20.計画
本日3話目
トルユスは言った。
「その、だから、本当に、あの、アーリは、人より魔力が多くて、それで、俺の事好きでいてくれるから、俺もアーリがすごく好きで、大切だから、その、尽くしてくれるだけで力がもらえるんだけど、その、順序が逆っていうか。純情とかいわれたら嫌だけど、大事で、だから、元気になるからっていうのじゃなくて、好きでしてくれて、ついでに力もついてくる、みたいなのが、俺は、理想で」
長々と離そうとするので、私はため息をついた。
私は赤いままの顔を上げて、トルユスに言った。
「それを、初めから、言ってくれたら、良かったのに。好きだから、その、大丈夫なのに」
トルユスは黙った。少し困ったように。
「でも。アーリは、そういうの無縁で生きてきたの、俺、知ってる。頑固で、そういう話は耳にする環境で暮らしてたけど、でも俺が守ってたんだ。親父として。オープンな性格じゃないのも分かってる。真面目だってのも。俺が弱ってたら力を与えようと毎日尽くしてくれるって分かってた。でも、それは・・・俺が嫌だったんだ。純粋に、好きでいて欲しくて、混ざっててほしくなくて」
無言になって、私は少し離れていたのを、トルユスにまた近寄った。
「もたれていい?」
と一応聞いてみる。
「うん。もちろん」
と許可がでるので、もたれてみる。とても恥ずかしい。でも嬉しい。
「トルユスが、ものすごく私を大事にしているって、よく分かった」
「・・・うん」
「抱き付くだけだったら、弱いの?」
「あ、いや、抱き付くだけでも、俺は嬉しい」
「ふぅん」
ギュウと気持ちを込めて抱き付いてみる。ポンポン、と宥めるように背中が叩かれる。トルユスだ。
どうしてまるで子どもをあやすみたいな態度なのか。
ふっと笑えて、私もお返しにポンポンと背中を叩いた。
「ねぇ、成長して元気になったから、移動できる? それとも宿で働く?」
「・・・アーリ。あのな。俺、まだ言ってない事が、山ほどある」
「・・・今教えてくれるの?」
「うん。秘密の話だ」
「うん」
「・・・この宿、今日で出よう。余った金があるならそれ貰って、それで食料買い込んで。もし無かったら、ごめん、アーリの宝石1コ売って、やっぱり食料を買いこむんだ。持てる限り。それで・・・まとめて、王都に移動しよう」
「王都?」
私は抱き付きながら瞬いた。まさか王都とは考えていなかった。もっと人の少ない辺鄙なところで、のんびりと暮らそうと思っていたのだから。
「王都だ。あのさ・・・。思い出して欲しい。俺とアーリが会ったのは、一番初め、アーリの親父が、俺を勝手に魔方陣に放りこんで、俺とアーリを会わせたからだ」
「・・・うん」
少し身を離して、お互いの表情を見つめあう。
「俺は、アーリの親父から、指令を受けてる」
嘘、と驚いたが、声には出さなかった。打ち明け話の邪魔になりたくなかったからだ。
「近いうちに、魔族は人間に宣戦布告する。もう数年もないだろう。魔族は、今力を蓄えてる。俺だって戦力の一人だ。・・・勧誘されたんだよ、死んだ時に」
思わぬ話に、キョトンとした。その表情を見て、トルユスは柔らかく目を細めた。
「秘密だぞ。アーリは俺の花嫁だ。だから打ち明けるけど、本当は人間に漏らしたなんて知れたら殺される」
コクリ、と頷く。絶対に秘密を漏らすマネなどしない。私がそんな人間ではない事を、トルユスは知っているはずだ。
「普通は死んだら天国に行くんだろう。けど、直接人間を殺したことがある人間を、魔族が先に勧誘してる。このまま死ぬのか、もし未練があるなら、記憶を持たせて魔族として生き返らせてやろう、って。俺は・・・アーリが心残りで、魔族を選んだ。そういうので魔族になったのがもう半分ぐらいいるらしい。人間を殺したくて、復讐したくてたまらないってヤツラだ。うまいこと考えたなと感心するよ。そこに、アーリの親父も入ってる」
「お父様」
やっぱり。魔族になってる気がしてた。
「だけど、あの人だけ別だ。まだ死んでない。人間のまま、魔族になっちまった」
「え?」
「死んでないんだ。生きたまま。直接聞いたことはないけど、噂では、親父さんが魔族を呼び出したそうだ。魔王クラスを呼び出したけど、親父さんの方が強かったか、何か協力しあえるものを見つけたのか。呼び出された魔族が話を持ち掛けて、親父さんがその話に乗った。人間の身体のまま、魔族側に入ったんだ」
「嘘」
とは呟いたが、きっと本当の事だろう。
「どうして」
と続けて素直に疑問が出て来る。
「親父さんは、親父さんの特別な人を殺した、人間の貴族を根絶やしにしたいって噂だ。殺されたのは奥さんだって聞いてる。アーリの母親なんだろうって、俺は思ってる」
「・・・」
「・・・魔族ってさ、俺自身もだけど、どうも力はあるけど馬鹿っていうか。よく人間を殺した人間を勧誘すれば良い、なんてアイデアを思いついたな、と感心するほど、馬鹿なんだよ。だからこそ、知恵はある人間と五分五分の争いだったんだ。今まで」
トルユスが説明を続けてくれる。
「そこに、アーリの親父さんの頭脳が魔族側に入ってきた。魔術も使えるしな。俺が魔族になった時には、すでに宰相と呼ばれてた。俺が魔族になったのも知ってたみたいだ。・・・俺がいうのも悔しいけど、アーリの親父さんはそれなりにアーリを気にかけてる。俺をキツイ環境に追いやって成長を促したのもアーリの親父さんの策略だ。初めてアーリに会った後、親父さんが直接俺のところに来た。『いくら強くても一人では勝てない事がある。頼れるものには頼る方が良い』なんて唐突に言ってさ。アーリの事、任しにきたんだと思った」
思わぬ話に、耳を疑いそうになりながら、聞いている。
「・・・魔族から、俺は役割を与えられた。アーリを守りながら、俺は仕事をしなくちゃいけない。でもそうしたら、俺は特別待遇を受けられる」
「え?」
「俺はお前が、立派な屋敷で、ドレス着て、きれいな長い髪で、笑ってる姿を、どうしても見たくて。アーリは嫌だって言うけど、それが俺の夢で」
「・・・トルユスがそんなに見たいなら、構わないけど」
どうしてそこまで、私の生まれに固執するのか不思議だ。だけど、それがトルユスの夢で、ひょっとして心残りなら、叶えてあげたい。
「うん。アーリは、俺がいさえすれば、良いんだろう?」
「うん」
「絶対、約束するから。だから俺のエゴを、満たして」
「良いけど。だから、そのためにも、魔族の仕事をするの?」
「そうだ」
「ねぇ、人間はどうなるの? 全滅?」
結構、とんでもない秘密を打ち明けられたな、と今更ながら気づく。
人間に愛情を持っているかと聞かれると、そんな事を考えたことはないので微妙だが、だが全滅しろと恨んだことも私にはない。
「全滅はないと、俺は思う。アーリの親父さん、屋敷の後妻を大事にしてたみたいだし、多分、どこかに逃がすと思ってる」
「あ。マリア様たち」
と私は思い出した。
トルユスとの暮らしで一杯一杯で、もうすっかり忘れていた。でも確かに、父はとても微笑ましそうにマリアたちを見つめていた。
「俺には全ては分からない。だけどアーリだって人間だ。全滅ってことはないはずだ。アーリの親父さんが宰相なんだから、どこかでセーブすると俺は思う」
「ねぇ、具体的に、どんな仕事をしろって話なの」
「本当は、色んな町に行けと言われていた。普通、人間の場所に魔族はいない。魔族召喚は人間にとっては禁忌だ。親父さんはやっちまったし、アーリもやったけどな。その上、例え禁忌を犯したとしても、アーリみたいに、一生涯傍にいて、普通に暮らしたい、なんて望まない。誰かを殺せとか、突発的な望みが多いらしい」
「ふぅん・・・」
「つまり、魔族がこんな風に、人間の場所に普通にいるってかなりレアだ。あまりに強いと人間側に存在がバレて殺される。弱いと人間の場所では生きられない。だけど俺は弱いけどなんとか生きていける」
「相思相愛だし」
と私は言ってみた。
トルユスはコクリと頷いてから、少し頬を赤く染めた。
その様子に少し構いたくなり、その頬をチョンチョンと突いてみる。
トルユスは少し視線を動かし、急にパクッと指に食いつこうとした。
私は慌てて指をひいた。トルユスがどこか勝ち誇った顔をした。
ムッ。負けた気分。
今度はトルユスが私の頬をからかうように突いたので、噛みついてやろうとして、指先を逃した。
ハハハ、とトルユスが楽しそうに笑い声を上げた。
「アーリ。愛してる」
笑いながら、そんな事を言ってきた。
「今いうのズルイと思う」
と私はむくれた。
「アーリは?」
「同じです」
「それズルイだろ」
「後でね」
「ズルいよな?」
「話が、途中」
「分かった」
急にトルユスが主導権を握る。
少し不満。表情にそれを出してみたら、トルユスが少し静かになって、真面目に謝ってきた。
「ごめん。体調が戻って、嬉しくて、調子に乗った。ごめん」
急にそんな風に謝られると、こちらも困る。ちょっと構いたくなっただけなのだ。
「こっちこそ、ちょっとごめん」
そう詫びると、またトルユスが楽しそうに笑んだ。
***
改めて、真面目な話の続きを聞いた。
今のトルユスは、あまり強くない。だから、色んな町に移り住むのは無理だろうという事だ。
「最終的には王都に住むように言われてる。魔族の俺が住むことで、人間の場所に魔族のつけいる隙ができる。・・・ただ、王都には優秀な魔術師も多い。俺が魔族だと見抜く人間がいるだろうと言われてる」
そんな話、不安になる。
「王都は重要らしいから、どうしても。アーリの親父さん管轄の屋敷が、王都にはあるって。親の暮らしていた屋敷で、もう無人だから、住むと良いと言っていた。そこに移動しよう」
それよりも。
「トルユス、魔族だとバレたらどうなるの」
「少なくとも引き離される。・・・逃げ道はいくつも用意しよう。守る。俺の手が届かなくなっても、アーリなら、必ず親父さんが介入してくれるはずだと、思ってる。前に殺されかけた時、親父さんが助けてくれただろう」
前?
「俺とアーリが親子になるきっかけの夜だ」
・・・トービィに殺されかけた時。
でも。
「トルユスは?」
私の事より、魔族のトルユスの方が心配だ。私はトルユスの手を両手で握った。
「アーリを残して死ぬなんてごめんだ。どんな手を使っても生き延びる。誓う」
「誓うって言っても、どうするの。だって私と離れたら、息もできないって」
「でも、王都は、どうしても必要なんだ。危険でも」
「・・・私と、魔族と、どちらが大事なの」
馬鹿な女の質問だと、分かっている。だけど私は聞いてしまった。
なのにトルユスは易々と答えをくれた。
「アーリが一番だ。ただ、俺とアーリの夢見る暮らしに、魔族の野望が乗っかってて、それがうまく行けば俺の夢が叶いまくるから、魔族の計画に乗りたいっていう、そういう事」
「・・・トルユスが魔族ってバレた時の事、きちんと逃げ方を考えてくれるなら、良いよ」
「うん」
「愛してるから死んだら嫌だ」
「っはは。今。俺もだ。・・・今度こそ俺が、アーリを幸せにする」
「私、トルユスを最後一人で死なせてしまった」
「あれは気にするな」
「違う。たくさん愛情もらって育ててくれた。全部愛情つぎこむね、トルユス」
真剣に告げると、トルユスが言葉を飲み込んだようにして、嬉しそうに笑った。
***
宿屋の主人に別れを告げる。
トルユスが、小さな石を主人にお守りだと言って贈る。今までの御礼で、肌身離さず持っていて欲しいと。
密やかにこれは、彼を生き延びさせて欲しいと魔族に伝える手段で。
そして宝石を1つ売り、代わりに食料を大量に受け取る。ついでに鞄も入手した。
10号室に戻る。
トルユスの指示に従い、水で床に円を書く。持って行く全てをその中に入れる。
トルユスと私と、手をしっかり握りあう。
ここから直接、王都の屋敷に移動するはず。
きっとトルユスはまた動けなくなるだろう。
大丈夫。食料もあるし。なにより私がついている。
毎日、手を握って、ご飯を作って、キスをあげる。
花に水を遣るように。
元気になったら、ちょっとずつ王都を二人で歩こう。
具合が悪くなったら、休みながら。まるで普通の人たちのように、暮らしていこう。
魔族は、そのうちに人間に宣戦布告するらしい。
トルユスが魔族の要になる。私は、人間の敵になるようだ。
だけど、私はトルユスの傍で、幸せに生きるだろう。
屋敷の父が復讐に成功して。誰かがむごたらしく死んで。
どこかで人間が生き延びて暮らし。
人間の王都だった場所で、魔族が祭りに騒いでも。
トルユスと一緒だというだけで。とても幸せだと言うだろう。
「王都に着いた」
と、トルユスが言った。
握っていた手を、互いにギュッと握りしめた。
END




