第60話 金角と銀角
収納魔法からルナメタル製の剣を取り出して構え……剣先がちょうど金角の左目の目の前になるよう転移後の位置を調整してから、俺は空間転移を発動した。
「……は?」
金角は信じられないといった表情で、目をカッと見開いた。
……おいおい、そんなことしたら突きやすくなるだけだぞ。
俺は狙いやすくなった金角の目玉に対し──身体強化をめいっぱい発動しながら、神通力をふんだんに流し込んだ剣を突き刺した。
「ガ……」
一瞬、金角は叫び声をあげようとしたが……脳の痛覚を処理する部分まで刃が達したのか、すぐに大人しくなった。
金角は、そのまま地面に倒れ伏した。
「な……何しやがる!」
と、その時……その様子を見ていた銀角が、こちらを指差して怒りっぽく叫んだ。
「貴様貴様貴様ァ、よくも俺の相棒を! 絶対に生かしては帰さんぞ!」
怒り心頭といった様子で、銀角は俺に襲いかかろうとしてきた。
だが……コーカサスとベルゼブブがそれを阻んだ。
『そうはさせんぞ』
『そうそう。せっかくそんだけ強いんだからさ、俺たちの相手もしてくれよ』
……おいベルゼブブ、そのニュアンスだと「俺が強敵を独り占めするのはズルい」って意味合いになってるよな。
まあ金角や銀角は、先ほどのような不意打ちでもなければ俺一人では太刀打ちできない相手なので、戦ってもらえるのはありがたいんだが。
そんな事を考えてるうちにも……2匹は、抜群に噛み合った連携で銀角を処理しにかかった。
だが……今回は、補助側とトドメを刺す側が逆だった。
まず、コーカサスが銀角を大顎で挟み、グルグルと回転してから遠心力任せに銀角を吹っ飛ばした。
そして、拘束魔法を飛ばして銀角を動けなくした。
その後……ベルゼブブが瓢箪に魔法をかけると、銀角はドロドロになりながらのたうち回った。
おそらく……瓢箪の中身のフルオロレンゲドウ酸の性質を、不揮発性から揮発性に変化させたのだろう。
瓢箪やフルオロレンゲドウ酸は、銀角から奪ったりするとその瞬間消滅してしまうが……このやり方なら銀角が瓢箪を持ったままなので、そんなデメリットもなく酸で銀角を攻撃できるってわけだ。
相変わらず、ベルゼブブの毒の扱いは超一流ってわけだな。
まあ揮発したフルオロレンゲドウ酸が空中を漂い続けるとしたら、それはとんだ環境汚染なわけだが……フルオロレンゲドウ酸には「銀角が死亡したら消滅する」という特性もあるからな。
後数秒で銀角は死に、フルオロレンゲドウ酸も消滅することだろう。
それはそれで惜しい気もするが、銀角が俺の名を呼んでくれなかった以上、もともと銀角の瓢箪の分の回収は不可能だったしな。
あまり気にせず、あとは成り行きを見守るとしよう。
そうして、10秒弱が経つと。
銀角は微動だにしなくなり……それに伴い、銀角の周囲の植物や地面が溶けていく現象も収まった。
討伐完了が分かりやすいな。
そう思いつつ、俺は銀角の死体を収納魔法にしまった。
と同時に……俺は収納魔法の中から、ビーストチップスを取り出した。
『そろそろビーストチップスの時間にするか』
俺がそう呼びかけると……2匹は我先にとばかりに、俺のもとへ寄ってきた。
『これを楽しみにしておったのだ』
『F〇〇kin’ delicious CHIPS!!』
2匹は何のシンクロのつもりか、空中で2回宙返りした後に……ビーストチップスをムシャムシャと食べ始めた。
その様子を見て……クヌースの矢印希望のリーダーが近くまで歩いてきて、こう質問した。
「それが……どんな魔物にとっても至高の食事だという、ビーストチップスとかいうものなのか?」
「そうですよ。……なんなら、コーカサスにインタビューでもしてみます?」
実際に従魔となった魔物の証言の方が、説得力があるからな。
そう思い、俺はリーダーにそう促した。
「では……」
そう言って、リーダーはコーカサスの方を向いた。
『あの、コーカサスさん……この食べ物の為に従魔になったというのは、本当のことなのか?』
『ああ。……ヴァリウスと出会う前の我にとっては、食事など狩りの後の勝者としての営みに過ぎんかった。だが……このチップスは、我に食欲という概念を追加した。これは、そういう食い物なのだ』
リーダーの問いに……コーカサスは、そんな深いのか深くないのかよくわからない返事をした。
「これは……凄いな。確かに、テイマーの要は覚醒進化にあるのだろうが……この食べ物を普及させるだけでも、テイマーの活躍度には劇的な変化が出るはずだぞ?」
コーカサスへのインタビューを終え、再び俺の方を向いたリーダーはそんなことを言った。
……確かに、それはそうだな。
ビーストチップスを使ったテイムができれば、一応、テイマーは自分の力を超える魔物をテイムできることになるからな。
今までは、これだけやる事が多い中麒麟芋の流通までも手がけるのは無理だと思い、やっていなかったが……「クヌースの矢印希望」のメンバーの協力が得られれば、その辺の問題も解決するだろう。
それに、メンバーの中に、自決島のトラウマでしばらく冒険者をやれないとかいう人がいるとすれば……その人には、農法を教えて畑を拡張してもらうこともできるかもしれない。
俺はそんな風に、ビーストチップスの普及計画についても、少しづつ考え始めるのであった。




