2.女神の娘のため息
視点が変わるとその人の主観入るのと、同じ場面の重複等でごちゃごちゃしてしまいますよね。
一人称? 難しい……。
短編はダイジェスト版なのでそちらもどうぞ。(ちゃっかり宣伝)
「わたくしとの婚約を破棄したいのなら、こんな騒ぎにしなくても何時でもお受けしますのに…… 」
身に覚えのない言いがかりを付けられ、やるせない気持ちになりながら心の中で呟いた。
私の名前はフルーチェ。由緒ある侯爵家の生まれだったのですけれど、たった今絶縁されたので取りあえず家名は無いことになりますかしら。
目の前にいる婚約者のはずのゼラチン王子殿下とその側近兼取り巻き達、そして元妹のババロアのおかげですの。
えっ、言葉の使い方が間違っています? いいえ、どうやらこの方たちは、あんな家族と望まない婚約から解放してくれそうですもの、わたくし感謝しているのでこれで宜しいのです。
私はカタマール王国の候爵家の長女として生まれました。
両親は政略結婚で、仲睦まじい家族とは言えませんでしたが、高位貴族の娘として何不自由ない生活をしていました。
お母様が急な病で儚くなるまでは… 。わたくしは五歳の誕生日を迎えたばかりの事でした。
それから一月も経たないうちに、お母様との婚儀以前より愛人であったらしい女性が何と私と半年しか歳の変わらぬ娘と共に屋敷にやって来ましたの。
今日から、母親と妹だと言われて驚くやらあきれるやら、その日の夜は遅くまで眠れませんでした。
義母は一応、男爵家の血筋ではあるものの庶子で、あまり良い教育を受けていないようでした。
ですから子供の私より所作や言葉遣いが何と言うか品がなく、手に入れた身分をひけらかしたかったのか、目下の者には態度が横柄で屋敷の者たちも陰で眉をひそめていたようです。
そんな風でしたから、自分たち母娘が気に入らない者は辞めさせてしまったので、媚びへつらう者ばかり置くことになりました。
長年勤めた使用人たちを理不尽に辞めさせた事で、自分たちの評判がどれだけ下がったかをご存じないのは、ご本人たちとお父様くらいですかしらね。
母親がそうならもちろん娘であるババロアも礼儀作法など身についているはずもありませんでしょう?
その上、親が二人して甘やかしたのだから、我が儘になるのも仕方なかったのかもしれませんわね。
そんな方たちとの暮らしですもの俗にいう継子苛めが始まったとしても自然な成り行きですわね。被害者が私なのは、ご遠慮したかったのですけれど。
幸か不幸か、私と第二王子であるゼラチン殿下との婚約はお母様がお元気でいらした頃に結ばれていました。
ですからお妃教育の為お城に呼ばれることもありましたので、屋敷に閉じ込められることも、ましてや体罰などを受けることもなく、せいぜい王家からの贈り物をババロアに取り上げられるくらいで済みましたの。
他には、食事のデザートや茶菓子などは私には出なくなり、メニュー自体も質素になりましたわね。ですが、お野菜多めのお料理はわたくしのお肌の為にはよろしかったようです。
甘い物や肉類ばかり好んで召し上がっていたどなたかは、時折、吹き出物ができたと癇癪を起してメイドに八つ当たりをしていたようでしたわね。
屋敷内では、たまに顔を合わせれば嫌味を言われましたが、それ以外は無視され、いない者扱いだったのです。
わたくしにとっては心静かに過ごせて却って好都合でしたので、さして気になりませんでしたけれど、今まで十年ほど、そのような日々を過ごしてきたのです。
少しばかり家族?に対しての物言いが薄情に見えるかもしれませんが、わたくしの心情もご考慮くださいませ。
さて、話は変わりますが、神話によると私達のいる世界は、母なる女神様の御手により創られたのだそうです。
女神様は世界に降り立ち、命あるもの、そうでないもの、存在するあらゆるものを生み出した後に天に戻られました。
その際に、世界を管理するためにご自身の欠片を五つ残されたのです。それを身の内にもって生まれて来るのが聖女と呼ばれる方々です。
女神様は聖女を通して下界のありさまをご覧になられるのだそうです。
聖女の人数やいらっしゃる場所は時期により異なります。
聖女はご自身が儚くなられる前に、次代が生まれる場所や特徴を予見の形で残されるので、その方が生まれて神殿で認められるまでの間が空く事になるからです。
なので二人の時もあれば、五人揃っていらっしゃる時代もあるのです。
聖女がいらっしゃる国には、やはり恩恵があるのか平和と繁栄がもたらされるというので、どの国でも望まれますが、こればかりは女神様のお心次第というものでしょう。
ですから何処の国でも女神様を祀る神殿があるのでしょうね。そして聖女は女神様に最も近い人としてあがめられているのです。
聖女のお役目は、女神様の目や耳となり、神殿で祈りをささげて下々の願いを女神に届ける事です。
身分関係なく、神殿が後見となり御世話しますし、婚姻も自由です。まあ、大抵は王族の伴侶に納まる様ですわね。勤まるかは別としても、聖女なら生まれが平民でも王妃にもなれるということです。
このような事はこの地に住む者なら皆ご存知ですわね。
なぜ、こんな話を始めたかというと、目の前での騒ぎに女神様や聖女が関わっているからなのです。
実は16年前に亡くなられた聖女が残した次代の予見が我が国の娘だったのです。
瞳と髪の色、生まれた時期などから該当する娘が集められ、その中からふるいにかけられた娘たちが10歳になる年から聖女候補としての教育とお勤めを始めました。
私とババロアも候補に残ってしまったため神殿に通う日々が続きました。妹が残っているのだから、わたくしとしては辞退したかったのですけれど、そうもいかなかったのですわ。
それから半年後、候補たちが皆で祈りをささげていた時に、あの娘が突然、女神様のお声が掛ったと言い出したのです。
それで、まあ、他の候補たちと色々ありまして、最終的にババロアに決まるまで四年近くかかったのです。本人の言だけで、決め手になるものがなかったため、中々認定が下りなかったのです。
そうこうしているうちに、我が国に生まれると言われた聖女が見つかる前に、他国にその方の次の聖女の予言が下ってしまったのです。
その後、直ぐの認定でしたから、もしかした政治的な力が働いたのかもしれません。だとすれば女神様に畏れ多いことでしたわね。
それはともかく、候補の娘たちも14歳になり、いい加減決めて頂きたいと思っておりましたので、ババロアが聖女に認定されてホッといたしました。
ようやくわたくしは候補を下りることが出来ました。それまでお妃教育と聖女教育の掛け持ちで大変でしたので、それはもう心から祝福しましたのよ。
ゼラチン殿下とお会いする機会が減ってきたのは、その頃からでしょうか。
わたくしはお妃教育の為、本来なら12歳なる年から通う学園には通えませんでした。
学園は四年制で前半二年は男女別、残り二年は男女合同で学ぶ形で、成人前の社交練習を兼ねているようです。
一つ年上の殿下とババロアは在学しておられましたので、以前から面識のあった二人は、恐らくそこで親交を深めたのでしょうね。
妹が聖女となってからは、尚更親しくなさっていたようでした。いつの間にか、わたくしよりもあの娘と過ごすことの方が多くなっていきましたの。
親や王家の思惑も後押ししたのかもしれません。所詮、政略的な婚約ですから同じ家の娘ならどちらでも良い、というかより付加価値のある方が望ましいというものなのでしょう。
殿下も、学園を卒業して、もうすぐ16歳の成人を迎えますから、その前に交代したいという事でしょうか。
わたくしとしても、時折会うだけの殿下に特別な感情を抱いていませんでしたので、二人が相愛ならば婚約者の立場を譲るのは吝かではなかったのですわ。
だだ、今までお妃教育に費やした時間が少しばかり惜しかったとは思いましたけれども……。
ですのに……
「貴族でなくなっただけでなく、聖女に対する不敬の罪があるお前をオレの妃になどできない。俺の妃は心優しいババロアにする」
いきなりこのような場で仰るなんて、周りで事態を傍観していた他の皆さまも驚きますわよね。
「殿下のお言葉、確かに承りました」
ちょっと呆れて反応が遅れてしまいましたが、きちんとカーテシーをしてお返事を返しました。
「ですが、申し上げたいことがございます」
「ふん、何だ。今更、謝っても遅いぞ。それとも、まだ言い逃れをする気か」
「お姉様、恥ずかしい真似はもうおやめください」
他所の御屋敷の茶会に招かれて置いてこの騒ぎ、恥ずかしいのはあなたたちではないでしょうか。
少しは周りをご覧になったらいかがかしら。皆さま引いてらっしゃいますよ。
「いえ、そうではなく。わたくしとの婚約をお辞めになって、ババロアと新たに結ぶのなら正式な手続きが必要なのですわ。
婚約を結んだ時の様に神殿で女神様の前で宣誓なさらなくてはなりません」
王家の婚約は神殿で女神様の御名の下に結ばれる契約なのです。
それを破棄する場合は当然女神様のお許しが必要です。
婚姻の解消程ではありませんが、場合によっては非のある者に神罰が下されこともあるのです。それを分かっておいでなのでしょうか。
「そ、それくらい知っている。大体ワザワザ、神殿になど行く必要はない。ここに聖女がいるのだから、ババロアの前で誓えばいいのだろう。
俺達は『真実の愛』で結ばれているのだから女神様も祝福してくださるはずだ」
「うれしいです。ゼラチン様」
仲睦まじいのは良いことなのでしょうが、なんだか溜め息が出ます。
もしかして、理解しているからこそ意図的に、このような事を起こしたのだとしたら……。
この婚約を破棄する場合、非があるとすれば心変わりした殿下の方ですものね。
なので、婚約破棄する際に下るかもしれない神罰を、わたくしに非があることして確実に避けたいというお気持ちは分からないでもありません。
ですが、身に覚えのない事を咎められても困ってしまいますわ。
むしろ逆効果なのではないでしょうか。
「真実の愛」とやらが二人にあるというならば女神様はお許しになったと思いますのに。
扇の陰でまたため息が出てしまいます。あまり多くはない幸せが、逃げ出してしまいそうです。
さて、どういたしましょうか女神様。
心の中で女神様にお伺いを立ていると、ゼラチン王子がわたくしとの婚約破棄と、ババロアとの新たな婚約を宣誓しました。
途端に目の前が白く光ったと思ったら、自分の左肩のあたりに浮かんでおり、わたくしの身体に降りた女神様が王子とババロアを断罪なさるのを見下ろしていました。
実は、わたくしも知らなかったのですけど、どうやらこの国に生まれる聖女はわたくしだったようです。いえ、正確には聖女ではなく、女神様に娘と呼ばれる立場だったのです。
神殿関係者でもあまり知る人はいませんが、聖女には格があるのです。それは身のうちにある女神様の欠片の数によって決まります。
聖女はそこにいるだけで、その目と耳で(もちろん女神様が意図した時だけですが)情報を伝えるという役目を果たすわけです。それは聖女から女神様への一方通行です。
ですが、欠片を三つ以上持つ聖女であれば女神様のお言葉を聞く事ができ、五つ揃えば女神様が降臨される際の器になれるのです。
わたくしは女神様の娘として産まれましたが、生まれた時には二つしか欠片がありませんでした。最後の欠片を持つ聖女 ――この方が三つお持ちでした―― が世を旅立ち、全てのかけらがこの身に戻ってきたのが半年ほど前でした。
そうなのです、わたくしが自分の事に気づいたのはババロアが聖女に決まった後でした。次代の予見は聖女が儚くなる前に降りるので時差ができるのですね。
女神様に伺うと、わたくしの好きなようにしてよいと仰って下さったので、わたくしは口を噤みました。ワザワザ、事を荒立てたくはなかったのです。
元々、女神様は聖女に神殿で仕える様にと仰った事は無いのだそうです。聖女は女神様の目や耳ですから、どこにいようとも構わないのだそうです。
それに、現在、他の国の神殿にいる聖女を名乗る方達 ― わたくしが全て持っているのですもの、残念ながら他の方は全員、欠片を持たないわけですものね ― の事もお許しになっておられます。ある程度善良な方ならば咎めだてするお気持ちはないそうです。
ババロアについては、恐らく日ごろの行いが悪過ぎてのお叱りなのでしょう。
殿下も、わたくしが了承した後、神殿で正式な手順で願えば、何事もなく婚約破棄できたでしょうに、困った方です。
「罰としてあなた方には十年、二人分だから二十年ね。夫婦としての交わりを禁じます」 王子とババロアの身体が光に包まれました。
「王子の身体の一部を若返らせたから、その分妻になった娘に加算しておいたわ。時が来れば正しい年齢の身体に戻るから安心なさい」
女神様が処罰を告げると二人の身体を光が包み、同時にわたくしも自分の体の中へと引き寄せられました。
女神様はお戻りになられたようです。
二人を包んでいた光が消えると、そこにはフリルとレースがいっぱいのベビーピンクのドレスを窮屈そうにまとう、お義母様、いえ、ババロアが王子と抱き合って座り込んでいました。
そして顔を見合わせてギョッとしたように王子が身を離しましたが、目の前の女性がババロアだと気が付いて唖然としています。
無理もありませんが……。
「ホントに君なのか? その姿はいったいどうして…… 」
「女神様が罰だと、仰ったではありませんの」
訳が分からないというような顔をしているので、見かねて口を挟みました。神罰を言い渡されたばかりですのに、ちゃんとお話を聞いていたのでしょうか。
「なんだと」
「ですから、殿下が若返って、その分ババロアが年齢を重ねたという事ですわ」
「はっ、わたくし? わたくしがどうかして? えっ、なにこれ」
キョトキョトと自分の身体を見下ろしてババロアが悲鳴を上げる。
外見が母親より年上の女性になってしまったのだから、鏡を見たら卒倒しそうですわね。どうやらババロアは年齢が上がると、益々お義母様に似るのですわね。
殿下の方にも何らかの罰は下ったようで青ざめています。
「ええと、その、大丈夫ですわ。二十年経ったら元に戻りますから」
少々に気の毒になり、女神様の仰ったように神罰には期限があることを告げてみましたが、泣きわめているババロアと言葉を失くした王子には慰めにならなかったようです。
その騒動の際に、父親だった方から絶縁されたのでダヨーネ侯爵家はわたくしが継ぐことになりました。
ですが、まだ未成年なのと大神官様に請われたので、一旦神殿に入ることになりました。お年寄りに泣かれては仕方ありませんもの。その間は分家筋の方に代官をお願いしました。
元お父様たちですか? もちろん屋敷を出てもらいました。というか、周りの者がいつの間にか追い出してしまったようです。
あちらから言い出したのですもの当然ですわね。
ババロアは王位継承権をはく奪され子爵となったゼラチン様と、辺境の領地へ旅立ちました。婚姻済みですから、こちらも当然のことでしょう。「真実の愛」がこのまま続くとよいのですが。
その様に思うわたくしは、やはり薄情なのかもしれません。
さて、神殿に居を移して、そこでの暮らしになじんできたある晩の事です。
女神様とは時折お話をさせて頂くのですけれど、その日も、あてがわれた自室で寛いでおりましたら、女神様からお声が掛りました。
「あなたには今まで苦労を掛けたから、これからは幸せでいて欲しいのです。 それでね、あなたを大事にしてくれそうな伴侶を探していたのだけれど、ようやく気に入った者を見つけたのよ。
もちろん、あなたの気持ち次第ですけれど、一度会ってみませんか」
思いもよらないお話でしたが、折角の女神様のお言葉ですから、先方にお伺いを立て、お会いすることにしました。
そのお相手が、聖女候補でご一緒してから親しくして頂いている、ジェラート様のお兄様だったこともあります。
デザート公爵家の嫡男である、メルク・デアイス・デザート様には、あの婚約破棄騒動の時も本当にお世話になったのですわ。
迅速な采配で騒ぎを治めてお茶会を続けさせ、わたくしにも優しく声を掛けて下さり神殿への仲介をして下さった方です。
あの方ならばと思ったので、申し入れを受けて頂けたときは、とても嬉しゅうございましたわ。
「フルーチェにメルクはぴったりだと思うのよ」 女神様のお言葉が耳に蘇ります。
願わくば、この婚姻が女神様の御威光だけで結ばれるものでないと良いのですが、ちょっと不安ですわ。
メルク様のお心まで望むのは欲深いことでしょうか、女神様?
溜め息をついたわたくしの耳に、女神様が笑う声が聞こえた気がしました。
その数日後、王宮であった出来事は、又もやわたくしの人生の先行きを変えてしまいました。
これも全て女神様の思し召しなのですか?
メルク=牛乳 はオランダ語だそうです。 ミルヒとどっちにしようか迷ったのですが、某じじいマエストロのイメージが強くてやめました。
読んでいただきありがとうございました。