!?」
その話に真っ先に反応したのがクリスだった。
「どうした? 確かに驚いたけどそんなに大事なのか?」
「先代の勇者が魔王を討ったのが15年ほど昔の話なのですが、それ以降魔族の目撃情報は全くありません。 それが事実だとすれば王国全土が大混乱に陥る可能性もあります!」
「まさか魔王が復活したなんて事は……」
「確かに昨今、王国で異変が頻繁に起こっている事を考えればありえない事では無いかも知れませんね」
ボガードの魔王復活というワードにクレメンは冷静にそう答えた。
「ふーむ、そもそも何故その村人はその何者かを魔族だと思ったんじゃ?」
クリスやボガードの動揺をよそに爺さんはウェインに質問を重ねた。
「うーん、実はその点がちょっと胡散臭いんスよ。 なんでも黒い炎で村人達を脅して村の娘を攫ったらしいッス。 そっちの騎士の人が言うように黒炎の魔王が復活したって騒いでる人もいるみたいッスけど――」
ん?
んん??!!
ちょっと待て……今なんかすげぇ心当たりがある上に不穏な事言ってなかった?
「……それって」
「……もしかして」
ステラとリサの視線が同時に俺に向けられる。
ヤメテ……そんな目で見ないで……
「カッカッカ! そうかそうか、黒炎を使う魔王か! これは難儀な話じゃな!!」
爺さんも笑ってる場合じゃないよ?!
もしその話が本当だとすると最悪の場合、マジ最悪な展開が待ち受けてる未来しか見えないんですけど?
……いや、現実逃避はやめよう……語彙力がちょっとアレな感じになる程には受け入れたくない事実だが、受け入れるしかない……
「ふん! あながち間違ってはおらんな、確かに黒炎の魔王は復活したわ!」
「おまえ……マジでちょっと黙ってて……もう色々手遅れ感満載だけど、せめてちょっとは反省してくれ……」
異世界にやってきて僅か一週間ほど――
俺は確実に追い詰められつつあった。
♦︎
「ああぁぁぁ……」
何度目かわからないため息を吐く。
辺りは既に暗くなり、ひととおり食事も済んだ。
「えっと、元気出して下さい」
本来なら俺が励ますべきステラに励まされてしまった。
「ああ……悪い……ステラの方こそ大丈夫か? 村の様子だけでも見に行く事も出来るんだぞ?」
「いえ……私に出来る事はありませんから……」
あの話の後、ステラには村の様子を見に行く提案をしたのだが――
「無駄じゃよ、一度アンデットになった者は元に戻らん。 既に死んでおるからのぉ」
そう爺さんに言われてしまった。
アンデットを戻す方法はない。
これはこの世界において常識であり、誰でも知っている事だそうだ。
なので当然ステラもその事を理解していたし、何よりステラ自身が村に行くことを望まなかった。
「少しショックでしたが……悲しさとかは正直そこまで感じませんでした……私は薄情な人間です……」
「そんな事ない、ステラさんはそんな人間じゃない」
「私もそう思います。 話にしか聞いてませんが、貴女の境遇を聞く限り無理もない事だ」
「そうですよ! むしろバチが当たっただけですって!」
「うむ……」
「そうです、貴女が気に病む事はありませんよ」
俺だけでなく、リサ、クリス、ボガード、エドアルド、クレメンと皆口々にそうステラに優しい言葉を掛けた。
そのおかげもあってステラも気持ちが多少は落ち着いていた。
その結果、こうして励まされている訳だ。
その点に関しては良かったし、クリス達もいい奴らだ。
本当にそれに関してはよかったのだが――
「しかし、まさかクロ殿が黒炎の魔王だったとは……」
「そう思い込んでるだけのイカれた幽霊であって欲しいんだが、なんにしてもお陰でこっちはとんでもない目に遭ってるよ……」
そう、本当にとんでもない目に遭ってる。
正確にはその可能性があると言う事だ。
ソーンの生き残りが勇者や教会に俺の事を話したら……
ちょっと想像したくない……
厄介なのは人相がバレる可能性が高い事だ。
特にステラはかなり詳細に人相が伝わるだろう。
あれこれ言い訳したとしても誤魔化せるとは思わない方がいいだろう。
「かなり目立つ事したしなぁ……」
「なんなら最後は村人を脅しておったからな」
「テメェが最初から黒炎の事を説明してたらこんな事にならなかっただろうが!」
黒い炎=魔王の炎
そんなの誰があの状況で想像する?
確かにクロは魔王を自称してたよ?
でもさ、そんなぶっ飛んだ話信じる訳ないじゃん!
「ごめんなさい……私を助けたばっかりに――」
「主人よ、その言葉はミナトに失礼じゃぞ? あの男が主人を助けた事を後悔する訳なかろうに」
「爺さんの言う通りだ。 仮にあの時点でこうなる事が分かってたとしても俺の行動は変わらない。 それはリサの時もウェインの時もクリス達の時だって一緒だ、俺は間違った事をしたとは思ってない、やめておけば良かったなんて微塵も思わないね」
そうだ。
間違えたり失敗はするが、少なくともこの世界で取った行動が間違っていたとは思わない。
「ふん、貴様がそう思うなら堂々と構えておれば良かろう」
「奇遇だな、俺もたった今そう思ったところだ」
自分が正しいと思って取った行動の結果がコレなら、むしろ悩むだけ無駄だ。
その結果勇者と対立する事になったとしてもそれは仕方のない事だ。
「うむ、吹っ切れたようだな。 よし! ならばそろそろ始めるとするか……」
「カッカッカ! そうじゃな! 今日はお主らも付き合うてもらおうかのぉ」
クリス達にそう声をかけると爺さんがどこからともなく酒瓶を取り出した。
「またか……まぁ、夜通し見張りを頼んでいる以上文句はないが――」
ウッキウキで爺さんの酒を貰いに行こうとするクロの首根っこを捕まえる。
「だがクロ、テメェはダメだ」
「ちょ! ちょっと待て!」
「ダメだ待たん、まさか自分から吹っ掛けた賭け、忘れたとは言わせないぞ?」
ウェインが戻るか戻らないか――
俺は『戻る』に賭け、コイツは『戻らない』に賭けた。
結果は既に出ている。
「約束通り、オマエは今日から三日間酒抜きな」
「みっ……む、無理だ! それは無理だミナトよ! た、頼む! 我が悪かった! 貴様の見込み通りだった!」
「カッカッカ! 残念じゃが諦めるしかないのぉ」
「そう言う事だ、これに懲りたら下らない賭けはしないこったな」
「くぅ……我の唯一の楽しみがぁぁっ!!」
クロの叫びが夜の森に木霊した。