第40話 旅立ちの準備
まだまだしばらくは書き溜めがある安心感
異世界転移にきて4日目の朝――
色々あったが、いよいよ本格的な旅の始まりを迎えようとしていた。
とは言え、流石にこのまま旅立つというのは無理がある。
廃教会に向かった時に灯りを忘れた例の通り、まずは色々準備が必要になる。
なにしろここは異世界だ。
日本と違い、街を一歩出ればそこはモンスター蔓延る危険地帯だ。
電車も無ければ車もない。
当然野宿も当たり前になるだろう。
そうなれば食料や道具など必要になるし、地理の把握も必須になる。
「という事で今日はそのあたりの買い出し、次の目的地は王都だが、途中で休める街や村なんかないかの情報収集をしていくぞ」
「はい」
「分かりました」
ステラとリサの同意も取れた。
朝食を済ませ、フロントへ向かう。
「おはようございます! ごゆっくりおやすみになれましたか?」
フロントにいた女将が声をかけてきた。
「ああ、おかげさまでな」
「それはようございました」
「それはそうと一つ確認したい事があるんだが」
当初は異世界初めての宿という事で贅沢に2泊で予定していた。
そうなると今日はチェックアウトしなければならない。
だが、今日中に街を出る事はない。
そうなれば当然今日の宿も必要になる。
とう言う事で――
「まだ具体的な日数は決まっていなくて申し訳ないんだが、もう少し世話になりたいと思っているんだ。 今の部屋を今日も取れるかな?」
正直この宿を知ってしまうと他の宿に泊まる気がしない。
先日の報酬もあり、既に金銭感覚が狂っている気がしてならないが、嫌なものは嫌なのだ。
「ええ、そういう事でしたら大歓迎ですよ! 具体的な事が決まっていないのでしたら毎朝おっしゃっていただければ結構です!」
ふむふむ融通の効く宿で助かる。
ステラが若干引きつった笑顔を浮かべていたが、見なかった事にしよう。
女将にお礼を告げ、今日の分の宿代を払う。
ついでに非常に遺憾だがクロが飲み散らかした酒代も一旦清算してしまう事にした。
せっかく女将が快く受け入れてくれたのだ、いつまでも高額な代金を未払いというのも誠実さに欠ける。
そう思い金貨をアイテムボックスから取り出そうとしたのだが――
「お、女将よ! 一つ頼みがあるのだが!」
代金を支払おうとした俺に突然クロが割って入ってきた。
小動物がいきなり声をあげたというのに女将は笑顔を崩さない。
プロだ。
と言うかこいつは何を――
「はいはいなんでございましょう?」
「酒代だが、少し勉強して貰えんだろうか!!」
「アホかお前は!」
まさかの値切り交渉に思わず叫んでしまった。
飲む前ならいざ知らず、飲んでから交渉するとかコイツは恥を知らんのか!
さすがの女将も突然のことにポカンとしてるじゃないか!
「あっはっはっは! えぇえぇ、結構ですよ! そうですね、金貨5枚でいかがでしょうか」
ほら見ろ女将も呆れ――え?
「なん……だと?」
値切りを言い出した本人が驚愕している。
まぁ、まさかこれ程あっさり値切りに応じてくれるとは思わなかったのだろう。
しかも驚くほど安くなっている。
そんな俺達に女将が小声で告げる。
「ここだけの話ですけどね、あの値段は見栄を張りたがる貴族様や大商人の方用なんですよ。 あのぐらいの値段で置いて置かないと逆にお怒りになるんです『この宿は安酒しか置いてないのか!』って、なので本当はそのぐらい頂ければ充分なんですよ、あ、もちろんこの話は内密にお願いしますよ」
なんというか納得のいく話と言うかいかない話と言うか……
まぁ確かにあの値段を見たら普通は手を出さない。
出すとすれば余程羽振りのいい人間かバカのどちらかだ。
クロの場合は後者な訳だが……
「お戻りになるまでにお手頃なお酒に替えておきますから、よろしければまたご利用ください、ただし、今度は適正価格ですのでお値引きは出来ませんよ」
いや、いっそもう全部水に変えてくれ……
♦︎
宿を出た俺たちはとりあえず諸々買い込む事にした。
買い込んだ荷物は手当たり次第にアイテムボックスに突っ込んでいく。
アイテムボックスの中なら食べ物も腐らないので屋台の食事でも問題ない。
むしろいつでも出来立てが食べられるので都合がいい。
野営に必要そうな物も買い込み、一通り済んだ頃にはお昼を少し過ぎていた。
お腹もいい感じに空いてきたのでどこかで食事を取る事にした。
周囲を見れば数件の飲食店らしき看板が目に入る。
今日一日街を歩き回って気が付いたのだが、この街の店はどこも看板を見ればなんの店かわかる様になっていた。
武器屋なら剣、飲食店ならナイフやフォークなど視覚的に理解出来るのだ。
もしかするとこの世界の識字率は高くないのかもしれない。
とりあえず考えても仕方ない、あとでステラに聞いてみよう。
数件の店から外観から清潔感があり、なにより強烈に惹かれるとある匂いを漂わせる店の扉を開く。
覚えのあるいい香りが鼻腔をくすぐる。
「いらっしゃいませ、3名様ですか?」
「ああ」
「おや? ミナトさん達じゃありませんか」
ウェイターに返事をした瞬間、店の奥から声を掛けられる。
「あれ? キースさん? 王都に行ったんじゃなかったのか?」
そこにはこちらを見て変わらない笑顔を浮かべるキースの姿があった。
♦︎
「ごゆっくりどうぞ」
運ばれてきた料理から食欲をそそる香りが漂ってくる。
まさか異世界でコレを目にするとは思わなかった。
一口頬張れば鼻に抜ける香辛料の香りと遅れてやってくる辛さ――
紛う事なきカレーだった。
惜しいのは米がない事、添えられているのはサラダとパン。
やはり日本人としては米が食べたいところだが、まぁ贅沢を言っても仕方ない。
「どうですか? 美味しいでしょう? 私のお気に入りでスクルドに来た際には必ず食べているんですよ」
「ああ、俺の故郷にもそっくりな食べ物があるよ」
「少し辛いですが、それがクセになりますね」
「!!??!!」
ステラは気に入った様だが、リサにはちょっと辛過ぎたようだ。
慣れない味に驚いてたのか舌を出して目を白黒させていてちょっと可愛い。
ちなみクロは黙々と食べている。
「それにコレも俺の好物なんだ」
カップを持ち上げ、それの存在を示す。
「私は……ちょっと苦手かもしれません」
「……苦い」
2人ともカップに注がれた黒い液体を見つめ顔を顰める。
約1名は「酒の方がいい」などとほざいているが無視だ。
「はっはっは、ミナトさんとはなかなか好みが合いそうですね」
「まさか異世界でカレーとコーヒーを口にできるとは思わなかったよ」
「おや? これらをご存知だったので?」
驚いた事にそれぞれの名前もまんま日本と同じだった。
カレーに関しては間違いなく俺と同じ日本人が伝えたな。
どうせなら米も教えておいて欲しかった。
「まぁな、俺の世界と同じ名前だよ――あ、そうだ」
俺はウェイターを捕まえ、アレがないか聞いてみる。
名称が違うのか多少伝えるのに苦労したが、程なくして希望したものが出てきた。
「おやそれは?」
テーブルに用意されたのは白い液体と白い粉だ。
「砂糖とモォのミルクですか?」
モォね、なんつうか赤ちゃん言葉がそのまま名前になった感じだな。
まぁいい、とりあえず砂糖はまんまの名前なので問題ないだろうが、モォのミルクとやらを飲んでみよう。
一口分含み、味を確かめる。
うん、まんま牛乳だな、むしろ一般的な牛乳より濃い。
なんにしても問題ないことを確認してそれらをステラとリサのカップに入れ混ぜる。
「なんと! コーヒーに混ぜるのですか?」
「ああ、よしこれでいいだろ、2人とも飲んでみてくれ」
いわゆるカフェオレってやつだ。
2人ともさっきの飲んだ味が忘れられないのか、恐る恐るといった感じで口をつける。
「え? これすごく美味しくなりました!」
「まだちょっと苦いけどこれなら平気」
どうやら大丈夫のようだ。
それを見たキースも同じようにカフェオレにして飲んで驚いていた。
さらにそれを見ていたウェイターも興味深々で真似をし、最終的に店のメニューに乗せて良いか聞いてくる始末だった。
こうして異世界の食文化がこの世界に伝わっていく過程を身をもって体験する事になった。