第115話 三柱討伐戦──ヴァリウスVS白虎
数秒後。
『奴らが空間転移を使ったぞ!』
思った通り、三柱は空間転移で移動したようで……アルテミスからは、そんな連絡が入った。
と同時に、俺の目の前には全身に蒼白いオーラを纏う、白と黒の縞模様の虎が。
念のためその虎を魔力で探知してみるも、探知魔法には引っかからなかったので、コイツは確実に白虎で確定だ。
『虎は俺のもとに来た。亀は?』
すぐさま俺は、アルテミスにそう聞き返す。
『……ヴァリウスが王都と呼んでた場所の、近くにある迷宮だ!』
ほどなくして、そんな答えが返ってきた。
……ビンゴだな。
アルテミスの返事を聞いて、内心俺はそう思った。
というのも……先日俺は、玄武なら一番人的被害が出せそうな王都のダンジョンを狙うんじゃないかと予測し、フィーナに王都で待機するよう連絡を入れていたのだ。
予想が的中したので、「フィーナがたどり着く前に街の人々に被害が出る」ということだけは起こらずに済むだろう。
<王都のダンジョンに「奴」が転移した。もうすぐ魔物が溢れるだろうから、入り口で待ち構えといてくれ>
計算液晶のメッセンジャーアプリでそんなメッセージを送ると、俺は収納魔法で計算液晶をしまった。
そしていよいよ、白虎と対峙したのだが……その時俺は、ふと一つの違和感に気づいた。
──白虎と一緒にここに来ているはずの、青龍の姿が見当たらないのだ。
玄武以外は直接俺を狙ってくるはずと思っていたのだが、なぜいないのだろうか。
どこかに隠れて、不意打ちでも狙おうとしているのか?
『そういえば……竜はどこへ行った?』
それならそれで、アルテミスから位置を聞いておいて逆に奇襲をかけてやろうと思い、俺はそう質問する。
しかし、返ってきた答えは予想の範疇を超えるものだった。
『それが……その竜なんだが。私のもとへ来たぞ』
……青龍の奴、アルテミスを狙ってきやがった。
重覚醒進化の力の源に気づいて、そっちを解除して俺を弱体化させようという作戦に出てきたとでもいうわけか。
流石にこれは予想外だ。
力を貸してもらったばかりにこんなことになって、アルテミスには申し訳ない。
「厄介なことになったな……」
とはいえ、それならそれで、神と神の戦いだ。
現在のアルテミスはハイルナメタルによって全盛期以上の力を手にしてるわけだし、勝敗という観点では全く分が無いわけではないだろう。
『……こんなことになってすまない。ところでその竜……倒せそうか?』
『そうだな……正直、勝つのは難しいとは思う。でも油断しなければ、負けもしなさそうな相手ではあるな』
見た感じの相手との力量差を聞いてみたところ、そんな返事が返ってきたので、一旦俺は青龍の相手をアルテミスに任せることに決めた。
負けさえしないなら、それで十分だ。
白虎と玄武を倒したら、その足で青龍を倒しに月に向かえばいい。
実は……自決島での戦闘訓練の中で、俺たちは副産物として超特急で月に向かえる技も開発したことだしな。
アルテミスに迷惑がかかったのは申し訳ないが、なってしまったものはもう仕方がないので、あとはできることを順番にやっていこう。
というわけで……まずは白虎、お前に引導を渡す。
作戦の確認も兼ね、まず俺は三匹にこう指示を出した。
『コーカサス、力を送るぞ。ベヒーモスは白虎の観察に徹して、毒となる化学物質を見つけ出してくれ。そしてベルゼブブは、ベヒーモスから聞いた化学物質を生成してくれ!』
今回の作戦はこうだ。
まずはコーカサスと俺が白虎を足止めし、ベルゼブブとベヒーモスによる調薬の時間稼ぎをする。
そして毒ができたら白虎にその毒を浴びせ、弱体化させる。
最後に、弱体化し動きが鈍くなった白虎に、この一週間で練習した必殺技を確実に当てる。
それで討伐完了、の予定だ。
歴史の教科書曰く、過去の白虎討伐に用いられた魔道具は、神を弱らせる系統のものだったらしいからな。
その魔道具の作り方自体は前世の魔導国防総省の機密だったため知り得ていないが、戦い方としてはそれを踏襲しようと考えているわけだ。
まあ、今の俺たちは前世のトップクラスのテイマー数百人分の戦力に匹敵する以上、そこまでせずとも勝ててしまう可能性はゼロではないが。
そこはまあ、備えあれば患いなしという感じだ。
可視化された従魔契約の線を通し、コーカサスに融合した力を送ると……コーカサスから白銀のオーラが出始めた。
直後、コーカサスは一気に加速し白虎に迫る。
と、その時……白虎はコーカサスの攻撃にカウンターを合わせるべく、前足の爪を振り上げた。
「そうはさせない!」
ギリギリの瞬間を狙って、俺はコーカサスを白虎の背後に空間転移させる。
次の瞬間、コーカサスの角が、白虎の背中に深く突き刺さった。
「グワァァァ!」
痛みからか、咆哮を上げる白虎。
すかさず俺は空間転移で白虎の背後に回り、コーカサスが後ろに加速する瞬間に合わせて蹴りをお見舞いし、コーカサスが角を引き抜くのを手伝った。
「ガハッ!」
白虎の背中からは、大量の血が滴り始めた。
そのまま白虎は、全身から力が抜けたかのようにダラリとし、地面にむかってゆっくりと落下し始めた。
……まさか、今ので致命傷が入ったのか?
このままあっさりと終わるのだろうか。
だとすれば嬉しいが、依然として気は抜けない。
死んだふりならぬ死にそうなふりで攻撃を誘い、カウンターで形成を逆転しようとしているのかもしれないからな。
いずれにせよ、この出血量なら、何もしてこなければ白虎はこのまま死ぬはず。
回復スキルとかを使ってくるにせよ、それならそれで既定路線で毒ができてから確実に倒しに行けばいいんだし、今は油断することなく白虎を見守るのに徹するのが得策だろう。
などと思いつつ、俺は緊張感を保ちながらしばらく待った。
すると案の定、白虎に動きが。
『流石だな……普通に戦っては、勝ち目は無いか』
白虎は俺たちの脳内に、直接話しかけてきた。
「普通に戦っては」って、何をするつもりなのだろうか。
まさか何か、この状況で使える奥の手があるというのか。
「……させないぞ!」
だとしたら、奥の手の発動準備中にやっつけるのが得策だ。
これは劇ではないので、「変身中は攻撃しない」なんてルールは適用されないのだからな。
そう思い、俺はルナメタル製の剣を上段に構え、白虎の首を切り落とすべく急降下を始めた。
だが……そこで白虎が出たのは、思いもよらぬ手段だった。
なんと白虎は、俺が白虎の首元に到達するより先に……前足の爪で自身の心臓を抉り取り、前両足でパァンと叩き潰したのだ。
「……は!? うわあぁっ!」
白虎の心臓は一瞬で蒸発し、その全方位に広がる蒸気によって、俺は100メートルほど吹き飛ばされた。
マジでコイツ、何やってんだ。
あまりにも常識外れな行動に、俺は呆気に取られてしまった。
しかし、そんなことを言ってられたのもほんの一瞬。
次に俺が感じたのは、全身への酷い倦怠感だった。
そして……白虎に目をやると。
信じられないことに、白虎の傷は綺麗に全快してしまっていた。
白虎は二〜三回首を横に振ると、またもや俺たちの脳内に直接話しかけてきた。
『やれやれ……【帝王の威厳】を使わされるとはな。一旦これを発動すると、千年以内に死ぬと二度と転生できなくなるから、使いたくなかったのだが……どうせ死ねば終わりだからな。代償などあってないようなものだ』
それを聞いて……俺は思い出した。
朱雀による共鳴率400%の神経接続も、転生関連の代償がつく強化技であったことを。
あの類の強化手段、白虎にもあったのかよ……。
そしておそらく、奴のいう【帝王の威厳】とやらの効果(少なくともそのうちの一つ)が、この倦怠感なのだろう。
よく見ると、白虎の全身も明らかに前より筋肉質になっている。
……本人にはバフが、こちらにはデバフがかかるタイプの技か。
『……もうさっきのようには行かんぞ。朱雀の仇を討ち、我らに安寧をもたらさん!』
そう言うと、白虎は一瞬で姿を眩ました。
『ヴァリウス、後ろ!』
コーカサスがそう叫んだので、後ろを振り返ると……白虎はそこにいて、今にも俺に爪を振り下ろそうとしていた。
『させるか!』
爪が振り下ろされる瞬間……コーカサスは俺と白虎の間に割って入り、角で白虎の爪を受け止めた。
急いで俺は、空間転移で白虎と距離を取る。
だが……俺の回避は間に合ったものの、コーカサスの角には過大な負荷がかかってしまい、角がポキッと折れた。
「コーカサス!」
慌てて俺は、収納魔法でエリクサーの入った瓶を取り出す。
と、その瞬間……ようやく、待ちに待ったベルゼブブからの通信が入った。
『ヴァリウス、ベヒーモスが奴に効く毒を特定した! 調薬のために俺にも力を分けてくれ!』
『ああ、分かった』
それを聞いて……俺はコーカサスに送る力の出力を上げた。
ベルゼブブはコーカサスのパートナーなので、俺がベルゼブブに融合した力を渡す場合は、コーカサスを経由することとなる。
だから、その分の出力を上げたのだ。
『サンキュ!』
ベルゼブブに力が行き渡ったところで、俺は空間転移で瓶の中身をコーカサスの口に直接転移させる。
『もう貴様も我を刺せま……は?』
案の定、白虎の視線は再生するコーカサスの角に釘付けとなった。
奇しくも、ベルゼブブにミスディレクションがかかった形になったな。
『できた!』
ベルゼブブの方を向くと……ベルゼブブは、頭上に禍々しい紫色の液体を、球状にして宙に浮かべていた。
『貴様、一体何をした!』
『エリクサーだよ。どんな傷も全回復する薬を飲ませたんだ』
俺を睨みつけながら質問をしてくる白虎に対し、俺は瓶を振りながらそう答えた。
『白虎にも飲ませてあげようか?』
そして俺はそう続け、白虎の喉に液体を送る。
ただし──今回送った液体は、ベルゼブブが作った毒だが。
『んぐっ!』
空間転移してきた毒は白虎の喉仏を押しのけ、白虎は毒を嚥下せざるを得なくなった。
「ぐ……グオアアアァァァァァ!」
直後、白虎は全身をくねらせて悶絶し始める。
それと同時に……心なしか、体を襲っていた倦怠感が幾分かマシになった。
『へへーん、何が【帝王の威厳】だかっこつけやがって。そんなチンケな技、ぶっ飛ばしてくれっぞ!』
ベルゼブブはそう言って、白虎にあっかんべーをした。
『つっても……一番いい毒でも、効果半減が精一杯だったけどよ』
「十分だよ、ベルゼブブ。あとは最後の仕上げだ」
そう言ってベルゼブブを労うと……俺は空間転移で、ベヒーモスの触角の上に移った。
『コーカサス。悶えられると照準が合わないから、白虎を抑えといてくれ』
『ああ』
そしてコーカサスに指示を出すと、コーカサスは拘束魔法を発動し、白虎を雁字搦めにした。
あとは最後に、練習した必殺技を当てるだけだ。
あの技をブチ当てれば……今の白虎なら、成すすべもなく木っ端みじんになるだろう。
しかし……そう確信した時のことだった。
白虎は再度俺の脳内に直接話しかけ、こう伝えてきた。
『それは得策ではないぞ』
最後の悪あがきのつもりか、俺に心理戦をしかけようとする白虎。
その顔には、なぜか不敵な笑みが浮かべられていた。
命乞い……って感じではなさそうだな。
などと思いつつも、俺は意に介さず剣を構える。
だが……白虎の言葉の続きを聞いて、俺はその構えを解かざるを得なくなった。
『青龍は今、月にはいない。今我を殺せば……もう一人の強きテイマーがどうなるか、分かるな?』
婉曲な言葉選びだが、白虎の言わんとすることはハッキリと分かった。
コイツ……さっきの瞬間に青龍と連絡を取り、重覚醒進化解除は諦めてフィーナの元に移動させやがったのか。
そして俺が白虎を殺せば、その瞬間に青龍が、フィーナの命を奪うと。
……いちいち汚い手にばかり便りやがって。
なぜ正々堂々と俺を狙わない?
一瞬怒りに飲まれそうになったが、こう言う時こそ冷静さが重要だ。
俺は、なんとかフィーナを助けつつ白虎ともケリをつける方法がないか考え始めた。
重要なのは、ベルゼブブが作った毒の効果がいかほどなのか、だ。
致死的な毒なら白虎を放って青龍を倒しに向かってもいいが、いずれ解毒される程度の効き目だったら、全回復されて対策まで立てられると面倒だ。
それに……仮に毒が致死性だったとして、俺が青龍のところに行くまでにフィーナに危害が加えられないとも考えられない。
だがそれに至っては、一体どうすれば防げるのだ?
一見、最悪死者蘇生もあるように思えるが……相手は邪神だ。
神通力を用いた蘇生妨害の技なんかが無いとも言い切れない。
結論が出せぬまま、数秒が経過した。
その数秒すら、数時間のように感じられる。
しかし……そんな時、助け舟は思わぬところからやってきた。
『ヴァリウス、騙されるな! 確かに私と戦ってた竜は、私を放ってどこかに行こうとした。だがそれは、転移阻害で妨害した!』
通信の主は、アルテミスだった。
アルテミス曰く……白虎の作戦は、そもそも思い通りに行っていないようだ。
『月にいるってことだな?』
『ああ。でも転移阻害の毒矢は偶然当てれただけだし、二発目を当てれるとは限らない。そして毒の効き目は、コイツ相手だと数分間しかないだろう。だからできるだけ急いでくれ!』
『了解!』
そういうことなら、やる事はたった一つ。
再び俺は、ルナメタル製の剣を構えた。
『お、おい。いいのか? 貴様にはあのテイマーを見捨てることなどできんはずだ!』
驚きと困惑が混じった表情で白虎はそう言うが、知ったことではない。
『ベヒーモス、始めろ』
俺が指示を出すと、ベヒーモスの両方の触角から稲妻が迸り始めた。
それに合わせ、魔法で身体を磁化させると……俺は前方向に一気に押されるような力を感じた。
次の瞬間には、俺は剣を構えたままの姿勢で白虎に突っ込み……そのまま白虎を突き抜けていった。
そこからなんとか減速できた時には、自決島が点に見えるくらい離れた場所まで来てしまっていた。
エリクサーを飲みながら空間転移を繰り返し、自決島まで戻ってきてみると、そこには白虎はいなかった。
「……白虎は?」
『文字通り蒸発したよ。そりゃあんなエネルギーを加えれば、何だって気体になっちゃうさ』
何が起こったかを聞くと、ベヒーモスがそう説明した。
どうやら、白虎討伐完了のようだ。
さっきのこそが、俺たちが開発した最終奥義とも言うべき必殺技——レールガンブラスト。
俺をレールガンの弾、ベヒーモスの触角をレールガンのレールに見立て、電磁誘導で加速して超高エネルギー刺突を繰り出す。
ベヒーモスが陽電子砲を撃ってたのを思い出して、なら人間も加速できるんじゃないかと思い立って、この技を開発したのである。
ちなみに「超特急で月に向かえる技」というのも、実はこれのことだ。
レールガンブラストの初速は分速20万キロを超えるので、照準を白虎ではなく月にすれば、数分で月に着いてしまうのだ。
ただ……それを使う機会は、もうなさそうだが。
今からレールガンブラストで月に向かって、転移阻害が解けた青龍と行き違いになっては大変だからな。
今からなら、フィーナのところへ向かった方がいいだろう。
とはいえ……時間がない。
あと猶予は数分しかないのだ。
急いで王都のダンジョンに向かって、どっちが先に着くか。
「すまないが、勝利の余韻に浸る余裕は一秒もない。行くぞ!」
そう言って俺は、収納魔法でエリクサーの瓶を数本出しつつ、王都の方角に空間転移を始めた。
融合した力を手に入れたことで、一回の空間転移あたりの最大転移距離も数百倍に伸びてるので、燃費を考慮にいれなければこの方法が筋斗雲より数段早いのだ。
このレースは、絶対に負けられない。
『アルテミス、青龍が転移したらすぐ言ってくれ』
俺が王都に着くより先に返事来ないことを祈りつつ、アルテミスにそうお願いした。




