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第九話 棚ぼたにあぐらをかくべからず

 リムジンでの移動中、俺と竹内はおそらく今まで生きてきた中で最も姿勢よくシートに座っていたに違いない。俺たちは後方座席に並んで座り、向かい側の中心が一条(パパ)、向かって右が夏菜で左が春香さんだ。


「まずは池之内さん、夏菜の件では大変に世話になった。お礼が遅れてしまって申し訳ない」

「い、いえ、そんな」

「それに聞くところによるとその日の昼食までご馳走になってしまったとか。これには十分に小遣いを与えていたのに、重ね重ね礼を言う」


 あの時女子高生の小遣いなんかたかが知れているなんて勝手に思ってごめんなさい。きっと夏菜の小遣いからすれば俺の収入の方がたかが知れていることだろう。


「私が出すって言ったのに池之内さん、社会人としてダメだからって出させてくれなかったんです」


 今ここでそれを言うか。


「これ夏菜、池之内さんの言うことが正しい」

「でも……」


「池之内さんが言ったのは建前だ。この人は公衆の面前(めんぜん)でお前に財布を出させると危ないと気遣ってくれたのだよ。そんなことも分からないでどうする?」

「そうなの? 亮太さん」

「あ、う、うん。そうだよ」


 嘘です、すみません。三千円とか五千円くらいしか持ってないと思ってました。


「ところで池之内さん、仕事を探しているのかね?」

「は?」


 何でそんなことを知っているのだろう。俺が会社を辞めると話していた時には、まだ一条父は到着していなかったはずだ。まさかこの短時間の間に俺のことを調べたというのか。まあ俺は向こうからすれば、大企業の社長の娘に近づく変な虫だ。調べられて当然かも知れない。


「いやなに、少し君のことを調べさせてもらったのだが……」


 ほらやっぱり。


「君、つい最近ドーダという転職サイトに登録したね。あそこは我が社のグループ会社だからすぐに分かったよ」

「へ?」


 あの転職サイトとしては最大手と言っていいドーダも一条グループだったのか。


「年齢は二十八歳、今の会社には大学を卒業してから六年間勤めていたようだね。なぜそこを辞めるのかな?」

「お父様、初対面でそんな質問、池之内さんに失礼ですよ」


 そこで春香さんが追及を阻止してくれた。奇麗なだけじゃなくて機転も利く人だ。正直竹内なんかにはもったいないと思う。だが――


「いや、私は彼に興味があるのだ。彼さえよければうちの会社に来ないかと思ってな」


 一条グループは就職先ランキングでも常に上位五本の指内をひた走る人気企業である。そこに俺を入れてくれようと言うのか、この人は。


「亮太さん、ぜひぜひ!」


 何故か夏菜が嬉しそうに声を弾ませる。しかし俺ごときがあんな大企業でやっていけるのかというと少々不安だ。


「あの、大変ありがたいお話しなのですが、私には中途半端なスキルしかありませんし」

「得意分野を伸ばせばいい。一芸に(ひい)でる者は多芸に通ずと言うだろう。そのための時間と環境は用意しよう。春香、お前のビルの七階は空いたままになっていたな?」


 これが大企業を束ねるトップのやることか。目まぐるしく話が進んで行くようで、凡人の俺についていけるのかどうか。


「そこに例のプロジェクトの開発環境は造れるか?」

「はい。回線も本社と直接繋がっているので問題ないと思います」


 そう言えばさっきお前のビルって言ってたけど、まさかあのビルが春香さんの持ち物ってわけじゃないよね。


「どうかね池之内さん、我が社に力を貸してはくれまいか」


 もしこれが一条父の言うお礼だとすれば、痴漢からの救出という、人としてただ当然のことをしただけの代償と考えると大き過ぎるものだ。しかし俺は甘んじてこの、一見棚ぼたのような話を受けようと決心した。棚ぼたを棚ぼたとせず、自分の力で何かを切り拓いてみたい、そのチャンスをもらえたと思ったからだ。


「一条社長」

「うん?」

「このお話し、ありがたく頂戴したいと思います」


 その時の夏菜の嬉しそうな表情は今でも忘れられない。更に驚いたのは春香さんの視線だった。彼女は付き合っている竹内ではなく、俺に熱い眼差(まなざ)しを向けていたのである。


「そうか! では頼むぞ。詳しいことは春香に伝えておくから、後ほど娘から聞いてくれ」


 一条父は満足げに頷くと、その視線の矛先を竹内に向けていた。

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