第92話 空vs地の戦い
「それでは、試合開始!」
拡声魔法がかかったそんな声が聞こえると……コーカサスとベルゼブブは、一斉に宙に浮き上がった。
俺は筋斗雲に乗って、それに追随する。
尚、筋斗雲の使用が場外負け判定にならないかどうかは、事前に審判に確認済みである。
「よし、ベルゼブブ、まずはアレだ!」
俺がそう合図すると、ベルゼブブは試合場直下の地中に無数の爆発性の気泡を作り出した。
「コーカサス、着火を」
そしてコーカサスが、貫通力のある火花を地面に向かって撃つと……途端に、試合場の地面は大きく揺れだした。
「!!」
アヴニールさんは、急な揺れに驚いたような顔をしたが……それでもよろめいたのはわずか一瞬で、すぐに揺れる地面の中バランスを取りだした。
そして、俺たちに向かって走って近づこうとしたが……その足取りは器用ではあるものの、先の試合の身のこなしと比べれば明らかなくらい拙くなっていた。
ここまでは、作戦通りだな。
アヴニールさんの動きを見て、俺はそう確信した。
俺の作戦は、「地上戦を得意とする相手を、空中戦で制する」というものだった。
そう決めたのは、アヴニールさんの職業が『格闘家』だからだ。
『格闘家』の戦闘スタイルは徒手空拳が基礎となるもので、職業専用魔法もその延長線上にあるようなものとなっている。
そして格闘家の職業専用魔法には、一つ大きな特徴がある。
格闘家の職業専用魔法は、足腰の使い方の上手さが魔法の威力に直結するのだ。
俺の見立てでは……アヴニールさんは、とにかく足腰の使い方が絶妙に上手い。
魔法力云々以前に、徒手空拳の基礎が抜群に出来上がっているのだ。
ギャラクシースラッシュを素手で受け止められたのも、おそらくそれが理由だろう。
だから……俺はむしろ、そこを突いてやろうと思った。
地面の条件を悪くして、普段の足腰の使い方をできなくさせてやれば、アヴニールさんの魔法の威力を激減させられるはずと考えたのだ。
俺たちはアヴニールさんとは違って、飛んでいれば地面がどんな悪条件だろうと関係ない。
こちらは普段通りの力を発揮できるのだ。
だから、空中戦対地上戦。
俺たちはこうして、試合を有利に運んでいるのである。
……ちなみにだが、俺は今回の試合では神通力を使うつもりはない。
もちろん、空間転移でアヴニールさんを場外に飛ばすとかすれば一瞬で勝てはするが……それでは「テイマーが従魔と強力して倒した」ではなく「謎の力を持つ人が謎の力で謎なことをして勝った」になってしまうからな。
「な、何だこの試合展開は!?」
「あのアヴニールさんが、一方的に遊ばれている……?」
冷静に戦えているからかこそ、観客がそんな風に騒いでいるのも何となく耳に届いた。
……本気で考えた作戦なので、遊んでいるとは思わないで欲しいのだが。
などと思いつつも、俺はコーカサスに次の指示を出した。
「コーカサス、相手を掴んで投げ飛ばすんだ」
ベルゼブブに地中爆発の連鎖を続けてもらっている間、コーカサスは思うように魔法を放てないアヴニールさんに肉迫し、アヴニールさんをガッシリと挟みこんだ。
そしてそのまま……得意の高速回転で、アヴニールさんをぶん回し始めた。
ぶん回しながら、アヴニールさんを掴んだコーカサスはある程度の高度まで上昇し……遠心力任せに、アヴニールさんを場外に向けて投げ飛ばす。
アヴニールさんは、弾丸のような勢いで試合場を突っ切っていった。
このまま試合が終わるか。
そう思ったが……アヴニールさんは、予想外の方法で形勢を立て直してきた。
自分が飛ばされている方向と斜めになるように対物理結界を展開し、その上で五点着地の動作をする。
それを幾度となく行うことで……アヴニールさんは自身の進行方向を少しずつ変え、一時は地面すれすれになりながらも空中をぐるんと一回転して場内に舞い戻ってきたのだ。
「……え、あっこから戻ってくる?」
「あのテイマーすげえ異次元だけど、アヴニールさんも直属騎士の意地みせてらぁ!」
例の観客たちは、今度はそんなことを言い出した。
アヴニールさん……めちゃくちゃパワータイプかと思っていたが、随分と冷静かつ器用な対応もするんだな。
試合中だというのに、俺も観客に混じって少し感心してしまった。
だが……流石に回転し過ぎが堪えたのか、地面の振動も相俟ってアヴニールさんは以前にも増してふらつきだした。
『では、トドメといくぞ』
そんな様子を見つつ、コーカサスは角にエネルギーを集めだした。
そして……コーカサスは角から無数の魔力の衝撃を発し、アヴニールさんを反対側まで押しやったのだった。




