第104話 なんか運よく試し切りさせてもらえた
地上に着いた俺は、早速神通力の使い勝手の変化を調べるため例の鍛冶屋に行っ……たのだが、俺は店に入る直前、とあることに気が付いた。
一体俺は……何の用件でここに来たって言えばいいんだ?
確かに、神通力の使い勝手の変化の一番直感的に分かりやすい試し方は、アダマンタイトなどの金属インゴットを切ってみることだ。
ルナメタル製の剣を初めて発注しにきた時は、ミスリルのインゴットを切って実力を確かめたし……ルナメタル製の剣を追加発注しにきた時は、切れる対象がアダマンタイトのインゴットに変わったことで、自身の成長を確かめた。
もしこれで今回、(前は大根を切る程度の固さに感じられた)アダマンタイトのインゴットをプリンを切るように切れたら、確かに使い勝手が良くなっているとはっきり分かるだろう。
だが……鍛冶屋に行って、やることが「実力の変化を調べたいんでインゴット切らせてください」って、向こうからしたら一体何しに来たんだって感じだよな。
今回、俺は特にルナメタル製の剣を追加発注するつもりはない。
朱雀を倒す際にも、結局予備の剣には手を出さなかったし……残り三柱の邪神は当面麒麟の中にいるだろうしで、特にこれ以上ルナメタル製の剣の予備を用意する理由がないからだ。
今まで試し切りをした時だって、あくまでその時その時の新調した分での試し切りをさせてもらってたんであって、俺の実力を試すために場を借りていたわけでは(少なくとも店の人はそのつもりでは)ないからな。
そんな理由で行くと、向こうも気を良くしないだろう。
……うん。別にこの方法でしか力を試せないわけでもあるまいし、今回この店に寄るのはやめておくか。
せっかくメルケルスに寄り道はしたけど、このままレトルガに戻るとしよう。
そう思い、俺は収納魔法で筋斗雲を取り出そうとした。
――だが、その時。
店の中から、こんな声が聞こえてきた。
「……そこをなんとか頼むよー。オリハルコンを1mmスライスした分だけ欲しいってのに、なんでそんな値段になるんだよ!? グラム単価と合って無いだろ!」
オリハルコンのスライスって、一体どんな注文が入ってるのかさっぱりだが……どうやら、中にいる客が店の人と揉めているようだ。
ここの鍛冶屋にはお世話になってるし、本当に迷惑客っぽかったらちょっと手助けに入るか。
そう思い、俺は何気なく店内の商品を見るふりをして聞き耳を立てることにした。
◇
と、思ったのだが……店に入ると俺は、いきなり鍛冶師に話しかけられた。
「おう、君はルナメタルの客じゃねえか。今日はいったいどうした?」
……様子を窺うつもりが、まさか話しかけられるとはな。
とりあえず……さりげなく探りを入れてみるか。
「まあ、たまたま近くを通りかかったので、久しぶりに寄ってみただけですよ。……そちらはどんな調子ですか?」
俺はたまたまを装いつつ、自然に現状を聞き出せないか試すことにした。
すると……鍛冶師は困ったような表情をしつつ、こう答えた。
「それが……見ての通り、今儂はダクシスの奴になかなか難しい取引を迫られておってな。オリハルコンのインゴットを1mmスライスしたものを、グラム単価ちょうどの価格で売れと言われて困っておってなあ……」
なんと……鍛冶師は、まさに聞きたかった情報を、すらすらと話してくれた。
確かに、狙って聞いたとはいえ……他の客との取引を、ここまで詳細に聞けてしまうとは。
……しかし、客の名前まで言うってことは、迷惑客ってわけではなさそうか?
というかむしろ、常連客――いや、注文内容からすると、気の知れた取引先って感じにも見えるな。
その辺、もう少し詳しく聞いてみようか。
「ダクシス……さん?」
「ああ、コイツがダクシスだ。吹き矢の針とかを専門で作ってる、旧知の仲の同業者なんだが……手間のかかるオリハルコンの量り売りを、手間賃なしでやってくれと言われてな。流石にそれはちょっと無理と言っておるところよ……」
「いいだろうそれくらい? お友達価格ってとこでさー」
聞いてみると……鍛冶師がダクシスを紹介し、それに続いてダクシスが鍛冶師にダメ押しでねだった。
「オリハルコンの量り売りって、手間かかるんですか?」
迷惑客ではなくむしろ旧知の仲と知ったところで……俺は質問の方向性を変え、オリハルコンの量り売りの手間について聞いてみることにした。
「そりゃそうだ。オリハルコンを少しだけ量り売りしようと思ったら、オリハルコン用の特殊な炉を稼働し、インゴットを一部分だけ融かさにゃならない。そしてそのコストは、割と馬鹿にならん。……『スライスして売って欲しい』などと簡単に言うが、そもそもあんな硬い金属、スライスする事自体非現実的ってもんよ」
鍛冶師がそう答えると……俺は、問題点を完璧に把握できた。
……なるほどな、そういう事情か。
そして、事情が分かった俺は……これ、今がむしろチャンスなんじゃないかと思った。
「そういうことですか。……俺、もしかしたらオリハルコン切れるかもしれないんですけど、ちょっとやってみていいですか?」
この状況――二人の手助けをするていで、インゴットの試し切りをさせてもらえる感じでは。
そう思い、俺は鍛冶師にそんな提案をしてみたのだ。
……まあ、実際にオリハルコンが切れるかは、神通力の使い勝手の上昇がどれほどかにもよるのだが。
切れなかったら切れなかったで、魔力譲渡付き「如是切。如是断。本末究竟等」で解決するとでもするか。
「オリハルコンのインゴットを切る……だと!? そんなことが……いやでも君、確か前アダマンタイトをルナメタル製の剣で切ったしな。……よし、ものは試しでやってみてくれ」
そう言って鍛冶師は、奥からオリハルコンのインゴットを持って戻ってきた。
「よりにもよってルナメタル製の剣? なんであんなナマクラで……」
「儂も始めはそう思ったんだが……このお客が使うとなぜかとんでもない切れ味になるんだ。正直、不思議でしょうがないね」
収納魔法でルナメタル製の剣を取り出していると、二人からそんな会話が聞こえてくる。
剣に神通力を込めると……俺はインゴットの端から1mmのところに、刃を押しあてた。
そして、押したり引いたりすると……徐々に剣がインゴットに食い込んでいく。
しばらくすると……俺はオリハルコンのインゴットを、端1mm分だけスライスすることに成功した。
感触としては……大根よりはちょっと固い感じだったな。
オリハルコン、硬さでいえばアダマンタイトの比ではないので、切れる時点で圧倒的成長には間違いないのだが。
「……できました」
俺はインゴットとスライスされた破片を、カウンターの上に置いた。
「「な……」」
二人とも、口をあんぐり開けた状態でこれでもかってくらい目を見開き……オリハルコンに目が釘付けになる。
「ちょうど試し切りしたいなーって思ってたんで、良いタイミングでした。では今日はこれで」
「まさか……言ってはみたものの、本当に切りおるとは……」
「鋸ですらなく剣で、包丁で野菜でも切るみたいに……一体お前なんて常連客抱えてやがる……」
呆然としながら喋る二人をよそに、俺は店を後にした。
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