第37話 グッジョブマーリン
久しぶりなんです!
初めての依頼の報告も済み、渋々次の依頼も受注し一通りギルドでの用事は完了、話も終わったので帰ろうかと思ったところで受付のお姉さんがお茶を持って来てくれた。
「失礼しました」
せっかくお茶を持ってきてくれたのに、すぐさま俺たちが出て行ったらなんか気まずいので、とりあえずもう少しこの場に留まる事になった。
「ところで報酬の分配はどうするつもりなの?」
「ん? いや均等に分けるつもりだけど?」
むしろそれ以外ないだろう。
「あ、あの!」
俺の言葉に真っ先に反応したのはステラだった。
まぁなんとなく言い出す事の予想はつく。
「私はなんの役にも立てませんでした、むしろ足を引っ張っただけで――」
「はい却下」
案の定である。
「いいかステラ、最初に分配について決めていなかった以上均等に分ける以外ない。 それ以外はトラブルにしかならないんだ、特に金に関してはな」
「ですが――」
「ダメだ、今後の為に覚えておきなさい。 金は人を変える。 出来高制にするなら事前に具体的なルールを作る。 ルールにない理由で増やしたり減らしたりはしちゃいけない。 前例を作るな。 その場は良くても最終的に絶対に揉める日が来る」
「ミナトの言う通りよ、報酬の分配で揉めた結果解散したパーティーは数え切れないわ。 ひどい時は死人が出るのよ?」
血の気の多い奴ならその場で剣を抜いてもおかしくないしな。
そんな事が起きてもなんらおかしくない。
ステラにはそんな目に遭って欲しくない。
「分かりました……では今回はヒュウガさんの言う通りにします」
どうやら納得してくれたようだ。
「……100枚を4人で分けると、ひとり20枚?」
リサが一生懸命、指折りで数える。
なるほどリサは計算が苦手なのか。
「惜しいな、20枚だと少なすぎるぞ」
「え? ヒュウガさんそんなにすぐ数えられるんですか?」
「え?」
思わず聞き返してしまう。
ちょっと待て、まさかステラも計算出来てないのか?
100割る4だぞ?
小学生でも解けそうなもんだが――
「ミナト、貴方の住む世界と違ってこの世界で計算が出来る人間はわずかよ?」
マーリンの言葉に少し驚いた。
なんでも簡単な足し算引き算くらいは出来るそうだが、それ以上は商人でもなければ出来なくて普通らしい。
「なるほどな……なら頑張って覚えないとな、計算は出来なきゃどこで損するか分からんからな」
俺にそう言われ、2人の顔色が悪くなる。
計算にトラウマでもあるのか?
「そんな顔すんなよ、計算は出来た方がいい」
そう言って俺はマーリンから貰ったばかりの金貨を目の前のテーブルに広げる。
そして10枚積み上げ、それを10個用意する。
「さて、じゃあこれを3人で均等に分けてみてくれ」
2人は金貨を見つめ、少し考えてからとりあえず3個づつに分ける。
だが残り1個――10枚の金貨を前に固まってしまった。
「おいミナト! これでは我の取り分が無いではないか!」
「お前、金貨26枚分の酒代忘れてないか?」
仮に均等に分けても足りないんですけど?
「ぐ……だ、だがそれでは我は今日どうすれば良いのだ!」
「水でも飲んでろ」
酒代だけで破産するわ。
「ミナトさん……これ、分けられません」
「はい、どうやっても金貨1枚余ってしまいます」
よしよし、そこまでは正しい回答にたどり着いたな。
俺はアイテムボックスから追加で金貨を5枚出した。
「じゃあ一旦俺がこの残った10枚の金貨に5枚金貨を足す、これならどうだ?」
「え? えぇと……」
「???」
リサは15枚になった金貨を前に再び指を折りながら数を数えるが、当然指は10本しかないので上手くいかないようだ。
ふむふむ、どうやらリサは10以上の数字になったらお手上げのようだな。
一方ステラは難しい顔をしつつも金貨を5枚づつに分ける事が出来た。
「で、できました! これでひとり……35枚ずつです! あれ? でもこの中の5枚はヒュウガさんの金貨です!」
ほう、そこまで理解出来たようだ。
なら仕上げだ。
「そうだな、じゃあ2人から2枚ずつ金貨を返して貰おうかな?」
「え? それじゃあヒュウガさんは金貨1枚損してしまいませんか?」
「いいさ、俺は今し方の依頼で金貨10枚を貰ってる」
普段のステラならここで簡単には納得してくれないが、慣れない数字に頭がパンク寸前なのか思ったより素直に金貨2枚を差し出してくれた。
それを見たリサも金貨2枚を俺に手渡す。
「さ、これでなんとか平等に分けることが出来たな!」
「すみません……結局ヒュウガさんが一番少なくなってしまいました」
リサも口には出さないが、申し訳なさそうにしている。
「気にするな! はっはっは!」
「詐欺師のような男だな貴様は……」
「ホントね、悪徳商人も真っ青だわ。 一瞬私も騙されるところだったわよ」
おいおい、ここからネタバラシするんだから先に言うなよ。
「「え?」」
クロとマーリンの言葉にステラとリサが顔を見合わせる。
「さて、そこの2人が先に言っちゃったが、実は俺は2人を騙したんだ、2人は俺が損したと思っているようだが、実際は逆だ。 俺は2人より多くの金貨を手にしたんだぞ?」
よく考えれば小学生でも分かる簡単な計算だ。
だが、まともに計算が出来ない2人にはそれが理解出来ない。
「ど、どうしてですか?」
「さて、どうしてだろうな? まぁこれで分かっただろ? ちゃんと計算が出来ないとこんな風に知らないうちに騙されたりするんだ。 だから2人はちゃんと計算を勉強しような?」
そう言って金貨を33枚ずつに分け、1枚は除ける。
「さ、これでひとり金貨33枚、余った1枚はみんなで夕食代にでもしようぜ」
「やれやれ、我の取り分は無しで3等分か……貴様本当にお人好しだな」
「うるせぇ、とりあえずお前の飲んだ酒代はこれでチャラにしてやる」
クロにはお見通しって事か。
まぁそれ以上なにも言わないって事は黙っててくれるって事だろう。
「?? どういう意味ですか?」
ステラとリサが不思議そうに首をひねる。
ま、2人が気がついてないならそれでいいだろう。
2人がこれからどうするか分からないが、金はあって困るものじゃない。
俺に出来る事は限られているからな。
少し多めに渡すくらいはしてもいいだろう。
「終わったみたいね? それじゃそろそろお開きにしましょ? 私も仕事が残っているから」
マーリンはそう言って、掛けていたソファからデスクへと移動する。
「ああ、じゃあ行くわ、世話になったな一応礼は言っておく」
「お、お世話になりました!」
「ありがとうございました」
「気にしなくていいわ――そうそう、ステラ」
「は、はい!?」
まさか帰り際に名指しされると思わなかったのかステラが背筋を伸ばす。
「昨日ミナトには言ったのだけれど、ミナトの家名は伏せておいた方がいいの、貴女もミナトを呼ぶ時は名前で呼びなさい」
そういえばそんな事言われた気がする。
まぁ聖光教会と既に揉めた以上今更どっちでもいい気はするが――
「え? は、はい! 分かりました、これからはミナトさんと呼ぶ事にします」
――うん、グッジョブマーリン。