第43話 探してみよう
更新が遅れたッ!!
「じゃ、改めてこれからよろしくって事で――乾杯!」
グラスが小気味良い音を立てる。
宿に戻った俺たちはささやかなパーティーを催す事にした。
パーティーなどと言っても参加者はステラとリサ、そしてクロとタナトスの全部で5人だ。
「しかし爺さん、なんか明らかに身体小さくなってない?」
あの夜見た時は2メートルくらいあった身長が、今は1メートルも無い。
「魔力の消費を抑える為じゃよ、折角の宴じゃ参加しないのも悪いからのぉ」
まぁいいか、爺さんには今後ある理由で世話になる。
今更遺恨もないので楽しんで貰おう。
「おいミナト、ステラ! 貴様らもそんなジュースなど飲まずに一杯付き合え!」
「うるさいぞ酔っ払い、なんで既に出来上がってるんだ」
先日の一件もあり酒を用意するか悩んだが、今日くらいはと許したのだが、失敗だったかもしれん。
「じゃあ私は一杯いただきます」
ん?
なんですって?
「おお! 話が分かるではないか!」
「カッカッカ! ではこのワインが良いかのぉ」
「おおぃ! なにしれっとステラに酒飲ませようとしてんだ! 未成年は――」
ここでふと気づいた。
そういえば俺ステラの年齢知らないな……
ひょっとしてもう成人してるのか?
そもそもこの世界って何歳から飲酒していいんだ?
「えー、ステラさんつかのことお伺いしますが、ステラさんはもう成人してらっしゃるの? ぶっちゃけおいくつ?」
「今16歳なのでもう成人してますよ?」
んん??
「ちなみお酒は何歳から飲んでいいの?」
「え? 特に決まりは無いと思います」
驚いた事にこの世界では飲酒に関する法律は存在しなかった。
農村などでは農作物の保存方法の一つに酒造があり、税を納める際や貴重な冬場の栄養にもなるらしく、小さな子どもでも飲む事はあるそうだ。
加えて成人は15歳だそうで……
「ミナトよ――郷に入れば郷に従え! 貴様も一杯くらい付き合わんか!」
「ヤダよ! どこのパワハラ上司だクソ魔王!」
「わたしもちょっとだけ飲んでみたい」
「ダメだぞリサ! 酒は成長の妨げになる事もあるんだ!」
「堅いこと言うでない、そらリサ、これが大人の味じゃ」
「くぉらジジイ! なにしれっとリサのグラスに酒注いでんだ!!」
「ほれミナト貴様には我が酌をしてやろう、ありがたく思え」
ちょっとしたパーティーのつもりがただの酒盛りになってしまう。
本当は大事な話もしたかったのだが、結局収拾がつかないまま夜は更けていった。
♦︎
「やれやれ……」
一杯だけの筈が結局飲み過ぎて酔い潰れたステラ――
鍛錬で元々疲れていた筈なのにはしゃぎすぎて疲れて落ちてしまったリサ――
2人をベットに寝かせる。
「すまんかったのぉ少しはしゃぎ過ぎたわい」
「いいさ、2人とも楽しそうだったし」
少し夜風に当たりたくなり、晩酌を続ける爺さんを部屋に残してテラスに出る。
街の中心を通る大通りにはまだ灯が点っているが、そこから離れるにつれ、灯りは少なくなる。
平和な光景だ。
だが、この街の一歩外に出ればそこは危険と隣り合わせだ。
モンスターや野盗なんかも少なくないそうだ。
「…………」
「なんだ? まだ何か悩んでおるのか?」
ぼーっと街を眺める俺にクロが声を掛けてくる。
「まぁ、な」
ステラとリサを連れ旅に出る。
命の保証がない旅だ。
もちろん全力で2人は守る。
だが――
「やっぱりいずれ人と戦う事になるよな……」
「……そうだな、避けては通れんだろう」
人相手に命のやり取りをする場面は必ず来るだろう。
野盗や教会の人間が今のところ筆頭だろう。
雑魚相手ならいい。
だが、そうはいかないだろう。
ステラやリサに危険が迫れば手加減出来ないかもしれない。
「ミナト、貴様の父親も言っていただろ? なにが一番大切なのか――それを間違えるなよ?」
「ああ、そうだな……」
俺が中学1年くらいだったか、親父が酷く沈んだ様子で仕事から帰ってきた事があった。
普段から笑顔を絶やさず、無駄に元気な親父だ。
気になってつい、なにがあったか聞いてしまった。
親父はしばらくの沈黙の後、意を決したかの様に話し始めた。
あの時の事は今でもハッキリ覚えている。
それほどまでに衝撃を受けたのだ。
「ひとりの人間を救えなかった」
その日、地元である事件があった。
ナイフを持った男が銀行に押し入り、強盗を働こうとした。
親父は別件の捜査で偶然居合わせたらしい。
そしてその時親父は銃を携帯していた。
後はドラマでしか観たことのない展開だ。
要求が通らない事に業を煮やした強盗は見せしめだと人質のひとりにナイフを突き立てようとしたのだ。
親父は人質を守ろうと引き金を引いた――
狙いは完璧で、親父の撃った弾はナイフを持つ手を見事に撃ち抜いた。
そのまま取り押さえ、逮捕――
とはならなかった。
強盗は隠し持っていたもう一本のナイフを取り出し、再び人質にナイフを振り上げたのだ。
そこから先を親父は語らなかった。
なにより俺自身、それ以上聞く気にはならなかった。
親父はただ一言「人質の女性は無事だった」とだけ口にはしたが、だとすれば犯人がどうなったかは親父の様子を見れば察しはつくだろう。
しばらくの沈黙の後、親父はいつになく真剣な表情で俺に言った。
「ミナト、どれだけ強くなっても全てを守る事は出来ない。 だから自分が絶対に守りたいものを、言葉は悪いが優先順位を決めておきなさい。 いざと言う時迷わない為に」
親父は弱い者を守る事が自分の正義だと言っていた。
例え相手が犯罪者であろうともそれは変わらなかった。
犯罪に手を染めるのは間違っているが、間違っているからこそ放っておけない。
むしろ犯罪をする人間は大抵がやむに止まれない事情があるから、と。
取り返しのつく事なら償わせて、やり直しさせたいと。
「罪を憎んで人を憎まず」そんなどっかで聞いたような理想論を語っていた。
俺はそんな親父を尊敬していた。
だから親父が強盗を射殺したと知った時は正直ショックだった。
親父を知らない人間からすれば人質を守る為に強盗をやむ無く射殺した。
それは多分当然だと、仕方ない事だと捉えられる。
なんの罪もない人質と、そんな罪のない人を殺そうとした身勝手な犯罪者――
どちらを守るかなんて比べるまでもないとか言うんだろう。
俺は親父のなかの優先順位は知らない。
でも、親父にとっては本当はどちらも守りたい存在だったはずだ。
でも、親父は選択した。
親父の言う守りたい優先順位を守ったんだ。
綺麗事言っておいて結局片方を見捨てたと言われるかもしれない。
だけど、やっぱり世の中は綺麗事だけじゃ万事上手くはいかないってことなんだろうな。
「……俺は2人を守る、例えなにがあろうともだ」
「そうか……ならば迷わない事だ、貴様の父のようにな」
俺の覚悟が伝わったのか、クロはそれ以上なにも言わない。
実際言葉にされたら迷いそうなので少し安堵した。
「そういえば前から気になってたんだが、クロは向こうの世界にいた時から俺の中にいたんだよな?」
「そうだな」
「なら俺の経験した事は一通り知ってるって事か?」
今回の親父の件もそうだが、以前リサの名前を決めた時もロシア語を知っていた。
と言う事は俺を通して色々と見聞きした事を覚えているって事だと思ったのだが――
「ふむ……そう言ってよいか微妙なところだな」
「ん? どう言う事だ?」
「まず、いつから貴様と共にいたのかハッキリ覚えておらん。 覚えてる範囲で一番古い記憶は貴様が小学校とやらにいた頃からか、その上意識がぼんやりしている事も多かった。 故に知らん事も少なくないはずだ」
「そうなのか……」
「ああ、だがここ数年の事は比較的知っている事の方が多い。 貴様の成長に伴っているのかもしれん」
「なるほどな」
「しかし何故そんな事を気にするのだ?」
「いや、お前の記憶がどうなってるのか気になってたんだ。 クロがこの世界の住人だったってのは今更疑う気はない、ただそうなるとなんで知識はあるのに記憶はないのか? その辺の理由が分かればクロの記憶も戻るかも知れないだろ?」
クロが本当に魔王だったのか?
正直、それは今更どっちでもいい。
ただ、このまま一生このままなのか?
なにかをきっかけにクロが成仏するのか?
記憶が戻れば何かのきっかけになるかも知れないと思っている。
「なんにしても分からない事だらけだ。 元の世界に戻る方法と一緒にクロの記憶を取り戻す方法も探してみようぜ」
「ミナト――う、うむ! そうだな、我の記憶が完璧に戻れば貴様の世界に戻る方法も見つかるかもしれん」
どこか嬉しそうなクロに俺は笑みを浮かべる。
明日はいよいよ町を出る事になる。
平和な旅になるといいなぁ……