第45話 お手本になってもらおう
魔獣の森か、キースの話だと滅多に現れない狼の魔獣が出没しているらしい。
「……ふと疑問なんだが、魔獣と魔物ってなんか違うの?」
ゴブリンはまさしくザ・魔物って感じなんだが、オークも魔物って呼ばれていた気がする。
豚の魔獣でもいい気がするんだが――
「ホッホッホ、魔獣と魔物は全く別の生物じゃ、儂が説明してやろう」
突然何もない空間からタナトスの爺さんが姿を現した。
が、その姿に思わずため息が漏れた。
「おい爺さん、なんで日に日に小さくなってんだ?」
敵として出会った時は2メートルを超えていた。
そして昨夜は半分の1メートルくらいに縮み、今は更に半分の50センチくらいしかない。
しかもなんか無駄にデフォルメされて最初の禍々しい感じから一気にちょっと怖い死神マスコットみたいになってる。
笑い方もちょっと孝行爺みたいな感じに変わってるし。
「この方が目立たなくてよかろう? 儂も魔力の消費を抑えられるんじゃよ、一石二鳥じゃろ?」
いや、どんなに小さくてもドクロの不気味生物って時点でアウトだ。
「うん、まぁ色々言いたい事はあるけど、もういいや」
諦めよう。
「ホッホッホ、して魔獣と魔物の違いじゃったな、一言で言えば魔石があるか無いかの違いじゃよ」
基本的に魔物は魔石を核に魔素が集まって生まれてくる。
オークやゴブリンなど一部の例外を除くと生殖しないという。
倒すと一部の素材を残し、肉体の殆どが魔素へと還り消滅する。
一方で魔獣は基本的に動物が変異したものらしく、動物と同じように生殖で数を増やす。
また一部の魔獣は魔法も使ってくるが、それほど知能が高くないので高度な魔法は使えないのがほとんどだそうだ。
そして倒した場合、魔物と違い肉体がそのまま残るので食用肉になったり素材も多く取れるらしい。
ちなみに俺も知っているプヒプヒやモゥも魔獣らしい。
それだけ聞くと魔獣も動物と同じな気がするが、魔獣は元となる動物より凶暴だったり大きかったり、丈夫だったりするらしい。
うん、多分だけどその辺の区別ガバガバだわ。
要するにちょっと危ない種類が多い動物って認識で問題ないだろ。
日本にも熊とか毒蛇とかいるし、世界で見ればヤバい動物なんかいくらでもいる。
流石に魔法は使って来ないが、こっちにはクロの魔法もあるしなんとかなるだろ。
爺さんのお陰で不安もある程度解消されたし、あとはアレをどうするかだなぁ……
「ミナトさん、あのね気のせいかもしれないけど――」
少し前を歩いていたリサが少し不安そうにこちらを見る。
俺は人差し指を自分の口に当てる。
どうやらリサも気がついていたようだ。
マーリン程ではないが、かなり上手く気配を消しているので気がついたなら大したものだ。
後方200メートルくらいだろうか、スクルドを出てからここまで付かず離れずだ。
初めは一本道の街道だ、同じ旅人かとも思ったのだがこちらのペースに合わせて向こうもペースを変えている。
その上明らかに気配を隠そうとしている。
どういうつもりか知らんが、あまりいい気分ではない。
そろそろはっきりさせてしまおう。
ちょうど街道が2本に分かれるところで俺は足を止めた。
「さて、どう出るかな?」
「ふん、面倒だ、さっさと始末してしまえ」
「物騒な事言うなよ、敵とは限らないだろ?」
つけられるというのは気分的にあまりいいものではないが、敵対してるとも限らない。
ステラだけは背後のお客さんに気がついていないので何故立ち止まったのか理解出来ていないようだ。
「休憩するんですか?」
「あー、実はスクルドからここまでずっとつけてくる奴がいてさ、ちょっと話を聞いてみようかと」
その言葉に全く気がついていなかったステラは驚き狼狽し始める。
「あ、大丈夫大丈夫。 仮に悪い奴でも多分実力的に大した事ないから」
確かに上手く気配を消してはいるが、これだけ距離をとっているのに気配を悟られる奴の実力などたかが知れている。
雑魚ではないけど、程度だ。
後はどうやって誘き出すかだが――
などと考えていたのだが、どうやらその必要はなさそうだ。
「動いたな、2人とも念の為少し離れてくれ」
悪意が無ければよかったんだが、どうやらそういう訳にはいかないようだ。
既に僅かに敵意を感じる。
残念ながら敵のようなんだが……
と言うかそもそも俺たちを狙う奴なんて心当たりがないんですけど?
あ! ひょっとして聖光教会の連中か?
確かに先日ぶっ飛ばしたけど――
そんな事を考えている間に謎の人物が目の前に現れた。
この辺りは見通しのいい平原なので走ってくる様子が見えていたせいでなかなかシュールな光景だったんだけどさ。
姿を見せた人物は恐らく男だ。
恐らくと言うのは、外套を被り更に口元も布の様な物で覆っていて見えるのは目元だけなので体格からそう思っただけだ。
なんか服装なども含め盗賊っぽい雰囲気だな。
「…………」
目の前に現れた者の男は何も言わない、ただこちらの様子を伺っている。
とりあえずいきなり攻撃されなかっただけマシと言えるのか?
だが、このまま正体不明の男と見つめ合う趣味など俺にはない。
「なぁ、なんか用でもあるのか? 随分と長いことつけてきてたみたいだけど?」
俺の言葉に男の眉が僅かに動く。
どうやらバレていないと思っていたようだ。
「……咄嗟にしては悪くないハッタリだが、まぁどうでもいいことだ。 痛い目にあいたく無ければ金目のものを全て置いていけ、大人しくすれば危害は加えない」
わぁ、ホントに盗賊だった。
つぅかそれだけの為にスクルドからこんなところまでわざわざつけてたのか?
スクルドを出てからもうかれこれ1時間は歩いてると思うんだが?
「あー……要件は分かったけどさ、まさか『はい分かりました』って言うと思うか?」
「脅しではない、抵抗するなら怪我では済まないぞ」
そう言って男は腰から2本の短剣を抜いた。
「わざわざ遠くまでご苦労な事だが、そんなもん抜いたら冗談でしたじゃ済まないぞ?」
スクルドを出る前にギルドで忠告された話を思い出す。
この世界にはいわゆる野盗が少なくないそうだ。
そういった連中に襲われた場合、基本的に討伐が推奨されている。
捕まえるのではない、魔物や魔獣と同じで討伐なのだ。
捕らえても良いが、野盗に関しては生死問わず。
仮に捕まえて突き出しても裁判無しで一発死刑と、無茶苦茶罪が重いのだ。
冤罪とかそれこそ悪用されないか心配になる話だなのだが、魔物や魔獣蔓延るこの世界では一歩街の外に出ればそこは無法地帯、自分の身は自分で守るのが大前提だそうだ。
というわけで、仮に俺がここでコイツを殺したとしてもお咎めなど一切ない。
ここはそういう世界なのだ。
「残念だ、出来れば穏便に済ませたかったのだがな」
「強盗が穏便もクソもないだろ」
仕方ない、ここは正当防衛って事でコイツにはちょっと痛い目にあってもらいますか――
男が短剣を構えて戦闘態勢に入る。
あ、ちょうどいいや。
ふと、その事に気づき俺は男から目を逸らさずに背後のリサに声をかけた。
「リサ! 武器を持った対人戦闘のお手本だ、よく見ておけよ!」
男には悪いが、ここは一つ将来有望な一番弟子に実演の役者になってもらうとしよう。