第57話 いいんスよ
「さて、とりあえず終えてみてどうだ?」
「どうだと言われてもな……ミナト殿の実力を痛感したとしか言えんな」
「ホントですよ……4人がかりで手も足も出ない……なにをしても躱されたる受け流されたり、終いには隊長の剣の上とか僕の頭の上に立つし……ようやく捉えたかと思えば反撃されて吹き飛ばされる繰り返しでしたよね……」
「スタミナも驚異的だった」
「わたしもなにも出来なかった……」
「なるほど、じゃあなにが原因か理解出来たか?」
口にはしないが、この4人と俺とでは全てにおいてかなりの差がある。
だが、具体的にどういう部分に差があるのかそれを理解してもらわなくちゃ意味がない。
実際に経験してその上で理解し、意識する。
それだけで今後の成長に大きな差が生まれる。
「原因か……確かに実力に大きな隔たりがあるのは言わずもがなだが、それ以外に我々が理解出来ていない事があると言うことか……」
俺の質問の意図を理解したのかクリスは腕を組み頭を捻る。
「やっぱり体力の差なんですかね?」
「うむ……だが、それだけではないだろう」
「わたしも体力には自信がある。 けどミナトさんには全く敵わない」
ボガード達も口々に思った事を口にして意見を交わす。
「……基礎か」
頭を捻っていたクリスがそうポツリと呟いた。
「え? 基礎ですか?」
「ああ、ここ数日の鍛錬を考えればそれ以外考えられん」
どうやらクリスが気がついてくれたようだ。
「体力と体幹、戦闘技術以前の部分を我々は徹底的に鍛えているだろう? 要する我々はまだそういった基礎の部分を見直さなければならないのではないか?」
「そういう事だ。 クリスの言う通りまず体力が足りない、その上無駄な動きが多すぎるからバテるのも早い。 後は体幹が弱く全身のバランスが悪すぎる」
「体力と無駄な動きが多いと言うのは分かるが、体幹とバランスとは具体的にどういうことだろうか?」
「そうだな、分かりやすいく言うと姿勢が悪い」
「姿勢ですか?」
「ああ、そうだな……じゃあ全員その場で真っ直ぐ立ってくれ」
こういうのは実際に体験した方が感覚を掴みやすいだろう。
リサも含め、4人が横一列に並ばせる。
「よし、じゃあ質問だ。 今自分が真っ直ぐに立ててると思う奴は手を挙げてくれ」
質問の意図がいまいち理解出来ないのだろうが、それでも全員が一応手を挙げた。
「なるほど、だが残念全員全くもって不合格だ」
「え?」
ボガードが真っ先に驚きの声をあげた。
「どういう事だ? これでは駄目だと言うことか?」
クリスも納得がいかないのか若干不満げだ。
「ああ、リサはクリス達より先に俺の鍛錬を受けてたからマシだが、クリス達は全然駄目だな」
「ふむ……具体的にどこが駄目なのだ?」
「ひとつひとつ指摘したらキリがないから今は気にしなくていい。 俺が言いたいのはその『真っ直ぐ立つ』って事すら出来てないって事だ」
「それが、バランスが悪いという事か」
「そういう事だ。 武術の基礎ってのは色々あるが、その中でも重要な事のひとつに『正確に身体を動かす』ってのがある。 まぁ言うのは簡単だが、実際やってみるとそうはいかない」
全身をイメージ通り、思った通りに動かすと言うのは簡単ではない。
素人がプロのスポーツ選手の動きを真似たところで上手くいかないのと同じ事だ。
そしてそれはごく当たり前の事だ。
理想的な動きと言うのは実現する為に弛まぬ努力の果てに身につけるものだ。
素人が一朝一夕で真似出来るはずもない。
「正確に身体を動かせないから動きに無駄が出る。 せっかくの攻撃も読み易く、威力も下がる。 だからたった50センチの円から俺を出すことが出来ずにバテる」
「だが逆に言えばそれが出来れば――」
「強くなれるって事ですね!」
「うむ……」
そういう事だ。
「基礎を鍛えるってのは地味だし辛い。 でも基礎は絶対に自分を裏切らない」
だからこそ今のうちにそれを身体に叩き込まなきゃならない。
「ここからは鍛錬の内容にどんな意味があるのかも説明していく。 意味を理解してひとつひとつの意識しながら鍛錬してくれ。 とは言え、今日はここら辺にしておくか」
まだ明るいが、明日に向けて今日は早めに休む事にしよう。
「おお! やった!!」
「ボガードじゃないが、流石に私も今日は喜びを禁じ得ないな」
「うむ」
「明るいうちに終わったの初めて」
やれやれ、さっきまで死にそうな顔してたクセに現金な奴らだな。
けどまぁ仕方ない。
なんで隠れているのかは分からないが、敵意もないようだしこれ以上待たせるのも悪いからな。
「おーい、そこに隠れてる奴いい加減出てきていいぞ」
木の陰に潜む何者かにそう大声で呼びかけると、そいつはすぐに姿を見せた。
その姿に思わず口の端が上がる。
「や、やっぱバレてたっスか?」
数日前に出会った男、ウェインが姿を表した。
♦︎
「ぬぉおおおお……き、貴様何故戻ってきたのだ!!!」
「な、なんでって……アニキに依頼された調査が終わったから全速力で追いかけてきたんスけど」
クロは俺との賭けに負けた事がショックなだけなのだが、依頼を達成して戻ってきたにも関わらずそんな反応をされれば戸惑うのも無理はないな。
「コイツの事は気にしなくていいぞ」
こっちとしては調査の結果を聞きたいところだが――
「ミナト殿、よければ紹介してもらえないだろうか?」
クリス達とウェインに面識はない。
ウェインの話を聞くにしても紹介は必要だろう。
だが、なんと紹介したものか……まさか『襲ってきたのを返り討ちにして仕事させました』とは言えない。
クリス達は王国の騎士だ。
ウェインが初犯の未遂だとしても馬鹿正直に話したらマズイだろう。
かといって変に誤魔化してボロが出るのもヤバい気がする。
「騎士団の方ッスよね? 自分はウェイン、アニキに返り討ちにされた者ッス」
「返り討ち?」
おおおおい!!
なに言ってんだコイツ!!
まさか馬鹿正直に答えるつもりじゃないだろうな?
騎士団なんて治安維持が仕事みたいなもんだ。
強盗仕掛けたなんて言ったら一発死刑のこの世界でそれは自殺と変わらないだろ!!
そんな俺の心の叫びも虚しく――
「自暴自棄になって強盗目的でアニキ達に襲いかかってアッサリやられたッス」
自ら全部ゲロったよ……
「……詳しく聞かせてもらっていいだろうか」
ああ……終わった……
♦︎
「――って訳だ……まぁ初犯だって言うし、こっちに被害は無かったって事で……」
クリス達に事情を説明するが、クリスその表情は険しく、ボガードは困惑気味だ。
エドアルドは、いつも通り無表情で無言だが、今はそれがプレッシャーになっている。
「なるほど……事情は概ね理解しました。 ウェイン殿の境遇は同情するものもあります」
「だろ? だから――」
「ですが!」
なんとか見逃してやってくれ――
その言葉を言う前にクリスが一際強い口調でこちらの言葉を遮った。
「初犯であろうと未遂であろうと、罪は罪です。 特に野盗というのは王国の法律では即刻死罪――それ程に重い罪です」
っく……やっぱりそうなるのか……
クリス達の立場を考えれば無理を押し通す事も出来なくは無いだろうが、それこそ今度はクリス達に迷惑をかける事になりかねない。
だが、だからと言ってウェインを見捨てる事も出来ない。
どうすればいい……なにか良い方法はないのか?
「アニキ、いいんスよ」
「は?」
そう言って、何故かウェインは笑って見せた。