第117話 三柱討伐戦──フィーナVS玄武
「……来た」
計算液晶の振動を感じ、ポケットから取り出すと……その画面には、ヴァリウスからのメッセージが表示されていた。
<王都のダンジョンに「奴」が転移した。もうすぐ魔物が溢れるだろうから、入り口で待ち構えといてくれ>
私のもとに届いたのは、そんなメッセージ。
「ヴァリウスの予想、当たってたって! ダンジョン、行くよ」
私はそう言って、出発を知らせた。
呼びかけた相手は、一人はもちろんヘルクレス、そしてもう一人は──ティリオン兄さん。
なぜティリオンがここにいるのか、その理由は一昨日に遡る。
一昨日ヴァリウスから連絡が来たあと、私が王都に向けて出発の身支度をしていると……お姉ちゃんにどこへ行くのか聞かれた。
事情を話すと、お姉ちゃんは猛反対した。
「いくらヴァリウスの頼みといえど、妹のあなたにそんな危険な役目は負わせられない」と。
とは言われても、ヴァリウスにはヘルクレスを強化してもらったのに、今更約束を反故にするなんてできない。
私はお姉ちゃんをどう説得するか、途方に暮れた。
でもそんな時……ティリオン兄さんが私の家にやってきた。
そしてティリオンは私たちの話を聞くと、こう言ってくれたのだ。
「でも……今のヘルクレス、俺より強いですよ。妹だと仰いますが、今のフィーナはヴァリウスを除けば世界最強です。もしそんな彼女に危ない状況なんてあるとしたら……それってもう、どちらにせよ世界の終わりですよ?」
ティリオン兄さんの説得のおかげもあって、私は条件付きで王都に向かっていいこととなった。
その条件こそが、「ティリオン兄さんが一緒についていくこと」だったのである。
そんなこんなで、今朝私たちは、王都の宿のロビーで集合してヴァリウスからの連絡を待っていたのだが……たった今、出発の合図が送られたってわけだ。
「よいしょっと」
宿の外に出ると、私は収納魔法でゴンドラを取り出し、四隅の紐をヘルクレスの脚に括り付けた。
そしてティリオン兄さんと私が乗ると……。
「ヘルクレス、飛び始めていいよー」
『分かった』
ヘルクレスが飛び始め、私たちも空に浮かび上がった。
高度が上がると、視界の端っこにダンジョンが見えるようになってくる。
ダンジョンからは早速魔物が溢れ初めているが、まだ浅い階層の魔物が出ているだけだからか、近くにいた冒険者たちだけで対処できているようだ。
……彼らの手に負えない魔物が出てくる前に到着しなければ。
深い階層の魔物が出てくるまでに時間がかかることを祈りつつ、私たちは急いでダンジョンの入り口を目指した。
◇
三分くらいして、私たちはダンジョンの入り口に到着した。
ゴンドラが着地すると、私はホバリングしているヘルクレスの脚から紐を解き始める。
「ダンジョンから魔物が溢れているようだが、みんな無事か?」
その間に、ティリオン兄さんは一足先にゴンドラを降りて、戦っていた冒険者のうちの一人に声をかけた。
「ああ。何の天変地異かは知らないが、今のところは無j……って、貴方は!」
ティリオン兄さんに話しかけられた冒険者は、まず普通に答えようとして……一瞬遅れて正体に気づいたのか、驚いて声を裏返らせた。
更にその直後、その冒険者は驚き半分安堵半分といった表情で、戦っている全員に告げる。
「みんな、あの『クヌースの矢印希望』のティリオン様が来てくださったぞ! これでもう、何が起きても安泰だ!」
その声に……戦闘中の冒険者たちからは、おおっと歓声が上がった。
「……ティリオン様は俺たちの手に負えねえ魔物が出てくるまで待機しといてくだせえ。今はまだ俺たちで間に合っている以上、ティリオン様には体力を温存しといていただきてえんでな」
「ああ。そうしよう」
不安が払拭されたからか、冒険者たちは今まで以上に勢いづいて、溢れる魔物を退治しだす。
しかし……その戦況も、30秒もするとだんだん怪しくなってきた。
「ぐおぁっ!」
入り口から新たに現れた魔物に、一人の冒険者が吹き飛ばされたところで……先ほどティリオン兄さんが話しかけた冒険者が、ティリオン兄さんにこう言った。
「ティリオン様、とうとう60階層代の魔物が出てき始めた! 流石に我々じゃどうにもならなくなってきたから、頼む!」
そろそろ温存などとは言っていられないと判断したようだ。
「分かった」
そう言ってティリオン兄さんは立ち上がり……私の方を見る。
「フィーナはまだここに残っておいてくれ。俺でもどうしようもできない奴が来た時のためにな」
「うん!」
私が頷くと、ティリオン兄さんは颯爽とダンジョンの入り口に向かっていった。
ティリオン兄さんがパチンと指を鳴らすと……周囲の魔物が一斉に魔物同士で戦いだし、魔物がどんどん相打ちになっていく。
「俺たちが手も足も出なかった魔物が、ああも一瞬で……」
「てかあれだけの魔物、普通一斉に操れるかよ!?」
「生ける伝説……目の当たりにできてラッキーだぜ……」
ティリオン兄さんの魔法であっけなく魔物が死んでいくのを見て、周囲の冒険者たちは唖然としてそれを見つめだした。
「毒を持つ魔物には、浸透勁で毒袋を破裂……か。強いだけでなく、最小限の力で効率的に殺す術ももっておるのだな……」
隣ではヘルクレスが、感心したようにそう実況してくれる。
それからしばらくは、ティリオン兄さんの優勢が続いた。
だが……数分して、青白く輝くゴーレムが複数体出てき始めたところで。
「フィーナ、交代だ! もうあれは、俺が倒していると一体につき十分はかかる!」
ティリオン兄さんはそう言って、私のところに駆け寄ってきた。
それを見て……周囲の冒険者たちは騒然としだす。
「ティリオン様でも、勝てない相手だと!?」
「あれってアロイゴーレムだよな……神話の図鑑くらいでしか見たこと無いぞ!」
「てかティリオン様、さっきなんて言った? 俺の聞き間違いでなければ、『交代』って聞こえたんだが……」
「いやいやいや、俺たちじゃ余計無理だぞ!?」
そんな中、私がヘルクレスと共に前に出ると……冒険者たちは信じられないものを見たかのように、皆一様に目を丸くした。
「まさか『交代』って……あの女の子と……?」
「ハハハ、この状況でそんな冗談言うわけ……」
どうやらみんな、私が本気で戦おうとしていると信じられない様子だ。
そんな中、私は収納魔法で旨味調味料の瓶を取り出し、それから自身に身体強化をかける。
そしてゴーレムたちに近づくと……私は超高速でゴーレムのパーツ同士の隙間に旨味調味料をふりかけていった。
すると……案の定、ゴーレムたちは隙間に入り込んだ旨味調味料を食べるべく、お互いに分解し始めた。
それにより、ゴーレムたちは矢継ぎ早に戦闘不能になっていく。
「やった、思い通りだ!」
ヘルクレスのところに戻り、ガッツポーズをしながら戦況を見ていると、後ろから声が聞こえてきた。
「お、おい……あの子、本当にやりやがったぞ」
「幻覚じゃないよな? ティリオン様すら苦戦する相手を、ああもあっさりと……」
振り返ると、周囲の冒険者たちは皆固唾を飲んでいた。
そんな中、一人の冒険者がこんなことを言い始める。
「……まさか、あの子が噂の『ヴァリウスの一番弟子』……?」
すると、他の冒険者たちもざわつき始めた。
「そんなのがいるのか? 聞いたことがないんだが……」
「いや、噂レベルだし、本当に弟子なのかは知らないが。でも、ヴァリウスと仲が良いテイマーが一人いて、その子は確か12歳くらいの女の子だって話は聞いたことある気がするぞ」
「言われてみれば、あの子ヘルクレスマナカブトを従えてるみたいだし……コーカサスと対を成す存在を持つ一番弟子って、しっくり来るような?」
本当は従魔との接し方の講師を頼まれてるだけだけ……、まあヴァリウスの頼みで戦いに来てるんだし、実質弟子みたいなもんとも言えなくもないか。
などと思っているうちにも今度はゴーレム以外の魔物が出てき始めたので、私はそちらの対応を始めることにした。
さっきのゴーレムは、何となく弱点を思いついたから自力で倒してみたが……今度はそうもいかなさそうだし、普通にヘルクレスに出撃をお願いする。
「ヘルクレス、やっつけてきて!」
『……まずは準備運動だな』
そう言って出撃したヘルクレスは……ダンジョンから新たに出てきた魔物を、全て無造作に顎で噛み砕いた。
「やっぱ間違いねえ! あの強さは……甲虫系魔物のそれじゃねえ。あの異様な強さは間違いなくヴァリウス由来だ!」
ヘルクレスの動きを見て、冒険者たちは覚醒進化を察したようだ。
そういうのって見ただけでパッと分かるもんなんだなーなどと思いつつヘルクレスの方を見ていると、ヘルクレスはダンジョンの入り口に小規模な竜巻を発生させて次々と出てきた魔物を巻き上げていき、ある程度魔物溜まる都度爆発魔法でそいつらを散らしていった。
「あ、ブルーフェニックスだ」
そんな時……私はヘルクレスが吹き飛ばした魔物の中に、初めてヴァリウスと会った時に見た記憶のある魔物を見つけ、そう呟いた。
その呟きが聞こえていたのか、後ろからはこんな会話が。
「ぶ……ブルーフェニックス!? あのヘルクレス、伝説の魔物を殲滅してるってのかよ……」
「確かにそれもすごいけどよ……ブルーフェニックスが出てくるってさ、このダンジョン、一体何階層の魔物まで吐き出すつもりなんだ?」
と、その時。
後ろからパカラッパカラッという音が聞こえてきたので、振り返ってみると、どうやら騎士たちがやってきたみたいだった。
その騎士は馬から降りると……私の方を見て、不思議そうにこう呟く。
「……はて。俺が戦技大会で敗れた相手、このような幼い女の子だっただろうか?」
多分ヴァリウスと間違えてますよ、と心の中でツッコむも、私はそれを声には出さなかった。
しかし……そんなことより、私は騎士たちの背後の上空にとんでもないものが目に入り、視線が釘付けになってしまう。
なんと……そこには、一匹の竜が出現していた。
ダンジョンの方すら、いつまでヘルクレスが持つか分からないのに……背後からは竜。
「そ、そんな……」
思わず私は、膝から崩れ落ちてしまった。
そんな私を見てか、目の前の騎士と冒険者たちも、後ろを振り返る。
「か……勝てない……あれは……」
「あ、アヴニール様!?」
目の前の騎士はドラゴンを一目見ては、震える足で数歩後ずさり……その様子を見て、冒険者たちも狼狽え始めた。
もはやここに、あの竜に勝てる者はいないようだ。
「ヴァリウス……あんなの聞いてないよ……」
心配してくれていた姉の表情は脳裏に浮かび、涙がこぼれ始める。
だが……全てが終わったと思ったその時。
私の目の前で、不思議な現象が起きた。
突如上空に目が焼けるほどの眩しい光線が走ったかと思うと……その光線を境に、竜が真っ二つに裂けたのだ。
それを見て、私は確信した。
──ヴァリウス、間に合ってくれたんだ。
 




