第49話 自己紹介
誰かの暇つぶしになれれば幸いです!
ギリギリのところではあったが、なんとか犬っころを撃退し騎士っぽい男たちを助ける事ができた。
リサのおかげで怪我人の治療も出来た。
だが、全員消耗が激しく一旦その場で休む事にした。
「本当にありがとう! 君が来てくれなかったら全滅していた」
俺が真っ先に助けた男が額を地面に擦り付ける勢いで頭を下げる。
男に続いて他の騎士達も深々と頭を下げる。
「いや、成り行きだったからそこまで畏まってもらうほどの事じゃないよ」
「いや! あれだけのフォレストウルフの群れに飛び込むなど成り行きだけで出来る事じゃない! その上、怪我の治療まで」
「それは俺がやった訳じゃないからな、礼ならリサに言ってくれ」
実際にリサが居なければ俺には怪我人の治療などどうしようもなかった。
騎士達は全部で4人なのだが、内ひとりはかなり重症だったらしく、あと少し遅ければ助からなかったかもしれないと爺さんが言っていた。
「そうだ、助けて貰っておいて名乗ってすらいなかった、改めて王国騎士第1師団クリス小隊隊長のクリスだ」
やっぱり助けに入る直前の会話通り、犬っころに襲われていた男が隊長か。
濃いブラウンの短髪に精悍な顔立ち、歳は二十代中盤といったところか。
長身でしっかりと鍛えられているのが鎧の上からでも分かる。
「クリス小隊所属のボガードです! 隊長と仲間を助けてくださりありがとうございました!」
同じく助けに入る直前にクリスに逃げるよう言っていた男だ。
黒髪にどこかのんびりとした中性的な雰囲気の男で歳も俺とそれほど変わらなく見える。
小柄で身体も細い、多分前衛ではないな。
「クリス小隊所属、エドアルド……助かった、感謝する」
重症を負っていた男のひとりだ。
坊主頭に筋骨隆々な体躯、身長も190センチを超えているだろう。
手にしているのは大楯だ、おそらく最前線の壁役だろう。
「クリス小隊所属のクレメンと申します。 この度は命を救って頂いたあなた様方に最上の感謝捧げると共に女神セレーナの御加護があらんことを……」
おぉう……いきなり祈りはじめたぞこの男……
このクレメンとかいう男、間違いなく聖光教会の信者だ。
「す、すまない! クレメンはセレニア教に信仰が深くてな、少々大仰な所もあるが悪い奴ではないんだ」
クリスの言葉に俺は頭が痛くなる。
まさか自分を助けたリサが獣人と知ったらどんな反応が返ってくる事か……
場合によっては仲良く出来ないかもしれん……
俺がそんなことを考えているとは知らないクリスは先程までと変わらない笑顔をこちらに向けている。
「よかったら君たちの名前を聞かせてくれないか?」
「あ、あぁ、俺はミナト、王都に向かう冒険者だ」
流石に相手に名乗らせて、こちらは名乗らないという訳にもいかないだろう。
「我はクロ、まぁこやつの精霊という事になっている」
おい、なんで変な含み持たせんだ。
クリスもちょっと違和感を覚えたような顔してるだろ。
「私はステラと申します、し、新人冒険者です」
ステラはちょい緊張気味だ。
まぁここまではいい。
ここまでのメンバーは問題ない。
「……」
「ふむ、儂はタナトス、縁あって彼らに知恵を貸しておる見目は不気味じゃろうが精霊のようなものと考えて貰えれば問題ない」
流石は年長者、なにも言わなくても上手くボカしてくれたな。
「驚きました、まさか精霊様を従えているとは……そちらの治癒魔導師のお嬢さんはステラ殿の妹君ですか?」
クリスの言葉にリサの肩が小さく跳ねる。
恐らく先程のクレメンの言葉にどうしたらいいか分からず動揺しているのだろう。
「い、いえ! リサちゃんは私の妹では――」
「そうでしたか、おふたり共綺麗な金髪でしたのでてっきり――」
「おお! リサ様とおっしゃるのですか! あれ程の治癒魔法の使い手、さぞご高名な方と存じます!」
興奮するクレメンだが、事実を知ったら多分卒倒するな。
だが、悪いが俺は隠す気などさらさら無い。
むしろ何故隠さなければならない?
ガーブ曰く、時には隠す事も大切だと言っていたが、俺はそうは思わない。
人の命を救うという正しいことをしたリサがなぜ怯える必要がある?
もし、クレメンやクリス達がリサは獣人だと知って手のひらを返すような連中であれば俺はそれを許さない。
別に何かするって訳じゃない。
だが、これっきりの関係で終わらせてもらうだけだ。
「……リサ、自己紹介はちゃんとしなきゃダメだぞ」
俺の言葉にリサが息を呑む。
その顔には迷いと恐れが浮かんでいる。
それはクリス達にも伝わったのだろう、なにか言おうとクリスが口を開きかけたその時――
「わ、わたしは――」
リサは被っていたフードをゆっくりと外す。
当然、頭の上の耳が露呈する。
「孤人族のリサ、です……」
リサの言葉にクリス達が言葉を失った。
この世界で獣人がどんな立場なのか正確なところは分からない。
教会のような連中もいれば、ガーブや屋台の親父、マーリンなど、分け隔てない者もいる。
クリス達が獣人をどう思っているか分からないが、少なくともクレメンはいい感情を持っていないのだろう。
ひょっとしたら敵対する事になるのか?
そんな考えが過った瞬間――
「す、すまない! 驚きのあまり言葉を失ってしまった。 まさか獣人が治癒魔法を使うなどと考えた事もなかった。 もちろん悪い意味ではない! むしろ大したものだと感心するよ!」
どうやらクリスが無言だったのは驚いていただけだらしい。
だが、クレメンは言葉を失ったまま複雑な表情を浮かべ、俯いてしまった。
やはり聖光教会の信者はリサが聖属性を扱う事が信じられないのだろう。
「……ごめんなさい」
クレメンの様子を見てリサが頭を下げた。
謝る必要はない、そう言おうとしたのだが――
「君が謝る必要などどこにも無い、君が仲間の命を救ってくれたのは事実なんだ。 誇っていいと思う、むしろそんなことを言わせてしまった事を隊長として謝罪する」
クリスが再び頭を深く下げる。
「クレメン……お前も、謝るべきだ」
そう言ってエドアルドはその巨大な手をリサに差し出した。
リサの手と比べれば赤子と大人かそれ以上の差があるだろう。
リサは少し戸惑いつつもその手を握り返した。
「方法は違えど、同じ仲間を守る者として敬意を……そして改めて感謝する……ありがとう」
そう言ってホントに僅かだが、小さく笑みを浮かべた。
「わ、エドアルドさんが笑った所なんて初めて見ました」
ボガードにそう言われ、エドアルドはボガードの頭を軽く小突いた。
仲のいい部隊なんだな。
「わ、私は……」
和やかムードが漂い始めた所で、ついにクレメンが口を開いた。
クリス達の笑顔も消え、緊張が走る。
なにを言い出すか分からない。
言ってしまえば、クレメンがこの事実を受け入れ難いのは仕方ない事だ。
宗教とはそういうものだと俺だって理解くらいしている。
宗教の違いで戦争だって起きるんだ。
それまで信じていたものを否定されるのはそれ程までに耐え難いものだ。
「私は!」
俯いていたクレメンが顔を上げ高らかに宣言する。
「本日この場を持って棄教いたします! 女神セレーナよ! どうかその慈悲をもって私をお許しください!」
その宣言に俺は呆気に取られる。
それはその場にいた者全員同じだった。
まさかの棄教宣言だった。
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