第69話 特殊階層は更に続く
エリクサー。
それは「あらゆる生物の身体を100%治癒・回復させる」という効果を持つ、ありがたい魔法薬である。
エリクサーは、特にテイマーやその従魔にとって、大きな意味を持つ薬だ。
なぜなら、エリクサーを飲めば、テイマーや覚醒従魔の膨大な魔力を一発で全回復させられるからな。
普通の魔力回復薬は「魔力を一定量回復させる」という効果しか持たないため、テイマーや従魔にとってはほぼ焼け石に水だ。
そのため、テイマーや従魔が魔力を回復させるには、魔力を割合回復させる回復薬が必要になる。
割合回復の効果がある薬は何種類かあるが……エリクサーは、その中でも最上位に位置づけられるもの。
まさに、テイマー御用達の薬なのである。
もっとも、エリクサーにはそれ以外に「あらゆる瀕死状態(欠損、難病含む)からの完全な回復」という効果もあるのだが……正直言って、死者蘇生も高位の治癒魔法も使える俺にとっては、その辺は自身の下位互換でしかない。
よって、俺は、エリクサーは魔力回復の用途でしか使うことはないだろう。
……などと考え、俺は次のメンキブフラワー討伐に向かおうとしたが……その瞬間、俺の頭にある考えがよぎった。
もしかして……エリクサー、神通力も回復できたりするんじゃないか?
その仮説が頭に浮かんだ今、俺はそれを試さずにはいられなくなってしまった。
俺は今日、すでにかなり神通力を消費してしまっている。
なんせ、290階層分も空間転移を繰り返してきたんだからな。
それに、これからメンキブフラワー討伐に空間転移やルナメタル製の剣を使うことを考えると……これからの神通力消費も、洒落にはならないだろう。
いくら今までテイマーの利点を生かして急速に神通力を鍛えてきたとはいえ……回復を挟まずにこんなペースで神通力を使っていると、いずれは枯渇してしまいかねない。
もしその問題がエリクサーで解消できるとしたら、俺はかなり助かるのだ。
どうせ、今後メンキブフラワーを討伐していけば、もっとエリクサーは手に入るんだしな。
ものは試しで、飲んでみるとしよう。
そう思い……俺はできたてのエリクサーを、ゴクッと飲み干してみた。
……すると。
「……回復……してるな」
俺は、エリクサーを飲んだことにより、体内の神通力が満タンに戻ったのを感じることができた。
回復成功だ。
これは地味に、エリクサーを常備する限り、自身が持つ最大神通力量は実質無限になったということを意味している。
もちろん、使える神通力の瞬間最大量が変化したわけではないので、今後も継続的に鍛錬はしていかなければならないが……休憩を挟まず神通力使い続けられるというだけでも、かなりの利点がある。
これは、いい発見をすることができたな。
俺はそのことを愉快に感じつつ、メンキブフラワー狩りを再開することにした。
◇
それから、俺がメンキブフラワー狩りをし、ベルゼブブが並行してエリクサーを作ること十数時間。
「ふぁ〜あ」
眠気から思わず欠伸をしてしまった俺は……次の階層に行く前に、もう一杯エリクサーを飲むことにした。
『みんな、眠いだろー』
そう言って俺は、コーカサス、ベルゼブブそれぞれにも用量一回分のエリクサーを注ぐ。
『『『かんぱーい!』』』
盃を交わし、エリクサーを飲み干すと……さっきまでの強烈な眠気は、嘘のように吹き飛んだ。
これも、エリクサーによる回復効果の一つである。
ちなみにエリクサーの効果はカフェインのような対症療法的なものではなく、「睡眠を取った後の体の状態に戻す」という根本的な回復効果なので、これで徹夜しても睡眠負債が溜まる心配は無い。
実に便利な薬である。
エリクサーを飲んで元気を取り戻した俺たちは、近くの階段を降り……297階層の向かった。
降りてみると……すぐ近くにいた、体長3メートルくらいのサソリ型の魔物と目が合った。
サソリ型の魔物はこちらに向かってこようとしたが……すぐに体が痺れ、動けなくなっていた。
『っしゃあ! 毒袋、逆流させたったぜ!』
ベルゼブブが意気揚々とそんなことを言っているあたり……サソリ型の魔物、自分の毒が体内に回ったのだろう。
そして……
『後は任せろ』
動けなくなったサソリ型の魔物は、コーカサスに一撃で首を落とされていた。
分かりきっていたことではあるが……この階層も楽勝そうだな。
そう思い、俺はまた2匹の後をゆるゆるとついていくことにした。
そしてまた2時間ほど経ち、298層に向かう階段が見えてきた頃。
千里眼で階層全体の様子を見ていた俺は……一つ、妙な点に気がついた。
この階層……どういうわけか、魔物が一体もリスポーンする様子が無いのだ。
通常、ダンジョンでは、階層内の魔物の数が一定となるよう、狩られた数だけ魔物がリスポーンするようになっている。
リスポーンまでの時間は、迷宮主を除けば最長1時間。
2時間経っても一体もリスポーンしないというこの状況は、どう考えても異常なのだ。
なぜ、こんなことになっているのか。
俺は少し悩み……そして、一つの特殊なケースに思い至った。
『コーカサス、ベルゼブブ。ちょっと予定変更だ。この階層の魔物、全部狩るぞ』
そして真相を確かめるため……俺は、この階層の魔物を、一旦全滅させてみることに決めた。
◇
そしてまたしばらくして、コーカサスがこの階層の最後の一体にとどめを刺した時。
俺は……自分の心当たりが正しかったことを知ることになった。
「1、2、3…………うん、全部復活してるな」
そう。
コーカサスが、この階層の最後の一体を討伐した瞬間……階層内の全ての魔物が、一斉にリスポーンしたのだ。
ここは、ワンタイムリスポーンフィールド。
「階層内の全ての魔物を討伐する」という条件で、階層内の魔物の数がリセットされる特殊な階層だったのだ。
まさか、この手の階層に出くわしてしまうとはな。
思いがけない発見に、俺は自然と笑顔になってしまった。
この階層……上手く使えば、一気に経験値を積んで強くなれるんだよな。
 




