第112話 同時出現の予告
「ヴァリウス、聞いているのじゃな」
第一声……麒麟はそう言って、アルテミスとの通信が俺にも繋がっていることの確認をとった。
「ああ」
「良かった。……心して聞いてくれ。実は今、大変なことになっていてな」
麒麟の声は、今にも消え入りそうなほどか細くなっている。
「どうしたんだ?」
「玄武と青龍と白虎が……同時に封印から解き放たれようとしている」
続きを促すと……帰ってきたのは、想定を遥かに超える最悪な報告だった。
おいおい、マジかよ。
朱雀を倒したばかりだというのに矢継ぎ早に次の邪神、しかも三柱同時にって。
絶望的な状況に、思わず俺は頭を抱えた。
朱雀戦の時より大幅に戦力を増した今の俺なら、三柱が同時に相手だとしても何とかなりそうに思えるだろう。
しかしそれは、他の三柱が朱雀と同レベルだったら、の話だ。
確かに……うち二柱、玄武と青龍は、戦闘スタイルが違うだけで実力的には朱雀とほぼ変わらない。
だが問題は残りの一柱、白虎だ。
四神の中でも、白虎の力はあり得ないレベルでずば抜けている。
他の三柱は、ある程度鍛錬を積んだテイマーなら一対一で対処できる相手なのに対し……白虎は、世界トップクラスのテイマーが30人がかりで、特殊な魔道具と綿密な連携を完成させてようやく勝てるほどの相手なのだ。
重覚醒進化した従魔を二体持ち、しかもうち一体な理論上最強の今の俺は、前世でもトップレベルで通用する力を持っているだろう。
しかしそれでも、単純計算で俺が30人はいないと勝てない相手だ。
そして今俺が生きている惑星には……前世のトップレベルどころか、そもそも覚醒進化した従魔を持つテイマーが他にいないという状況。
数十年後ならともかく、今封印から解き放たれると勝ち目が無いのは明白だ。
『原因は?』
とりあえず俺はそう聞き返した。
こんな事態が起こるからには、何かしらのっぴきならない事情があるはずだと思ったからだ。
『そうじゃな……考えられることといえば、朱雀の消滅くらいじゃな』
すると麒麟は、申し訳なさそうなトーンで、そう説明し始めた。
『あやつらにとっても前代未聞の出来事じゃったからな。お主への報復のため、結託したのかもしれん。あやつらは今……何らかの代償を払って禁断の力に手を出しとるとしか思えんくらい、我の中で強力に抗っておる。……もし本当に朱雀の消滅が原因だとしたら、そなたにあんな事を頼んで申し訳なかった』
どうやら麒麟は、俺に朱雀の消滅を頼んだせいで今の事態が起こっていると予測し、心苦しく感じているようだ。
『いや、それは謝らなくていいんだ』
とりあえず俺は、麒麟をフォローするつもりでそう言った。
麒麟の頼みとはいえ、実際に朱雀を消滅させたのは俺の意思によってだし、そこの責任は押しつけたくない。
というのもあるし、正直俺としては、気に病んだりするくらいならそのリソースを踏ん張る方に割いてもらって、すこしでも時間稼ぎをして欲しいのだ。
原因が何であれ、こういう状況になってしまった以上、大切なのは今後どれだけの猶予が残されていて、来たる戦いに向けてどう準備できるかだ。
『猶予は、具体的にあとどれくらいだ?』
というわけで、続いて俺はそう質問した。
『我が踏ん張れるのは……最大でもあと一か月が限界じゃ』
すると麒麟からは、そう返事が返ってきた。
一か月……あってないような期間だな。
『それまでに——頼む。どうにか全ての厄災を……消滅させる力を……つけ……』
麒麟からの通信は、ここで途切れた。
これ以上の通話は、無駄にエネルギーを割くだけとなるので、封印の方に専念することにしたのだろう。
「今麒麟が言ってたのって……この前のドラゴンの仲間とかのことか?」
通話が途切れると、アルテミスがそう確認してきた。
「ああ。対策で忙しくなるから、一旦地上に戻るよ。また何か麒麟の容態に急変があったり、地上でこの間の朱雀みたいな怪しい奴を見つけたら連絡してくれ」
「分かった。私にもできることがあれば何でも協力するから、いつでも言ってくれ」
何をするのが最適なのかさっぱり分からないが、それでもとにかく動き続けるしかない。
再び千里眼で空間転移先の照準を如意棒の先端に合わせると、俺は三匹と共に空間転移した。
◇
それから二週間後。
自決大陸にて、レーダーを駆使して急ピッチで覚醒進化素材を6種類揃えた俺は、フィーナの家の前に来ていた。
別に俺は、フィーナを白虎との戦いに参戦させようと考えているわけではない。
というかこの二週間、俺は白虎対策のことは一旦忘れて、それ以外で必要なことを済ませるべく動いて回っていた。
今の俺が白虎に勝つには、何か奇想天外な発想が必要だ。
だがその発想が思い浮かぶのを、白虎は待ってくれはしない。
だからとりあえず、俺は白虎以外の対策で必要なことをやりながら、並行して白虎対策を考えることにしていたのだ。
まあ——奇想天外な作戦など、未だに何もおもいついてはいないのだが。
それはさておき、フィーナに何を頼もうとしているかというと……フィーナには、別の邪神を一柱、一時的に足止めすることを頼もうと思っている。
というのも……邪神の中の一柱・玄武は、スタンピードを起こす戦闘スタイルだ。
他の二柱は本人の戦闘能力が高いパワータイプなので、タイマン勝負をすればいいのだが、その間に玄武は一般人に多大な被害をだしかねない。
要はスタンピードを対処してもらうために、覚醒従魔持ちのテイマーを一人、用意しておきたいと思ったのである。
そしてその役割を担ってもらうには、コーカサスと同じ覚醒進化のポテンシャルを持つヘルクレスの主、フィーナこそ最適だと思ったわけだ。
「あ、来た来たー!」
家の門の前まで来たところで……フィーナはあたかも俺の来訪を知ってたかのように、俺を出迎えた。
「……何で分かったんだ?」
「ヘルクレスが察知して、教えてくれたんだよ!」
なるほど、そういうことか。
てことはしかも、今ヘルクレスも家にいるってことだよな。
なら一緒に説明を聞いといてもらえるし、良いタイミングで来たのかもしれない。
リビングに入ると、ヘルクレスは床に寝転がっていた。
俺はリビングのソファーに腰かけると、早速本題に入ることにした。
「実は今日は……お願いしたいことがあって、ここに来た」
「なあに?」
「二週間後に……どこかの街に、魔物の大群が襲い掛かる。フィーナとヘルクレスには、一時的にでもいいから、それを食い止めてほしいんだ」
「魔物の……たいぐん?」
単刀直入に言うと、フィーナはキョトンとした顔でそう聞き返してきた。
「ああ。この間、街にドラゴンが襲いかかってきたのは知ってるだろ? アイツの仲間が三体くらい、同時に封印から解き放たれるんだ。そして……うち一体が、大量の魔物を使役してくるタイプなんだ」
フィーナは玄武の存在を知らないはずなので、俺は玄武がどういう奴なのかを含め、そう解説した。
するとフィーナは、首を傾げつつこう言った。
「いいけど……私で大丈夫かなあ?」
「今の戦力じゃ、ちょっと厳しいだろうな。そこで、これだ」
心配そうなフィーナの前に、俺は収納魔法で取り出した覚醒進化素材を置いた。
「これをヘルクレスの周りに並べて、こう唱えてくれ。今のフィーナとヘルクレスなら、間違いなく成功するはずだ」
そして俺は、覚醒進化魔法の詠唱文句を紙に書き、フィーナに渡した。
「えっと……麒麟よ、汝に力の祝福を与えん!」
麒麟召喚魔法で詠唱魔法に慣れたからか、こちらはつっかえることなくスラスラと読むフィーナ。
直後、ヘルクレスは七色の光に包まれ……そして覚醒進化素材が姿を消した。
「これでいいの?」
「ああ。ヘルクレスは……どうだ?」
変化を実感するのは、ヘルクレスの方だからな。
俺はヘルクレスに、調子を聞いてみた。
『……なあコーカサス。お前今まで、こんな力を使って戦っていたのか?』
『その通りだ』
『おい、自分だけずるいぞ!』
『と言われてもな……』
ライバル意識からか、コーカサスに軽く食ってかかるヘルクレス。
……この様子なら、無事成功したんだろうな。
覚醒進化については、前にコーカサスが話していただろうし。
それでも尚今「ずるいぞ」という言葉が出てきたのは、覚醒進化の力を直に体験し、言葉で聞くだけでは分からないその真価を実感したからこそだろう。
「あとは……これを渡しておくよ」
ひとまず安心した俺は、今度は新しく作った小型の計算液晶のを収納魔法で取り出し、フィーナに渡した。
「なーに、これ?」
「連絡用ツールだ。魔物の大群を抑えるにしても、どこから魔物が来るか分からないとどうしようもないだろ? それは当日、俺がこの魔道具を通じて連絡する。なくさないように持っといてくれ」
フィーナに渡した計算液晶には、メッセンジャーアプリしか実装されていない。
しかし、それがあれば十分だ。
当日、アルテミスから玄武の動向を聞いて、それをこのメッセンジャーアプリでフィーナに伝える。
そうすれば、玄武の襲撃ポイントにフィーナたちが出向き、襲撃を待ち構えることができるようになるというわけだ。
<わかった>
早速フィーナは、使い方の確認も兼ね、そんなメッセージを俺の端末に入れた。
説明書を読まないタイプか。
話が早くて助かる。
「じゃ、俺はこれからやらないといけないことがあるから、これで失礼するよ」
「うん。またねー!」
こうして俺は、フィーナの家を後にした。
◇
「さて、玄武対策が済んだのはいいが……」
フィーナの家を出て、筋斗雲に乗りつつ。
俺はそう呟き、大きくため息をついた。
白虎以外の対策で必要なことは、はっきり言ってこれだけだ。
つまりこれからはもう、他のことは一切考えず、白虎対策に専念することとなる。
しかし……肝心の対策は、何も思いつかない状況だ。
前世でトップクラスのテイマー30人分の戦力を集めるというのは、それほどまでに遠すぎる目標なのだ。
「……んあー、とりあえず移動!」
だからといってじっとするわけにもいかないので、とりあえず俺は筋斗雲を王都の方向に向かわせることにした。
せめて体を動かしながら考えるためにも、例の迷宮のワンタイムリスポーンフィールドに向かうためだ。
もちろん、順当に鍛錬を積んで対抗しようというには、訓練期間の桁が二つか三つ足りない。
そんなことを考えるくらいなら、この宇宙のどこかに存在する前世の惑星に応援を頼んだりする方が、まだマシな作戦と言えるだろう。
もっとも、そんな天文学的な距離を移動する魔法や魔道具を開発するどころか、当該惑星を見つけることさえ夢のまた夢というのが難点なのだが。
だから結局、普通に訓練するくらいしかやることがないのだ。
「……っ! エリクサーっと」
『おいおい大丈夫かよ』
『最近、それ飲みすぎではないか?』
ストレスから来る胃痛に対処するためエリクサーの瓶を開けると、ベルゼブブとコーカサスが心配そうに声をかけてきた。
ちなみにベヒーモスはといえば、今も変わらず何やら熱心にメモを取っている。
……「胃痛が金輪際起きなくなるツボ」とか発見してくれないかな。
などと思っていると、ベヒーモスが顔を上げた。
……まさか本当に発見したのか?
しかし……そう思ったのも束の間。
ベヒーモスが口にしたのは、研究結果の報告ではなく、質問だった。
『ヴァリウス君。一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?』
「ああ」
内心今それどころじゃないと思いつつも、どうせ無視して考え続けても煮詰まっちゃってるんだしと考え、俺はそう返す。
するとベヒーモスは、こう口にした。
『ふと気になったんだけど……どうしてヴァリウス君は、自分自身をテイムしないんだい?』
「は?」
正直、何言ってんだコイツと思った。
しかしベヒーモスの目は、至って真剣だ。
何を思って今の質問をするに至ったのかは知らないが、深い考えがあってのことなのは確実そうだな。
そう思い、俺はベヒーモスに真意を聞いてみることにした。
【再掲】
新作「勇者パーティーを追放されたので、魔王を取り返しがつかないほど強く育ててみた」(※タイトル変えました)、現在22話まで連載中です。
こんなタイトルですが、流行りのざまぁ要素もあるにはありますがメインテーマは最強主人公の無双なので、良かったら覗いてみてください。
リンク
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