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第六話 よそよそしいメッセージ

「何だか元気ないですよ、池之内さん。もしかしてもうフラれちゃったんですか?」


 竹内に悪気がないのは分かっている。しかし今もっとも触れてほしくない部分に無遠慮に踏み込んでくる奴を相手にするほど気持ちに余裕がなかっので、俺は彼を無視することにした。


「あれ? マジにフラれたとか?」

「いいから仕事しろよ」


 今日を入れてこの職場に来るのもあと三日だ。竹内の方は来週から新たに始まる第二フェーズのプロジェクトの準備で忙しそうだが、そこに関わらない俺はほぼ何もすることはない。


「池之内さん、気分転換に外行っちゃっていいですよ。何かあればメールしますし、何もなければ退社だけしに戻って下さい」


 彼が言っているのはタイムカードシステムに打刻だけしにくればいいという意味である。やることのない俺は居ても仕方がない。外に出て喫茶店で時間を潰すもよし、映画を観てくるのもよしといったところか。


「悪いけどそうさせてもらうわ」


 妻を失った時と比べれば大したことはなかったが、それでも軽く喪失感を覚えていた俺は、ありがたく竹内の言葉に甘えることにした。




 どこのオフィスも始業して間もない時刻、人影はまばらだった。そんな中をまずは客がほとんどいない大手チェーンのカフェ、スターボックスに入る。何だか長ったらしい名前のメニューはよく分からないので、アイスオレを注文して俺は窓際の席に陣取った。


「この街もあと三日か」


 酒もあまり呑まないしギャンブルもやらない、よく言えば堅実だがつまるところ無趣味の俺は余分な金を使うことがほとんどない。


 実を言うと陽子と二人でいた時の蓄えもそこそこあるし、事故の保険金もあるから基本的に生活には困ることはない。ただしこの蓄えも保険金も、俺は死ぬまで使わないつもりでいる。何故ならそれを使ってしまったら、妻との繋がりが消えてしまうような気がしていたからだ。


 独りになってから貯めた金はせいぜい今の会社の給料一ヶ月分といったところだろう。つまりこの一ヶ月の間に次の仕事を見つけなければならないというわけである。


「亮太君、叔父さん事業を始めようと思ってね」

「はあ」


「そこで相談なんだが二千万ほど貸してくれないか。もちろん、事業が軌道に乗ればすぐに返すし、君のことは役員待遇で迎えるつもりだ」


 親戚の何人かは保険金目当てのこんな話で俺から陽子を奪おうとした。だからそんな奴らとは早々に縁を切ってやったよ。


「陽子……」


 ふと彼女の名を口にすると涙が出てくる。さすがに人に見られるのは恥ずかしかったので、俺はほとんどアイスオレを減らすことなく、カフェを後にした。


 それから映画館で映画を数本観たところで、そろそろ定時の時刻になっていた。竹内からはメールがなかったので、特に何も起こらなかったのだろう。これでいったんオフィスに戻って打刻すれば今日の業務は終了というわけだ。


 そんなことを考えながら映画館を出たところで、メッセージの受信を知らせる振動がスマホから伝わってきた。誰だろうと思って開いてみると、驚いたことに夏菜からだったのである。


『亮太さん、今日この後お時間ありませんか?』


 昨日までとは違い、絵文字が全くない用件のみのメッセージだ。俺のことはもう忘れられると思っていたが、彼女からのメッセージは少しばかり心が踊る気がする。しかしこの味気ないメッセージを見ると、恐らく楽しい内容ではないだろう。もっともこれが最後なら、時間を割くことくらいやぶさかではない。


『大丈夫ですよ。どうしました?』


『あの……昨日はごめんなさい。突然メッセ止めたりして』

『気にしてませんよ』


『やっぱり、怒ってますよね?』


 怒ってるも何も、メッセージを止める時のルールなんて指定していないのだから彼女に罪があるわけではない。だから普通に返したつもりだったんだが――


『全然、怒ってなんかないですよ』

『怒ってるじゃないですか。すごくよそよそしい……』


 最初によそよそしいメッセージを送ってきたのはそっちでしょ、と返したかったがそれはさすがに大人げないと思いとどまった。


『そんなことないって』

『ホントですか?』

『ホントホント』


『あの、聞いて頂けますか?』

『うん?』


 この後の彼女からのメッセージで、俺は驚いて腰を抜かしそうになってしまった。それはメッセージを止めざるを得なかった理由と共に、時間があると返したことを後悔させる内容だったからだ。


『じゃ、六時に駅近くのスターボックスの前で』


 ほとんど手を付けなかったアイスオレはもう残ってないよな。そんな馬鹿なことを考えてしまうくらい、その時の俺の頭は思考停止状態だった。

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