第53話 どんだけ手加減されてたんだよ
読んでもらえるってありがたい。
ありがとうございます!!
「まさかあのフォレストグリズリーを素手で圧倒するとは……この目で見ても信じられんよ」
嬉しそうに生肉を食べる熊をぼーっと眺めていると後ろからそんな言葉をかけられた。
「おかげで熊には嫌われたけどな」
先程から熊はリサと目でやり取りをしているが、こっちには一切視線を向けない。
だが、完全に視界に入れない訳ではなく、俺の姿を常に視界の端に捉えている。
完全に警戒されている訳だ。
「あれだけ一方的では仕方ない気もするよ。 リサ殿は平然としているし、本当に君たちには驚かされっぱなしだな」
クリスがリサを見てため息をついた。
自分の数倍もある熊に餌付けしている絵は確かにリアクションの取り方に困るか。
「待たせたかの?」
リサの姿を眺めているとステラと爺さんが戻ってきた。
「いや、大丈夫だ」
そう爺さんに返しつつステラの様子をうかがうが、特に変化は見られない。
「ステラは大丈夫なのか?」
「はい! お気遣いありがとうございます」
なにをしていたのか気になるところだが、本人もいたって平然としている。
「だから大丈夫だと言ったじゃろ? むしろ儂が思っていた以上にすんなりと受け入れてくれて感謝するわい」
「いえ、むしろ感謝しています!」
話が見えず困惑しているとクロが頭の中で理由を教えてくれた。
『ステラと契約をしたのだろう、ステラは死霊魔術師の素養がある。 あの娘と契約すればタナトスの奴はある程度魔術を使用できるからな』
『それってなんかヤバい事はないのか?』
俺の心配にクロは嫌味たっぷりにため息を吐いた。
『過保護も大概にしろ。 貴様の思いや考え、経緯はどうあれあの娘とて危険を承知でこの旅に同行する事を決めた。 分別のつかぬ幼子ではないのだ、今の貴様がすべきはステラの決めた事を尊重し、戦いに身を置く者としての成長を促し見守る事だけだ!』
ど正論で殴られればなにも言い返せない。
確かにクロの言う通りだ。
俺はステラが決めた事にいちいち口出しできる立場ではない。
『まぁ貴様の心配も分からんでもない。 タナトスを完全に信用するのも難しいだろうが――』
『カッカッカッ! そう警戒するでない』
クロの言葉を遮り、今度は頭の中に爺さんの声が響いた。
『……貴様、盗み聞きとはいい度胸だな』
『す、すみません! そんなつもりは無かったんですが……』
『え?! ス、ステラも?!』
『今は詳細を省くが、主人の了承がなければ今までより自由がきかんからの、契約もステラの一存で破棄できる』
よく分からないがそれなら安心なのか?
なんにしてもクロに言われた事もあるし、今は様子を見るしかないか。
「どうかしたのか?」
無言で会話をしていた結果、クリスが不思議そうに尋ねてきた。
「いや、なんでもない。 とりあえずステラ達の用事は済んだんだろ? ならさっき言ってた原因を探すの任せていいか?」
とりあえず強引に話を進めてしまう事にした。
クリス達にはまだこちらの事情を全て話した訳ではない。
ステラが死霊魔術師である事も伏せている。
話すにしてもステラに了承は取った方がいいだろう。
今はとにかくクリス達の抱える問題の解決に当たった方がいいだろう。
「それなんじゃが、予定を少し変えてあの魔獣を使ってみるとしようかの」
既に肉を平らげたのか熊はリサと戯れている。
あの熊を使う?
どういう事だ?
♦︎
「ではやるとしようかの」
熊はこれから自分が魔法を使われると分かっていないのか、大人しくしている。
「本当に大丈夫?」
リサは熊に情が湧いているのか不安そうに爺さんを見る。
「案ずる事はない、その魔獣に害は一切ないからのぉ」
爺さんがやろうとしている事――
それは熊の記憶を覗く事だ。
「記憶を覗く魔法ですか……そんな魔法があるとは初めて聞きました」
クレメンは魔術師と言うだけあって魔術に関して知識があるのだろう。
だが、爺さんのそれとは比べるべくもない。
なにより、恐らく爺さんが使う魔法は闇属性だ。
忌避されがちな闇属性の魔法に関しては知識を得る機会も少なくて仕方ないだろう。
「あまり使い勝手のいい魔法じゃないからのぉ。 魔法に対して抵抗が弱い相手にしか効かん魔法じゃよ」
そう言うが、多分爺さんなら大抵の相手には効果あるんじゃないか?
そう考えたのは俺だけではないようで、クロは呆れ、ステラは苦笑いを浮かべている。
「ふむ……なるほどのぉ……」
爺さんがそう呟いた。
え? 既になんか魔法使ってんの?
目の前にいても全くわからない。
熊も特に気にした様子を見せずリサと戯れを続行中だ。
クリス達も特に気にしていない。
唯一クレメンだけが厳しい表情を浮かべている。
俺と同じ事を考えているのか、それとも爺さんの魔法が闇属性の魔法だと気が付いたのか、それは表情からは窺い知れない。
「ふむふむやはりお主らの予想通りのようじゃな」
爺さんがクリスに向かってそう言った。
「やはり強力な変異種か」
「うむ……恐らくそんなところじゃろう。 肝心な親玉の姿までは見れんかったが、その魔獣は住処を奪われ、仲間も殺されておった。 親玉の居場所を見つけ、倒せば多少時間はかかるが異変も収まるじゃろう」
クリス達の予想は当たっていた。
が、クリス達の表情は暗い。
分の悪い危険な戦いが確定したのが理由だろう。
「我々に勝ち目はあるだろうか?」
「無理じゃろうな」
爺さんはそうきっぱりと断言する。
まぁあの熊程度で脅威ならその熊を全滅近くまで追い込んだ相手の親玉に敵わないのは道理だな。
「じゃが、お主らには儂らがおる。 ただ倒すだけなら、ちと変わった魔獣程度なんとかなるじゃろう」
「しかしそれでは――」
クリスの言わんとすることは予想がつく。
それは爺さんも同じだったようだ。
「その心意気は買うが、心意気だけでどうにかなる問題じゃないわい」
「っく……」
クリスは悔しさから顔をしかめる。
「ふーむ……遠いのぉ」
「ん? 遠い?」
「そうじゃ、今この森全体を簡易的に探知してみたのじゃが、親玉が潜んでいるであろう場所はここからかなり離れておる」
また魔法を使ったのか?
俺は魔法に関してほぼ知識が無い。
だが、先日戦った時はかろうじて爺さんの魔法を感知出来た。
が、今は全く感知出来ない。
「どんだけ手加減されてたんだよ……」
「奴がその気なら我らはあの時一瞬で殺されていただろうな」
運が良かったのか悪かったのか……
まぁ今はこうして力になってくれているのでよかったと思おう。
「気にするでない、今使ったのは特別感知されにくい魔法じゃ。 万が一相手側に探った事が伝わっては面倒だからのぉ」
「ならそういう事にしておくよ。 で? 具体的にどのぐらい離れてるんだ?」
なんだかんだで時間を食った。
早めに移動しなければ日が暮れてしまう。
ただでさえ薄暗い森の中だ、日が落ち始めたら探索どころではない。
「ふーむ、まぁ2日もあれば足りるじゃろ」
「……2日?」
「森のかなり深いところに潜んでおるようじゃからのぉ」
とりあえず今日中に解決する事はなさそうだ。