第82話 計算液晶
『専用の魔道具とは……なんという魔道具なのだ?』
『計算液晶だな』
筋斗雲での飛行中。
コーカサスが飛ばしてきた質問に、俺はそう答えた。
そう。
計算液晶というのが、今回俺がmxml形式の情報を読み込むために作ろうとしている魔道具の名称である。
前世には、「魔導コンピューター」という機械が存在したが……計算液晶は、言うなればその簡易版。
魔導コンピューターに比べ機能や性能は劣るが、その分構造がシンプルで、簡単な知識と技術しか持ち合わせていなくても作れるのが特徴の魔道具だ。
なぜ今、計算液晶を作ろうとしているのか。
それは、計算液晶や魔導コンピューターの上で動くプログラムの一つである「表計算」を使うためだ。
「表計算」はmxmlデータを集計、分析、そして出力するための専門のプログラム。
これを用いて、さっき開発した情報抽出魔法で抽出した魔法の内容を解読しようという話なのである。
本当は妥協せず、魔導コンピューターを作れればベストなのだが……情報魔術に関しては、前世では大学の教養課程で習った程度だからな。
正直なところ、今の俺には中程度のスペックの計算液晶を作るのでやっとってところだろう。
それにぶっちゃけ、「表計算」はスペックをほとんど要求しないプログラムだし、それ以外の機能は今回の目的では全く使わないからな。
仮に俺が魔導コンピューターを作るだけの技術を持ち合わせていたとしても、今は計算液晶で妥協しておくのが合理的というものだ。
ところで……計算液晶、実は材料の全てが魔物由来というわけではない。
肝心の部分である液晶や高分子配向膜は魔物を素材にするのだが、その外側に配置するガラス基盤などは普通にそこらの砂とかで作れるのだ。
目的地に着くまで、まだちょっと時間もあることだしな。
『ベルゼブブ。これ……ガラスに変えてくれないか?』
この移動時間の間に、適当に拾った砂利をもとにガラス板でも作ってもらっておくとしよう。
◇
そして何時間かが経過し……俺たちは、沖の上空にやってきた。
『コーカサス。今から俺が魔物を海面まで誘き寄せるから、そいつを掴んで持ってきてくれ』
『分かった』
俺の指示で、海面付近で待機しに行くコーカサス。
その様子を見つつ、俺はうま味調味料を練って作った塊を如意棒の先端に括りつけた。
これを用いて、目当ての魔物を海面付近まで誘き寄せようという算段である。
探知魔法を発動すると……水深600メートルあたりに、目当ての魔物と思われるヤツが存在するのが分かった。
「そこか」
俺は如意棒をその手前まで伸ばし……如意棒の先端に食いつこうとする獲物にギリギリ追いつかれない程度のスピードで、如意棒を縮ませていった。
その魔物は猛烈なスピードで如意棒の先端を追いかけてきて……ものの十数秒で、海面にその姿を現した。
すかさず、コーカサスはその魔物を大顎でがっちりと掴み……そのまま、筋斗雲の上にいる俺たちの元まで戻ってきた。
『これでいいか?』
『ああ。ちょっと捌くから、その辺に対物理結界でも敷いて置いてくれ』
俺がそう言うと、コーカサスは対物理結界を展開し、その上に獲ってきた魔物を放した。
その魔物はジタバタと動いて今にも逃げ出しそうだったので、俺は即座にルナメタル製の剣をエラに突き刺し、魔物を活け締めにした。
……クラーケンか。
計算液晶の液晶素材になるのはイカ系の魔物の肝臓なので、その手の魔物を獲ろうとは思っていたのだが……中でも、割と優秀な素材に巡り合うことができたみたいだな。
これを使えば、そこそこ性能の良い計算液晶を作ることができる。
ラッキーなものだ。
ルナメタル製の剣を使い、次々と解体作業を進めていく。
肝臓を取り出せたところで、俺は残りの素材を収納した。
そのクラーケンの肝臓から、魔法で液晶を抽出する。
さらにその液晶を、移動時間中に作ったガラス板で挟んでやると……液晶ディスプレイ完成というわけだ。
ちなみにこのガラス板は、すでに高分子配向膜でコーティング済みだ。
ガラス板の高分子配向膜コーティングは、液晶がディスプレイとして機能するために必要な工程の1つなのだが……収納魔法内のあり合わせの材料をもとにベルゼブブが移動中にやり終えててくれたおかげで、今やる必要はなくなっていたのだ。
あとはこの液晶に、「表計算」のプログラムを魔法で付与してやれば。
「計算液晶完成、というわけだな」
起動させ、あのマス目がいっぱいある画面は表示されたのを見て、俺はそう呟いた。
あとは、実際にここに例の情報抽出魔法の情報をインポートしてみて……果たして、どんな情報が出てくるのか。
今から楽しみだな。
 




