第46話 ひとつ仕事を頼むか
「っ! 馬鹿にしているのか!」
どうやら俺の一言が気に障ったらしい。
まぁ挑発の意味もあったのでむしろ好都合なんですけどね。
素早い踏み込みからの突進、そして2本の短剣での斬撃――
ふむ、まぁ悪くない。
少なくとも聖光教会の雑魚騎士の100倍マシだな。
だが、無駄が多いし動きも読みやすい。
数撃を難なく交わしてやるとそれが意外だったのか男はバックステップで俺から距離をとった。
「…………」
うん、無駄口を叩かない辺りは素晴らしいね。
大抵の連中こういう時ゴチャゴチャうるさいんだが、どうやらコイツはそういうタイプではないらしい。
「おーいリサ、ちゃんと見てたか?」
距離を取ってくれたのでその隙に背後のリサに再び声をかける。
「み、見てるけど!」
どうやらちゃんと見ているようだ。
後でどのくらい見えていたか確認するとしよう。
「武器を持った相手と相対する時、大切なのは目付けだ」
戦闘時における目付けは非常に重要だ。
素人の場合どうしても武器を持った相手だと視線が一点に集中してしまい視野が狭くなる。
そうなると一つの動作にばかり気がいってしまい、相手の攻撃を交わしきれなくなる。
武器を持ってる相手にそれは致命的だ。
「視野を広く、全体をしっかり見るのがポイントだ」
再び男が攻撃に転じる。
だが、今言ったようにしっかりと相手とその周囲全体が見えていれば、一つの動き、攻撃だけでなく次の一手も自然とみえてくるようになる。
そこまで至ればこの程度の攻撃ではかすり傷も負う事はない。
「チッ!!」
二度目の攻撃も全て交わされ、男に焦りが見え隠れしている。
「分かったろ? 悪いがアンタじゃ俺には勝てないよ」
少し引っかかるものを感じつつ、まぁこれで引いてくれれば良いなと思ったのだが、どうやらそうはいかないようだ。
「なるほど、どうやら甘く見ていたようだ。 なら俺も本気を出させてもらう!」
あー……残念、そういう事言う奴は大抵の場合大した事ないのだ。
「死んでも恨むなよ! 『ドライブ!』」
そう叫んだ直後、男の姿が歪む――
魔法か何か使ったのだろう、急激に速度が上がった。
目で追うのは無理な速度だ。
まぁ関係ないけどな。
「ッッ!!」
背後からの一撃――
悪くはないが、まだまだだな。
「甘い」
必殺の一撃だったのだろう、俺が躱した事で男が体勢を崩した。
腕を取り、突っ込んできた勢いを殺さずにそのまま地面に叩きつける。
「がッッ!!」
背中を激しく地面に叩きつけたのだ、しばらくは呼吸もままならず、身動き一つ取れないだろう。
というか完全に気を失ってるな、これで終わりだ。
♦︎
「ッぐ…………」
「お? 目ぇ覚ましたか? 思ったより早かったな」
気絶した男をそのままにしておく訳もいかず、男を担いで俺たちは街道を森方面に少し移動していた。
万が一にでも勇者一行が現れたら面倒すぎるからだ。
昼食の為に街道沿いで休憩していたところ、男が目を覚ましたという状況だ。
「あ、アンタは! そうか……俺は捕まったのか……」
「いや、別に捕まえたつもりは無いけど」
その言葉通り、自分がただ地面に寝かされていた事に気がつき男は戸惑いを見せる。
「な、なんでだ? 俺はアンタらを襲った! 殺されて当然だし、少なくとも拘束ぐらいはするだろ!」
「それをするかどうかは話を聞いてからだな」
その為にわざわざここまで運んでリサに回復魔法まで掛けてもらったのだ。
どうしても本人から聞きたい事があったからだ。
「ま、とりあえずこっちにきて飯でもどうだ? 話は食いながらでも聞けるだろ」
「な、なんなんだアンタは……」
なんなんだと聞かれても困る。
「ミナトさん、おかわりしていい?」
「ん? ああ良いぞ好きなだけ食べなさい」
「やった」
今日の昼食に選んだのは街で買ったクリームシチューだ。
以前食べたプヒプヒの肉とたくさんの野菜がしっかり煮込んであり非常に美味い。
買い出しの時に少し味見をした際、リサの目が見たこと無いほど輝いたので鍋ごと買い占めた。
昼食に選んだのもリサの熱烈な要望に答えた結果だ。
アイテムボックスに入れておけば熱々のまま保存出来るので買ったのは昨日だが出来たを食べる事が出来ている。
こればっかりはマジでクロに感謝だな。
「どうぞ、熱いので気をつけて下さい」
ステラが新しい器に男の分をよそって同じく買っておいたパンと一緒に差し出した。
「え? え?」
状況が飲み込めず戸惑う男に俺は遠慮せず受け取るよう言う。
それを聞いてようやく男はおずおずとステラからに器とパンを受け取った。
「ステラ俺にもおかわり頼む」
「はい、じゃあ食器を貸して下さい」
「ステラさん、私も!」
おーいもう食ったのかリサよ。
つうか何杯目だよ、お腹痛くなるよ?
「大丈夫なのか?」
「大丈夫、まだ食べられる」
いや、そういう意味じゃない、大丈夫の方向を間違えてる。
「え、えっと……い、いただきます」
「ん? ああ、遠慮せず食ってくれ足りなきゃまだまだあるからな」
男がゆっくりとシチューを口に運び、噛み締めるように咀嚼する。
「ぅ……っうぅ……」
え? なんかいきなり泣き出したんですけど?!
「お、おい大丈夫か?」
「美味しすぎて泣きたくなる気持ち、分かる」
違う、そういう涙じゃぁないっすよリサさん……
「す、すみません……こんな美味い食事、久しぶりに口にしたから……」
「……そうか、ならとりあえず話は食ってから聞くよ」
「ステラさんおかわり!」
「リ、リサちゃんまだ食べるんですか?!」
うん、俺もそう思うよ……
♦︎
男の名前はウェイン――
ほんの数週間前までとあるパーティーの一員としてそれなりに充実した生活を送っていた。
だがそんな生活は突如終わりを告げる。
きっかけは些細なケンカだった。
ケンカと言ってもパーティー内ではない。
仲間のひとりがある連中に酔ってケンカを吹っ掛けた。
それを止めようとしたウェインだったがケンカに割って入った際に相手の1人を突き飛ばす形になってしまう。
相手方も酔っていた事もあり、バランスを崩し倒れた際に怪我を負った。
大した怪我じゃない、回復薬や治癒魔法でも使えば即治るような怪我だ。
だが、不幸にも相手が悪かった。
怪我をしたその相手と言うのが例の如く聖光教会の騎士だったのだ。
ウェインのパーティーリーダーが敬虔な信徒であった事も不幸に拍車をかけた。
聖光教会に目をつけられる事を恐れたパーティーメンバーに責任を全て押し付けられる形でパーティーから追い出され、その上ウェインは騎士に有り金全てを治療費の名目で奪われてしまった。
聖光教会の圧力は間違ってもギルド内に及んだりはしない。
だが、目をつけられる事は誰しもが嫌がる。
結果、ウェインはソロで依頼をこなしたが、元パーティーメンバーから執拗に嫌がらせを受け、依頼の失敗が続いた。
ウェインの話では同じ街で活動して聖光教会に目をつけられたくなかったのだろうと言っていた。
そんなウェインが肉体的にも精神的にも限界を迎えるのに時間は掛からなかった。
短絡的な思考に陥った結果、偶然街で見かけた俺たちに目をつける。
馬車を借りるくらいの余裕があり、メンバー構成も御しやすいだろうと思い、街から離れるのを待ち襲撃した。
というのが事の顛末だ。
正直、同情する話だ。
だがどんなに不幸だろうとそれで他人を襲い、強盗を働こうとした事は許されない。
だが、幸か不幸かウェインの野盗デビューは未遂に終わった。
ギリギリで一線を越えなかった。
俺はそう判断した。
「よし、ならお前に俺からひとつ仕事を頼む事にするか」
罪を憎んで人を憎まず。
親父の受け売りだが、一度くらいチャンスがあってもバチは当たらないだろ?