第116話 三柱討伐戦──アルテミスVS青龍
『奴らが空間転移を使ったぞ!』
南極から、亀、竜、虎の形をした三体の生物が姿を消した時。
それが空間転移によるものだと確信した私は、ヴァリウスにそう伝えた。
と同時に、私は千里眼の視点を、王都のダンジョンに移した。
理由は……ヴァリウスから事前に聞いていた「魔物を使役する」「できるだけ人的被害を出そうとする」という特徴をもとにすると、拠点と人口が揃っているその場所が一番怪しいと思ったからである。
案の定、さっきの三体のうちの一体である亀は、そのダンジョンの最深層で見つかった。
『虎は俺のもとに来た。亀は?』
『……ヴァリウスが王都と呼んでた場所の、近くにある迷宮だ!』
ヴァリウスの問いに、すぐさま私はそう返す。
そして私は、残りの一体である竜の居場所を探ろうとしたのだが……その時ふと私はなぜか嫌な予感がしたので、一旦千里眼を解除した。
すると……悪い予感の正体が分かった。
なんと目当ての竜、私の目の前に転移していたのだ。
『そういえば……竜はどこへ行った?』
『それが……その竜なんだが。私のもとへ来たぞ』
『……こんなことになってすまない。ところでその竜……倒せそうか?』
ヴァリウスに竜の居場所を伝えると、ヴァリウスは申し訳なさそうに私が竜に勝てそうか聞いてきた。
私の場合、相手が神であれば、自分との力量差はほぼ正確に測れるのだが……どうやらこの竜は、一筋縄では倒せそうにない相手だ。
『そうだな……正直、勝つのは難しいとは思う。でも油断しなければ、負けもしなさそうな相手ではあるな』
というわけで、私はそう答えた。
ヴァリウス、今までの特訓の最中になんかとんでもない初速で飛ぶ技を身に着けてたし、こう言っておけば自分が決着をつけた後応援に来てくれるだろう。
勝てなくとも、それまで持ちこたえればいいのだ。
一旦通信を切り、目の前の相手に意識を研ぎ澄ませ、私は弓を構えた。
『ほう……やるか?』
目の前の竜は不敵な笑みを浮かべ、神語でそう話しかけてきた。
『抵抗しなければ、苦しませずに殺してやるんだがな〜』
そして交渉のつもりか、竜は私にチラッチラッと目を向けながらそう続ける。
もちろん、そんな交渉に乗るつもりはない。
この戦いで殺されようが、私は転生すればいいだけの話だが……私が死んでいる間はヴァリウスたちの覚醒進化が解けてしまうので、そんな悠長なことは言っていられないのだ。
『お前にこれは突破できない』
そう返しつつ、私は弓に神通力を流す。
すると一本の矢が出現したので、私はそれをつがえた。
そして──。
『アルテミス流弓術——弾幕激射』
矢を放つと──その瞬間矢は無数に増殖し、それぞれが別々の起動を描いて竜を狙った。
……ヴァリウスに会う以前の全盛期だと、「弾幕激射」一撃あたりの矢の本数は1000本が限界だったのだが、今回は2500本近くに増殖させられたな。
これもハイルナメタル、そしてその第二安定同位体のお陰か。
『……むっ!』
飛んでくる矢に対し……竜は目を疑うような敏捷性で身をくねらせ、全てを避けていった。
『まだまだ! 弾幕激射!』
全てが避け切られる前に、私は追加の「弾幕激射」を放つ。
避けられてはいるものの、竜の方も避けるので精一杯らしく、戦いは膠着状態に陥った。
私としては、これで十分だ。
──このままヴァリウスが来るまで、この状態を続けられさえすれば。
しかし……そうは問屋が卸さないようだった。
『小癪な! 矢ごと消し炭にしてくれる!』
竜は口を大きく開け、ブレスを放ってきたのだ。
ブレスは「弾幕激射」の矢を蒸発させて突き進み、私に迫ってくる。
これには私も、驚かざるを得なかった。
……ああ、それやっちゃうんだ。
そんなことをするくらいなら素直に「弾幕激射」を避け続けていた方が、まだマシだったと思うが。
空間転移で、私は真後ろに下がった。
それにより、ブレスと私の間にはハイルナメタルの山が挟まる形となる。
『ルナティックドレイン!』
私がそう詠唱すると……ブレスはハイルナメタルの山に当たった瞬間、私の神通力と親和性の高いエネルギーに変換された。
更にそのエネルギーは、私の体内に吸収された。
そう。ルナメタルには、受けたエネルギーを私が吸収できる形に変換する性質があるのだ。
そして「ルナティックドレイン」とは、ルナメタルが高エネルギーを受けた際、エネルギーを高速変換するための触媒技なのである。
それにより、高純度なエネルギーの塊であるブレスは、私に完全吸収されることとなったのだ。
つまり月で戦う際は、敵にとってはエネルギー系の飛び道具は完全に悪手なのである。
あの竜はそこそこ力を持った神だし、それくらい気づいたかと思ったが……私が思っていたほど知能は高くなかったようだ。
『弾幕激射!』
すかさず私は、反撃に走る。
『……クソが!』
竜はそう吐き捨て、再び矢を回避し始めた。
もう他の手はないのか、竜はただひたすら矢を避けるだけで、他には何もしてこない。
……うん。この神通力の消費ペースなら、よほどヴァリウスが来るのが遅くならない限り、来るまで「弾幕激射」を打ち続けられるだろう。
そう思い、私は矢を射ることだけに専念することにした。
しかし……数分後。
なぜか私は背筋に悪寒が走った気がして……一旦、竜に神通力通信傍聴をかけることにした。
なぜ悪寒が走ったからといって、選んだ技の選択肢が神通力通信傍聴だったのかは、自分でも分からない。
けれどもその行動は、どうやら大正解だったようだった。
『月の女はもういい。お前は今すぐ玄武を邪魔しているテイマーの女のところに空間転移し、そいつを人質に取れ!』
なんと竜は、誰かしらからかそんな命令を受けていたのだ。
通信の文脈的に、おそらく命令主はヴァリウスと戦っている虎だろう。
そしておそらく、このままこの竜を逃がせば、ヴァリウスにとって都合の悪い状況が生まれてしまう。
すかさず私は一本の矢を生成し、それをつがえた。
この矢は毒矢であり、その毒を受けた者は(免疫力によって個人差は出るが)数分〜数十分は時空干渉系の技が一切使えなくなる。
数千本の矢すら全て外したのに、これが当たるかは分からない。
しかし今の竜は、通信の方に若干意識が逸れているので、死角を通るような軌道ならあるいは……という可能性はある。
『了解!』
などと返事する竜の背後から迫るよう矢を放つと、ありがたいことに、その矢は竜の後頭部に突き刺さった。
『痛っ!』
それから私は、ヴァリウスと戦っている虎に対し、竜に声色を似せた神通力通信でこう答えた。
『女は捕らえた!』
一方ヴァリウスには、こう伝える。
『ヴァリウス、騙されるな! 確かに私と戦ってた竜は、私を放ってどこかに行こうとした。だがそれは、転移阻害で妨害した!』
『月にいるってことだな?』
『ああ。でも転移阻害の毒矢は偶然当てれただけだし、二発目を当てれるとは限らない。そして毒の効き目は、コイツ相手だと数分間しかないだろう。だからできるだけ急いでくれ!』
伝えるべきことを全部伝えると、私は空間系の通信妨害を放ち、通信を遮断した。
さっき虎についた嘘を、竜に訂正されないようにするためだ。
『……っ! 転移できない! 一体どうなってやがる!』
竜はと言えば、空間転移を試して失敗したようで、焦った様子でオロオロしだす。
『さっきの矢か、畜生!』
とはいえ……言葉の怒気とは裏腹に冷静さは保っているのか、竜は私と距離を取るべく月から離れ始めた。
私を殺すことは完全に諦め、転移可能になるまでに二発目を食らわないことだけに専念するつもりか。
こうなると……流石に深追いはできない。
私の力は月から離れると減衰してしまうので、深追いして反撃を食らうと致命傷になりかねないからだ。
遠ければ遠いほど矢は当てにくくなるし、もう二発目の転移阻害を当てるのは諦めるより他ないだろう。
それでもやらないよりはマシと思い、私は竜が逃げていった方向に向かって、弾幕激射や転移阻害の矢を放ち続けた。
しかしそれも、竜が点くらいに見えるまでに離れると、もはや届かなくなってしまう。
……頼む。ヴァリウスの仲間のところにあの竜が転移する前に、虎を倒し終え、その子のもとに到着しといてくれ。
さっきまでの激戦はどこへやら、今の私にはそう祈るしかすることがなかった。




