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第十五話 サクラが咲いた日

 あれから三年の月日が流れた。ビルの七階のオフィスも、今は二十人ほどの社員たちが働いている。


「部長、データ取り込みテスト完了です」

「エラーは?」

「ありませんでした」


「よし、すぐ本番移行に取りかかってくれ」


 俺はこのオフィスで部長となっていた。いくつもの新システムを作り上げた業績を買われたもので、決して夏菜のコネなんかではない。


 その夏菜だが今日は四月一日、本社での入社式に臨んでいる。彼女は三年前の言葉通り大学には進学せず、この一条グループに入社したというわけだ。


「部長、今日はいよいよ彼女がやってくる日ですね」

「あ? そうだったか?」

「またまた〜、本当は楽しみで仕方ないくせに」


 夏菜とはとうとう去年、俺が根負けする形で付き合うこととなった。それでも毎日学校帰りにオフィスに来ていた彼女は、すでにここでも大人気だったのである。もちろん、一条グループの社長令嬢だということと俺の彼女であるということは周知の事実だった。だから社員がこうして俺をからかっているのだ。


 その社員の言った通り、夏菜は入社式を終えたらオフィスに来ることになっていた。他に数名の社員もここに配属されるので、彼らを伴ってやってくるはずである。入社式は午前中に終わるはずだから、そろそろといったところか。


「あれ、事故ですかね」


 その時だ。ビルの下からけたたましいサイレンの音が聞こえてきたのである。瞬間、俺は嫌な予感がして窓の方に駆け寄っていた。しかしそこからだと何も分からない。


「ちょっと様子を見てくる!」


 血相を変えた俺の姿に社員たちが驚いたような視線を向けてきたが構うものか。夏菜、まさか事故になんか遭ってないだろうな。背中に寒いものを感じながらオフィスの扉を開けた瞬間、俺は柔らかいものとぶつかってしまった。


「亮太さん? どうしたんですか?」

「夏菜!」


 よかった、無事だったよ。夏菜が無事だった。慌てた俺は我を忘れて彼女を抱きしめていた。


「ヒューヒュー!」

「部長、見せつけてくれますね!」


「ちょ、亮太さん! 亮太さん!」


 そこで俺ははたと我に返る。しまった、やっちまった。そう思った俺の目の前に、真っ赤になった夏菜の顔がある。


「大丈夫ですか?」

「いや、サイレンの音が聞こえたからつい……」


「ああ、ガス会社の車が鳴らしてましたね。ガス漏れでもあったんでしょうか」


 が、ガスか。そう言えばガス会社の緊急車両にもサイレン付いてたっけ。あれ、パトカーや救急車より大きい音鳴らしているような気がするよ。


「どうでもいいですけど、そろそろ離して下さい。ちょっと恥ずかしいです」

「え? あ、ああ、ごめん」


 言いながらも夏菜は少し嬉しそうにしている。そして彼女は離れ際に耳元でこんなことを囁いた。


「心配してくれたんですよね。ありがとうございます」

「う、うん……」


 その後この件は、しばらくの間オフィスの語り草になったのは言うまでもないことだろう。




「おめでとう!」

「部長、おめでとうございます!」


 夏菜が俺の下に配属されてから一年、十九歳になった彼女と俺は、一条(パパ)の許しをもらって婚約したのである。挙式は来年の四月、俺たちが初めて出会った頃に執り行われる予定だ。


「あれからもう四年なんですね」

春美(はるみ)ちゃんももう一歳になるのか」


 春美ちゃんとは春香さんの娘、つまり竹内の娘でもある。彼は何とか一条父を泣き落として、春香さんと二年ほど前にゴールインしていたのだ。ただし一条家には入らず、そのまま竹内の性を名乗っている。つまり、一条家は俺が婿養子に入って継ぐことになるのだ。


「亮太さんと出会ったのも、ちょうど今頃でしたね」


 そう言って笑う夏菜はあの頃から比べるとずい分と大人らしく、そして美しくなっていた。陽子のことは今も忘れてはいない。しかし俺はこの新しく家族になる彼女を、一生をかけて愛していくつもりだ。


「陽子さんの月命日、もうすぐですよね?」

「うん」


「次は私も連れていって下さい」


「ん?」

「ちゃんとご挨拶しないと。亮太さんのことは私にお任せ下さいって」


「夏菜……」


 満開の桜の下で、俺は夏菜を抱きしめていた。サクラが咲いた日、それは俺たちの心が出会った日だった。

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