第111話 覚醒進化──2
確かにベヒーモスの言いたいことは分からんでもない。
しかし、それでは不十分なのだ。
「月までだぞ? 生半可な深さの穴じゃ、棒が穴からすっこ抜けるかもしれないだろ」
『じゃあ深い穴を掘ればいいんじゃないかい?』
しかしベヒーモスは、本当に何かもっといい方法があると言わんばかりに食い下がった。
「どんな方法だ?」
せっかくなので、一応期待して聞いてみる。
『コイツを使うんだ。……出でよ、改造土竜リニアディガー』
そう言うと……ベヒーモスは何やら聞いたこともない詠唱をすると、一匹のモグラを召喚した。
『あの棒と同じ直径の穴を、地下何キロか掘ってくれ』
かと思うと、ベヒーモスはそのモグラに指示を出した。
「何なんだ、そのモグラ……?」
『これはね、かつて遺伝子改造してつくった実験生物の一種だよ。このモグラはね、まっすぐキレイな直線の穴を、どんな障害物があろうとも掘り進めてくれるんだ。だからリニアディガーと名付けたのさ』
聞いてみると、これも食用キメラと同じく、ベヒーモスの作品だったようだ。
『ほら、できたみたいだ』
モグラが地上に帰ってくると、ベヒーモスはそう言ってモグラをいずこへか帰した。
如意棒をその穴に突き刺してみると、確かに何キロもの深さに伸びていく。
……これは確かに、本当にわざわざ湖を探す意味がなくなったな。
リニアディガー、凄く使えるぞ。
「ありがとう。これなら確かに月に行けるよ」
『その……協力してから言うのも何だけどさ、月に行くって本気なのかい? 棒で月に行くって、ちょっと意味が分からないんだが……』
「やれば分かるよ。さあ、この棒に掴まって」
俺はそう言って、ベヒーモスに如意棒に掴まるよう促した。
そして全員が如意棒に掴まると、あとはいつもの要領で月を目指した。
◇
「おお、ヴァリウス。あの不思議な光る物体の時以来だな」
月に着くと、アルテミスは笑顔で俺たちを出迎えた。
「ってか……あれ。従魔、また増えたんだな」
そして次の瞬間、アルテミスはベヒーモスに気づいた。
「もしかして、その子も覚醒進化させてほしいって話か?」
「……話が早くて助かる」
目的まで見抜かれていたので、早速覚醒進化に取り掛かってもらうことにした。
「さあ行こう、ベヒーモス」
しかし……そう言ってベヒーモスの方を見るも、ベヒーモスはと言えば、困惑して固まってしまっている。
「どうした?」
『ヴァリウス君……一体あの子は何者なんだ? 生物の理から外れているようにした思えんのだが……』
「まあ……神……だしね。そりゃ」
どうやらベヒーモスは、アルテミスという存在に面食らっただけのようだった。
いつも生物観察に徹しているがゆえに、そのパターンからあまりに外れた存在を見て、困惑してしまったといったところか。
『神……なるほどねえ。そんなコネがあれば、覚醒進化の二段階目なんてものがあってもおかしくはない、のかな』
「ま、そういうことだ」
ベヒーモスが納得したところで、ようやく覚醒進化が始まる。
アルテミスがベヒーモスに手をかざすと、ベヒーモスが七色に発光し……しばらくして、それが収まった。
「どうだ、ベヒーモス」
『……まただ。またさっきのように、力が湧いてきたぞ!』
聞いてみると、ベヒーモスはそう言ってガッツポーズをした。
重覚醒進化、成功だ。
「ありがとう、アルテミス」
「いやいや、当然のことをしたまでだ。ヴァリウスには恩になりっぱなしだからな」
お礼を言うと、アルテミスはニッコリと笑顔を見せる。
そんな中……ベヒーモスはというと、また触角から光線を飛ばした。
次の瞬間、ベヒーモスが光線を飛ばした方向で、一瞬だけ新しい星ができたかのような光の点滅が起こった。
「一体何をしたんだ?」
『試しに小惑星を破壊してみたんだ。もちろん、陽電子一個で』
そう言ってベヒーモスは、眼をキランと輝かせる。
……試しで小惑星を破壊するかよ普通。
まあでも覚醒進化の効果が最大の魔物の重覚醒進化ともなると、これくらいが順当なのか?
あまりのスケールのデカさに困惑が拭えない状況だが、頼もしいことに代わりはないな。
「またハイルナメタルを持ってくるよ」
「ああ、楽しみにしているぞ」
用事は済んだので、そう言って俺は月を後にしようとする。
しかし——その時のことだった。
「いや……ヴァリウス、ちょっと待ってくれ」
如意棒の先端に帰ろうと千里眼で照準を合わせたところで……アルテミスは、そう言って俺を引き留めた。
「どうした?」
「それが……今、麒麟から連絡が入ってな。どうも体調が悪そうなんだ。ヴァリウスにもちょっと、通話内容を聞いてほしい」
聞いてみると、事態は麒麟関連……それもどうやら、深刻な方向性のようだった。
「……分かった、聞かせてくれ」
そう頼むと、アルテミスは麒麟との神通力での通話の内容を、こちらにも聞こえるようにしてくれた。
真っ先に聞こえたのは、今にも吐きそうな麒麟の嗚咽だった。
これは……相当ヤバそうだな。
心配になりながら待っていると、麒麟は深呼吸をして息を整えた。
そして、こう語り始めた。




