第109話 新たな仲間との出会い
収納魔法から「覚醒進化素材レーダー」を取り出すと、識別する対象の魔力波の設定を一旦初期化する。
そしてそこに、アルゴリズムによる推定結果の数値を、識別対象として新たに設定し直した。
「覚醒進化素材レーダー」は、作った当初は覚醒進化素材となり得る魔物を探知するのが目的だったため、そのような名前を付けているが……実際は識別する魔力の特徴の設定次第では、探知に引っかかる対象の魔物を自由に設定できる。
俺は今、アルゴリズムが叩き出した魔物の遺伝情報に合致する魔物だけを探知するよう、レーダーの設定を変えたわけだ。
大事なのは……これで「実際に魔物が探知されるかどうか」だ。
アルゴリズムが出した遺伝情報はあくまで理論値なので、そのような魔物が実在しないというリスクも大いにあり得るからな。
心臓がバクバク言う中、レーダーを起動する。
しばらくすると……レーダーには、魔物の所在地の座標を示す点が一つだけ表示された。
「そ、存在した……」
嬉しさや興奮など様々な感情が入り混じる中、思わずそんな言葉が口をついて出る。
『存在したって、何がだ?』
『覚醒進化の効果が、理論上最大となる魔物だよ。……要は、お前たちの後輩の候補だ』
『それは本当か!』
『いぇーい!』
いつの間にか両肩にとまっていたコーカサスとベルゼブブも、眼を輝かせながらレーダーや計算液晶の画面を覗き込む。
場所は……ほぼほぼこの惑星の裏側あたりか。
しかしまあ、一匹だけ見つかるというのは何というか、生き残りがいるうちに見つけられたのが幸運って感じだ。
絶対に逃せない絶好の機会だしな。
今日の領民たちの作業を見届けて解散したら、早速出発するとしよう。
◇
領民たちによる植え付け作業が終わり、解散の挨拶を済ますと、早速俺は筋斗雲での移動を開始した。
レトルガ領を出てからしばらくは海上の移動が続いたが、二日後の昼くらいになると、ようやく別の大陸が姿を現した。
この大陸はどうも、大陸全土が自決島と同じ様相を示しているようだ。
おそらくここは千両大陸——いやこっちの世界風に言うと、自決大陸とでも言うべき場所だろう。
更に四時間ほど進むと、レーダーが示す自分たちの現在地と探知対象の魔物の座標が重なるところまでやって来ることができた。
とはいえ、現在のレーダーの探知範囲はこの惑星全土となっているので、これではまだざっくり近づいたに過ぎない。
ここからは筋斗雲の速度を下げ、レーダーの探知範囲を縮小して正確な居場所を探っていこう。
そうして魔物の居場所を突き止めていくと、俺たちは洞窟の目の前に到着することとなった。
その洞窟の目の前では、一匹の体長三メートルほどの蛾型の魔物がバーベキューをしている。
この蛾型の魔物は、前世を含めても一度も見たことのない、新種の魔物だった。
試しに探知魔法をつかってみるも、周囲にはコイツ以外一切魔物の反応がないし……「覚醒進化の効果が理論上最大となる魔物」はコイツで間違いないだろう。
筋斗雲を降りて歩いていくと、蛾型の魔物は俺たちに気づき、声をかけてきた。
『見かけない顔だねえ君たち』
従魔契約を交わす前から念話を飛ばしてくるあたり、知能も高めといったところか。
『害意も無さそうだし……この匂いにつられてやってきた腹ペコさんたちかい?』
などと考えていると、蛾型の魔物は続けてそう問いかけてきた。
その問いには、俺が口を開くより前にベルゼブブが回答した。
『腹ペコじゃあねーけど、それ見てたら別腹効果で腹減ってきたぜ!』
『別腹……? 面白いこと言うねえ。まるで野生の魔物じゃないみたいだ。良かったら食べるかい?』
『いっただっきまーす!』
かと思うと、ベルゼブブはいきなりバーベキューへの参加を決めてしまった。
……おい。本来の目的を忘れたのか。
と喉元まで出かかったが、よく考えれば魔物のテイムにはまず親睦を深めるのが好手だ。
そして「食事を共にする」というのは、親睦を深める上でかなり有効となる手立てだ。
ベルゼブブは単に食欲をそそられただけだろうが、結果的にはかなりナイスな立ち回りをしてくれたんじゃないだろうか。
そう考えなおし、俺もバーベキューに参加することに決めた。
「コーカサスも、あれ見て食欲湧くか?」
『うむ、そうだな。さっきビーストチップスを頂いたばかりだが、あれを見てると腹が減ってきた』
といっても、あの肉が人間にとっても食用かは不明なので、実際に食べるのはベルゼブブとコーカサスだけになるだろうが。
「じゃあ悪いけど、良かったらあと二人前肉を容易してくれ」
俺は蛾型の魔物にそう頼み、(恐らく蛾型の魔物お手製の)バーベキューコンロのそばの石に腰かけた。
「まいど!」
蛾型の魔物はそう言うと、自分の収納魔法からブロック肉を二つ取り出した。
そしてその肉をコンロの上に乗せ、焼き始めた。
せっかくだし……肉が焼けるまでの間に、自己紹介でもしようか。
「俺の名前はヴァリウス。君は?」
『ベヒーモスだ』
自分の名前を言いつつ、名前を聞いてみると……蛾型の魔物からは、耳を疑うような返事が返ってきた。
ベヒーモスて。
前世では、絶滅した古代カバの名前だったのだが……本気で言っているのだろうか?
『そんな疑うような表情しちゃってさあ。よく考えてみてよ。名前に”モス”って入ってるんだよ。僕にこそ相応しい名前だと思わないかい?』
すると……ベヒーモスは俺の心中を察してか、そんな風に同意を求めてきた。
「そ、そうだね」
俺はそう返事をするより他なかった。
実際本家は(こっちの惑星では違うかもしれないが)絶滅してるんだし、ちゃんと自分なりの理由があるんだったら、襲名することが悪いとは言い難いからな。
「趣味は……バーベキューをすること、なのかな?」
とりあえず話を進めようと思い、続いて俺はそんな質問をした。
『まあこれもだけど……一番の趣味は、これじゃないかな。僕はね、生物観察と実験が大好きなんだよ。それが生きがいと言っても過言じゃないね。実はこの肉も……僕が味を追求したキメラを作ってみようと思い立った時に、作った魔物から取った肉なんだ!』
するとベヒーモスは、嬉々としてそう答えた。
……キメラを作る生物実験、それも「味のために」かよ。
これまでにも数々の高い知能を持つ魔物を見てきた俺だが、ここまでぶっ飛んだIQの持ち主に会うのはこれが初だな。
と思った矢先。
「じゃあ次は……僕が質問していいかな。ヴァリウス君たち、なんか見かけない契約魔法の繋がりの痕跡みたいなのが見えるんだけど……それは一体何なんだい?」
俺は、更に俺の想定を超えた洞察力をベヒーモスに見せつけられてしまった。
「あー、これは従魔契約だな」
この一瞬でそれに気づくかよ。
流石は生物観察を生きがいにするだけはあるってか。
「まあ正確には、俺と直接従魔契約を結んでいるのはコーカサス——こっちの甲虫の魔物だけなんだけど。コーカサスと、こっちのベルゼブブがパートナーになってるから、それで俺たち全員仲間ってなってるんだ」
驚きが収まらない中、俺はそう説明を加えた。
『へえ、従魔契約ねえ……。そんなのがあるんだ』
などと言いつつ、ベヒーモスは焼き上げた肉を、これまた収納魔法で取り出したお手製の皿に乗せてコーカサスとベルゼブブの目の前に置いた。
『『『いただきまーす!』』』
そんな三匹の声が重なったかと思うと、三匹ともキメラのステーキを平らげ始める。
……そうだ。ちょうど従魔契約の話にもなったし、本題に入ってみるか。
そう思い、俺はこう切り出した。
「実は……ここに俺たちが来たのもその関係でね。ベヒーモス、君にも俺の従魔になって欲しいんだ」
するとベヒーモスは、顔も上げずにこう聞いてきた。
『……へえ。それ、僕にも何かメリットあるのかい?』
『美味い飯が食える!』
間髪入れず、その問いにはベルゼブブが勢いよく答えた。
『そうだ、ヴァリウス。このステーキにもさ、あの調味料をかけてみようぜ』
『調味料!? 馬鹿を言うな、この肉には岩塩だけが一番合うんだ』
ベルゼブブは俺に、うま味調味料をかけることを提案したが……ベヒーモスはそれを聞いて、そんな持論を持ち出した。
「まあベヒーモスはああ言ってるし……まずはベルゼブブが食べ比べてみたらどうだ?」
とりあえず俺はそう言って、うま味調味料の瓶をベルゼブブに渡す。
ベルゼブブは一口分の面積にうま味調味料をかけると、それを口に運んだ。
『……うめえ! 俺的にはやっぱこっちが合うぜ?』
『その瞳孔の開き具合……演技じゃないみたいだね。そこまで言うなら、僕も一口試してみようか』
ベルゼブブの様子を見て、ベヒーモスもうま味調味料を試す決意をする。
『……前言撤回。これは格が違うね』
そしてベヒーモスは、絵に描いたようにうま味調味料に即落ちした。
『ヴァリウスの仲間になったら、毎日これでステーキ食えるぜ?』
『それは確かに魅力的だなあ……』
流石はベルゼブブ。
同じ昆虫系魔物というだけあって気持ちが分かるのか、早くもベヒーモスの心を揺さぶることに成功したようだ。
流れは来てるし、あと一押しって感じだな。
この勢いに乗って、更に別のメリットを提示してみよう。
「この大陸には人間なんていなかっただろう? 仲間になってくれるなら、いくらでも俺を生物観察していいよ。それに……これがベヒーモスにとってメリットと感じるかは分からないけど、仲間になってくれたら『覚醒進化』っていう特殊な強化を施してあげるつもりだ。どうだ?」
そう言ってみると、ベルゼブブは俺たち全員をゆっくりと見て回ってからこう言った。
『確かに……コーカサス君とベルゼブブ君、なんか絶対本来の種の限界を超えた力を持ってるよなーとは思ったんだよね。彼らも覚醒進化を受けてるのかい?』
「ああ」
『うーん、なるほど……』
再び、ベヒーモスは腕(というか六本足のうち頭側に近い二本)を組んで考え始めた。
他に何か、提示できるメリットはあるだろうか。
最後の一押しになる材料がないかと、必死に頭を回転させる。
しかし、俺が何かを思い付くより先に、ベヒーモスは結論を出した。
『分かった、従魔契約とかいうの、受けることにするよ。戦いとかにはあんまり興味ないけど、覚醒進化とやらでどんな生理学的変化が現れるかとかには興味があるしね。それに、観察したいけど獰猛すぎて近寄れなかった魔物とかも間近で見れるようになると思うと、戦闘能力も悪いもんじゃないし』
どうやら、メリットは今まで提示したもので十分だったようだ。
「ありがとう」
そう言って俺は、ベヒーモスに従魔契約魔法を放った。
その契約はもちろん、瞬時に成立した。
『でも……ヴァリウス君たちについていくことになるってことは、ここを離れなくちゃいけないよね。ちょっとだけ時間をもらっていいかな?』
『いいけど……何をするんだ?』
『ちょっと住処の整理をね』
そう言ってベヒーモスは、洞窟の中へと入っていった。
ついていってみると……そこには山のように散乱した研究メモが。
『これとこれと、あとこれも必要で……ああもう、仕分けは後でいいや。とりあえず全部収納!』
ベヒーモスは整理を諦め、洞窟の中身を丸ごと収納してしまった。
『よし、これでOK!」
何でか知らないが、得てして研究者気質な人って、片付けが苦手だったりするんだよな。
それは魔物でも変わらないってか。
『で……まずはその覚醒進化ってのをしてくれるのかい?』
住居の整理(という名のただの収納魔法)を終えると、ベヒーモスは早速そう聞いてきた。
覚醒進化、本来は従魔との絆が深まらないと成功しないんだが……本人がここまで乗り気だと、その条件は満たしているようなものかもしれないな。
一旦、試してみるか。
「ああ、そうしよう。ちょっとそこに立っててくれ」
俺はそう言って、ベヒーモスにさきほどバーベキューをしていた辺りに立ってもらった。
その周囲に、俺は六個の覚醒進化素材を並べていった。
次回は3/27に更新しようと思います。




