2発目
○山へ続く道
アーサー:「…兄さんはひどい。」
イチカ:「なんで?ちゃんと見捨てなかっただろ。」
アーサーはイチカに恨みがましそうな目を向けているが、それをイチカは見ないフリをしている。
あの後、母親に説得されたリーナはなんとも形容しがたい物体を食卓に出すことを諦めた。そのため、ゲイルは安心していつもの安全な朝食を口にすることができた。
畑にとおりかかった時に二人は農夫から声を掛けられた。
農夫:「おっ!久しぶりだな二人とも。どこ行くんだ?」
イチカ:「久しぶりですね。これから二人で鹿を狩に行くんですよ。」
農夫:「そうか、気をつけろよ。最近、山で変な連中を見たって話があるからな。」
イチカ:「変な連中?山賊か何かですか?」
農夫:「いや、話によると山賊じゃないみたいなんだよ。黒いローブを纏っていたらしいんだがな。」
イチカ:「不気味ですね。何もなければいいんですけどね。」
農夫:「そうだな。気をつけろよ。まぁ村のほうは領主様や英雄といわれるお前の親父がいるから大丈夫だと思うがな。でも何かあったらすぐに村のみんなに言えよ。もうすぐイチカは〔成人の儀〕があるんだから無茶するなよ。」
アーサー:「そうか…もうすぐ〔成人の儀〕なんだね。」
イチカ:「ありがとうございます。無茶なんてしませんよ。俺は安全第一がモットーですから。」
農夫はイチカの言葉を聞くと笑いながら仕事に戻り、二人は山の狩場へと向かった。
アーサー:「黒いローブって不気味だね。噂とかで聞くデモニストかな?。」
イチカ:「どうだろう…デモニストに会ったことがないからな。ただ、いつもと違うと動物は苛立つから、妙なものを見たり違和感があったら今日はやめるぞ。」
アーサー:「うん、わかった…」
アーサーは返事をしながら何かを気にしている様子でイチカを見ている。
イチカ:「どうした?気になることでもあるのか?」
アーサー:「いや…兄さん、もうすぐ〔成人の儀〕なんだなと思って。」
イチカ:「なんだ。寂しくなったか。」
アーサー:「そうじゃないけど。兄さんは儀式の後にどうするの?やっぱり、〔貴族学校〕に入るの?」
イチカ:「そうだな… 〔貴族学校〕に入るつもりはないな。とりあえずコールさんや親父のつてで王都近くに働きに行こうかと思ってる。」
アーサー:「なんで?兄さんは父さんと同じくらい戦えるし、魔術もつかえるのに。」
イチカ:「いや、俺はまだまだだよ。親父に勝ったことはないし。魔術だってコールさんから借りた本とかで学べる範囲だしな。それに…」
アーサー:「それに?」
イチカ:「〔貴族学校〕って堅苦しい気がしてな。ああいう、かたい雰囲気のところは苦手だ。」
アーサー:「はぁ…兄さんらしいね。」
イチカ:(まぁ前の人生は自由にできなかったから、この人生ではいろんな所を自由に見て回りたいしな。それに俺が学校に入るとアーサーとリーナは金銭面で行けないかもしれない。二人は俺みたいな失敗をしてほしくない。でも…そう考えて行く機会を逃すのは不義理だろうか?)
イチカ達はそんな話をしながら山の狩場へと歩いた。その二人を陰で見ている者達がいたが、二人は全く気がつかなかった。
不明:「あれが術式の子どもか?」
不明:「あぁ恐らく間違いない。波長がほかのやつと違う。」
不明:「しかし、本当に渡りがあるとはな。神話や遺跡も馬鹿にできんな。」
不明:「あぁだが今はそれよりも…」
不明「あの男の捜索が先か…一人やられたようだ。まったく、2つも重なる必要などないのに。」
不明:「いや、逆に好都合だ。一気に片付けられる。」
○イチカ達の家、応接室にて
ゲイル:「久しぶりだな。相変わらず領主の仕事は忙しいんじゃないのか。」
ゲイルは笑いながら応接室で茶を飲んでいる男に話しかけた。男はゲイルの親友でこの土地の領主でもあるコールだ。コールは長い白髪の優男といった風貌で、知らない者から見れば芸術家か論評家に見える男だった。
コール:「からかうなよ。それにここの領主は私ではなく妻だ。」
ゲイル:「でっ忙しい身なのにどうした。つい最近、王都から戻ったばかりだろ。」
コール:「あぁ昨日まで王都に居たんだが… その…聞いてもらいたい話が2つある。」
コールの様子に長い付き合いのゲイルは何事かと訝しんだ。
ゲイル:「改まってどうした?王都で何かあったのか?」
コール:「いや、王都でのことじゃなく。一つは亡くなったルフィアのことだ。」
ゲイル:「ルフィアのこと?亡くなって随分経つが…」
コール:「そうだな。イチカくんがもうすぐ〔成人の儀〕だものな。」
ゲイル:「なんだ?今さら、亡くなった前妻を忘れた不義理者と言いたいのか?」
コール:「そうじゃない。お前がルフィアや今のティアと家族を大切にしていることは知っているし、疑ってもいない。言いたいのは私たちが初めてルフィアと出会った日のことを覚えているか?」
コールはゲイルを信用していたし、ゲイルもコールのことを得がたい友人だと思っていた。そのコールから、無き妻との出会いのことを聞かれ、驚きながらも思い出す。
ゲイル:「あぁ…覚えている。確か森で奴隷商に捕まっていて、それを助けたんだ。」
コール:「そうだ。だが、私たちがあの時に奴隷商だと思っていたのは間違いかもしれない。」
ゲイル:「どういうことだ?何か確証があるのか?」
コール:「やつらの一人が身に付けていた首飾りを覚えていないか?それとよく似たものを王都で見かけたんだ。」
ゲイル:「首飾り?…どんなものだったか覚えていないな。お前が「「まがいなりにも信仰があるならば、恥を知れ!」」と怒っていたのは覚えているが…」
ゲイルはルフィアが囚われていた時のことを記憶から掘り出し、コールがまだ息のある相手に激昂していたことを思い出した。
コール:「あの時の一人が身に付けていた首飾りが〔光の家〕のシンボルに似ていたから言ったんだ。その時はただ怒りを感じているだけだった… しかし、先日の王都で同じ物を持っている人に会ってね。」
ゲイル:「どんなやつだ。」
コール:「その男は〔光の家〕の神父で、高い地位にある者だったよ。そのシンボルを見るまで私も完全に忘れていた。驚いてその男にシンボルについて聞いたよ。」
ゲイル:「なんと言っていた。」
コール:「そのシンボルは〔光の家〕の中でも位の高い者や最高司教の信頼を得た者が持っているそうだ。」
ゲイル:「っ!最高司教だとっ!」
ゲイルはコールから出た〔最高司教〕という言葉に驚いて目を見開く。ゲイルはコールの目を見ながらもあり得ないといった表情をしている。
コール:「そうだ。帝国のトップは皇帝だが、実質的に支配しているのは〔光の家〕という宗教だ。そして、〔光の家〕のトップは…」
ゲイル:「最高司教だ。ということは、やつらは最高司教の息がかかった者ということか…しかし、なぜルフィアを捕らえていた?当時、〔光の家〕の興味はエルフやドワーフにあったはずだ。」
コール:「わからない。背信者として捕らえられたのか、何か別の理由があったのか…」
ゲイル:「……。」
コールは自分の言葉がルフィアに背信者というレッテルを貼って、ゲイルとルフィアの二人を傷つけたのではないかと心配になり釈明する。。
コール:「すまない。彼女を悪く言ったつもりはないが、気分を悪くさせたか…」
ゲイル:「いや…そうじゃない。 自分の腹にしまっておこうと思っていたことがあったんだ。」
コール:「無理に話してくれとは言わないよ。」
ゲイル:「戦友のよしみだ…ルフィアも怒らないだろう。」
ゲイルは話をする前に瞳を瞑り、心の内でルフィアに一言「すまない」と言った。そして、胸のうちに秘めていたことをゆっくりと話す。
ゲイル:「…実はルフィアの腹部には刺青があった。本人は気にしているようだったから、触れないようにしていた。しかし、俺にはただの刺青ではなく、術式のように見えた。」
コール:「前の戦争で帝国が魔術を使った人体実験をしていたという噂を耳にしたことがある。」
ゲイル:「あぁ俺も聞いたことがある。ルフィアは俺たちと会う前の記憶をほとんど覚えていなかったから、もしかしたら何らかの実験台にされたのかもな… 本当に虫唾が走る。」
ゲイルは話をしながらギュッと拳を握り、怒りを堪えている。コールもその様子を見て同じ気持ちだと思った。
コール:「昔のこととは言え気をつけてくれよ。今も昔も帝国の中でやつらほど不気味な者はいない。」
ゲイル:「気をつけるなら、コール、お前もだ。王の相談役にして、王国で指折りの魔術師っていわれているんだからな。」
コール:「代わってくれないか?」
コールの言葉にゲイルは肩をすくめ、からかうような口調で答える。
ゲイル:「俺は王の前だと緊張でなぁ~」
コール:「貴族の目が嫌いなんだろ。さて、不穏な話の後だが、もう一つはお前に見てもらいたい。」
ゲイル:「見る?なんだそのカバンは?」
コールは話をしながら長方形のカバンからある物を取り出して、ゲイルの前に置いた。ゲイルにはその銀色の物が何か検討がつかなかった。
○森の狩場
イチカとアーサーは農夫と話した後に山にある狩場に着いた。狩場は川の上流にあり、鹿やウサギなどの草食動物がよく姿を現す場所だ。二人は狩りを始める前に注意事項を確認することにした。
イチカ:「さて、今回は鹿に狙いを定める。足跡に注意して探すぞ。弓の準備はいいか?」
アーサー:「うん、大丈夫。昨日、手入れしたから壊れることはないよ。」
アーサーは自信満々に弓をイチカに見せた。今日の狩りは食料を確保するよりも、アーサーが一人前に獲物を狩れるようにすることを目的としていた。そのため、イチカはアーサーの様子を見て少し安心した。
イチカ:「準備万端だな。狼や熊とかの動物も狙っているから注意しよう。」
二人は上流周辺から鹿の痕跡を探した。しばらく歩くとアーサーが鹿の糞と足跡を見つけ、二人は獲物が近くにいると考えた。痕跡を辿って川の下流に行くと予想に反して獲物は見つからず、いつもより静かな雰囲気に違和感を覚えた。
イチカ:(おかしい。いつもなら、群れを見つけてもいい頃だ。それに他の動物まで見かけないのはなぜだ?)
アーサー:「兄さん、これ!」
アーサーに声を掛けられて、イチカが振り向くとそこには黒いローブを着た男が木にもたれかかっている。男は明らかに尋常じゃない量の出血をしている。
アーサー:「し、死んでるのかな?」
イチカ:「見てみるから、触るなよ。」
アーサーの顔が強張っているのを横目にイチカは倒れている男へと近づいた。
イチカ:(息はないな。狼や熊の歯形ないから、死んだのはつい最近か…さっきの話で出ていた不審者の特徴に一致する。しかし、なんで死んだ?)
アーサー:「おじさんの話で出た人かな?」
イチカ:「そうだろうな… 胸に刺し傷があるから、人にやられたか…アーサー。」
アーサー:「な、なに?」
イチカ:「すぐに帰るぞ。このまますぐ近くの街道に出て走る。もし、なにか危ないと思ったら、俺を置いて走って親父たちに伝えてくれ。」
アーサー「で、でも…兄さんを置いて逃げるなんて…」
イチカ:「俺はいいから!この事を伝えるのが一番大事だ。いいな。」
イチカは不安そうに答えるアーサーを強引に言い包めて、二人は急いで家に向かって走った。
○ゲイルとコールが話をしている応接室
ゲイル:「これはなんだ?」
コールが長方形のカバンを開くと中には細長く銀色の物が入っていて、ゲイルはそれを不思議そうに見ている。
コール:「これは先日、王都にいる時に知人の魔術師から貰ったんだ。知人が言うには賢者達の一品らしい。」
ゲイル:「賢者!?賢者ってあの伝説の?」
コール:「そう…エルフ、ドワーフ、人族の三人で様々なものを作り出し、医療魔術などの魔法術式に多大な影響を与えた人物たちだ。」
ゲイル:「本物ならとんでもない価値だろう。確かドワーフの国には首飾り、エルフの国には剣があるという話だったな。」
コール:「それと帝国にも鏡があると言われている。しかし、これが何に使うものなのかさっぱりわからない。譲ってくれた知人も色々と調べたが、結局わからなかったらしい。」
ゲイル:「なるほど…しかし、なぜ俺に見せる? 俺はお前のように学もなければ魔術に関しては門外漢だぞ。」
コール:「だが、戦闘のプロだ。これが武器ならば、詳しいかと思ってね。」
ゲイルは鈍い銀色をした物を両手で持ち、まじまじと見ながら首を捻る。
ゲイル「うーん…しかしなぁ… 帝国の精鋭が銀色のクロスボウを持っていたが、これには矢をつがえる部分がないしな。この中心の部品は何だ?回転するみたいだ。ん…この全体にある模様は…術式か!?」
コール:「そうだ。しかも三つの独立した術式が施されている。さらに凄いのは木の部分に鉄で加工された魔鉱石が埋め込まれている。」
コールの説明にゲイルはさらに驚き、ますます訳が分からないといった顔をしている。
ゲイル:「見ればみるほどすごいな。だが、一般的に術式は最大で2つまでしか扱えないはずだろ?」
コール:「命と引き換えなら理論上は3つ使えるらしい。」
二人がそれを見ながら話をしているときにバタンっ!と扉が開き、慌てた様子のイチカが入ってきた。
イチカ:「失礼します! 二人に伝えたいことが…!?」
部屋に入ったイチカは二人よりも机に置いてあるものに一瞬で目が奪われた。イチカはそれを知っている。恐らくこの世界で一番それを理解している。
イチカ:「…っ。」
(なっ!? これは…どう見たって銃だよな。形は西部劇でよく見るリボルバーとライフルを合わせたみたいだ。)
慌てた様子で入ってきたイチカだったが、ゲイルが机に置いたものを見て言葉を失った。ゲイルとコールは何事かと驚き、イチカの顔を見る。
ゲイル:「どうした?イチカ、そんなに慌てて。」
コール:「? これが気になるみたいだね。触ってみるかい?」
イチカは二人に話さなければいけないことを忘れ、コールの提案を受け入れた。恐る恐るそれに手を伸ばし、慣れた手つきで確かめる。
イチカ:「あ…はい。」
(この重みやトリガーの感じから玩具じゃない。弾は…入っていない。ストックには…弾が埋め込まれている。前世で撃ったことがある44口径と同じくらいか? その周りには術式が施されている。)
イチカは全てを忘れたようにその〔銃〕に触れ、すんなりとシリンダーを展開して中を確認している。ゲイルとコールは慣れた手つきでシリンダーを展開した様子に驚いた。
イチカ:「コールさん…」
コール:「なんだい?」
イチカ:「魔力を込めてもいいですか?」
その言葉にコールとは驚き、戸惑った様子でゲイルを見る。普通、魔術の心得がある者は無闇に魔力を込めたりはしない。それはどんなことが起こるのか予想できないため、〔魔力を込める〕ということはそれが何に使うか理解した場合のみ行われる。
コール:「私は構わないが…」
ゲイル「いいぞ。ただし、加減しろよ。」
ゲイルの了承を得た後、イチカは持っている銃に魔力を焦らずゆっくりと込めた。その瞬間、何かに引きずりこまれるような感覚に襲われた。
ゲイル:「おい!イチカ!」
コール:「イチカくん!イチカくん!」