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12.父の品々

真実を伝えるな、などというメッセージ。


何をどこまで信じるか判断に困るが、とりあえず私は、虫が蠢くような状態のドアを全く触りたくない。つまり開けたくない。

幸い、食料が少しある事は分かったし、この部屋は母エレナが暮らしていた部屋と繋がっている。母エレナは廊下にさえ滅多に出なかった、つまり外に出なくても暮らしていける環境がここにはあるという事だ。


それに・・・。

私は、ドアの外で心配している様子のマリアと執事長たちにこう伝えた。

「ドアは今は開けられそうにありません。中に泊まる事ができる部屋があるので、そこで休めそうですので、とりあえず今日はそこで過ごしてみます」


「けれど、アリシエ様。お食事のこともございますし、もし出てくることができなくなっているなら、一刻でも早く対応を考えませんと・・・」

マリアはやはり正しく心配してくれているようだ。


「父が残した保存食がありました。それを食べてみる事にします」

「まぁ、そうでしたの」


「はい。それから、」

私はふと思ったことを、良案だと思って説明に使った。

「ひょっとして、私も、この一度しか入れないかもしれません」

まちがえた、と、あの子どもが思った様子に見えたから。つまり、今回だけ特別に入れたのかも。

「父の部屋に入れるのは今のこの一度切りだとしたら、十分に中を確認してから出た方が良い気がします」


「まぁ・・・パセド、どう思いますか?」

マリアは、連れてきた魔術師に確認しているようだ。

魔術師がうーん、と唸っている。

「分かりません。でも、入れたアリシエ様がそう思われたなら、それが正しいかもしれません。奥様、どうせなら、アリシエ様にどんなものを持ち出して欲しいか頼まれてはどうでしょうか」

「まぁ」

マリアが少し驚いた声がする。


それから、どうやらドアの向こうでは相談が始まったようだ。

「王家が求める価値のあるものはどのようなものが良いのでしょう」

「貴重な魔道具では」

と答えたのは執事長だ。


ちなみに、私にはどれが貴重でどれが貴重でないか分かる自信はない。

あぁでも、誰も入れないなら、どれが一番貴重か誰にも分からないだろう。ということは、適当にそれっぽく思えたものを持ち出せば良いか。


ドアの向こうで悩んでいるようなので、私は声をかけた。

「私には良くわかりませんが、何かよさそうなものを探してみます。ただ、持ち出すことができるかは分かりませんが、とりあえず」


少し無言があって、答えたのは執事長だった。

「はい。どうぞよろしくお願いいたします。ただ、アリシエ様、決して無理はされませんように。この廊下に人を配置いたしますから、何かありましたらすぐに外にお伝えください」


「ありがとう」

と私は礼を告げた。

やはり、全てが正しい人たちのように思える。


***


さて。

どうしたものか。


私は再び父の部屋の室内に目を遣った。

次に、母エレナの部屋への扉が閉まっているのに目を留める。

幼少時、この扉は常に開いていたから、閉まっている様子には違和感を覚える。


なお、母の部屋とは逆側に、もう1つ重厚な扉がある。あちらは過去も現在も閉まったままだ。

あちらは父が休む部屋だというが、踏み込んだことはない。一度見てみたい気もするが、まぁこのような状態で、あちらが開く事はないだろう。


さて私は母の部屋の状態を確認しようと、再び本の山を崩しながら移動し、ドアを押し開けた。

そして、開けた瞬間ギョッとした。

「えっ」


外に繋がっているように見えた。

一部が赤く夕焼けのようになった空が見える。夕焼けになりはじめ、といったところだろうか。

中央にはベッドがある。

だが、それは水の上に浮かんでいる。部屋の床である部分は、水だ。水面だ。

周囲、少し遠くに、ぐるりと木々が見える。湖だろうか。


視覚の影響で、チャポンチャポン、と水際の音が聞こえてくるようにさえ思える。


あまりに思いがけない光景に立ち尽くした私の前で。

床から水が引いて行った。

昔に見た、絨毯が現れる。ベッドへの道ができていく。


驚くしかない私の前で、床は正しく床の状態を取り戻した。

ただ、壁は、黄色と橙色が織りなす美しい夕焼けになりはじめの景色のまま。


私は慎重に周囲を見回しながら、一方踏み出した。

正しく床だ。


慎重に進み、ベッドにたどり着く。

辿り着いて、腰かけた。


それから周囲を見回した。


なんだろうか。これは。

でも、きっと父の仕業のはずだ。私が意味や理由を考えても仕方がないだろう。そう感じる。


私はため息をついて、ベッドに仰向けに倒れるように寝転んだ。

空が綺麗。幻覚なのか、実際に本当の空なのかも分からないが。


ボゥと見つめる。

それから転がってうつぶせになる。


母エレナが使っていたベッドだ。

私も、ここで昼寝をさせられた。母と話すのはいつもここだった。


母が死んでから、私はここに入ったことが無い。父は閉じこもり、そして私は屋敷から追い出されたのだから。


私は少し目を閉じた。

母への愛情は私には育たなかった。だけど、母エレナの事を思い返す。

ここにしか、母エレナの思い出はない。私には。


物思いにふけってしまう。

チラと壁に未だにある美しい空を見て、ぼんやりする。


母は、天国にいる。きっとこんなに美しい場所なのだろう。


・・・だから父は。母を偲んでこんな風にしてしまったのだろう。

母のいるはずの場所に、母を探したのかもしれない。


***


迂闊にもそのまま、うたた寝してしまったようだ。


私はグィと身を起こした。うつ伏せでよだれを垂らしていないか口元を拭ってみる。大丈夫そうだ。


周囲を見回す。眠る前の通りに美しい空がある。床は床のまま。


ただ、壁際に家具が現れていた。クローゼットや鏡台、テーブル、棚、風呂やトイレへ続くドアも。


寝起きのためにぼんやりしながら、着替えはあるかな、と私は思った。

母エレナは、いつも庶民の服を着ていた。ドレスなど見たことはない。

ドレスは父の部屋を移動しにくいから、母の服を借りられないだろうか。


中途半端に寝たせいで身体が怠い。ノロノロとクローゼットに移動して開けてみる。

そして私は首を傾げた。


美しいドレスしか、ない。

母の、いつも着ていたような服はどこだ。

目線を下げると、帽子が入っているだろう丸い箱、四角い箱・・・これは靴かもしれない、とにかく箱も積んである。


父が買い与えていたのだろうか。着る機会も無かっただろうに。


パァと、光が目の前を走った。

私は驚いて、瞬きをした。


声が聞こえた。

“アリシエにと、エレナが言った。エレナは外には出たくないので、アリシエにと”


「・・・」

なんとも言えない気分で、私は一着のドレスに手をのばした。取り出して、自分に当ててみる。

きっと極上の布。


私には勿体ない。

暗い髪色で、短く切ったまま。私にはこんなに美しい空色ドレスなど似合わない。


「他に着替えは無いの。お母様が普段来ておられた服」


“無い。全て・・・なくなった”


「無くなったってどうして。捨てたの」


“・・・呼び出そうと、術で全てを使った。全て失敗した。・・・きっと、呼び出しなどできない。幸せに天に昇ったのだろうから。私の手に、届くはずはない”


「・・・」

伝えられた言葉に私は無言になってから、やはり疑問に思って尋ねてみた。

「お父様は、生きているの?」

あまりにも、まともに会話が成立している。本人がここにいるとしか思えない。


“私の、葬儀は、2年前に行われている”

少し暗く、笑ったような雰囲気だ。


私は少し考えて、また言った。

「葬儀が行われた事と、死んだことは、同じにはならない。私は、お父様が死んだのかを聞いている」


笑った気配がした。

“ふてぶてしい。忌々しい。エレナはそのような性格では無かったのを、なぜ嫌な方に似るのか”


言い方に、私はムッとした。むかついたので、黙って返事を返さないでいてやった。


***


私はドレスを元に戻してから、父の部屋に戻った。

母の部屋で休むことできるのは確認できたので、宝探しを始めるべきだ。


マリアたちは、王宮に渡す品物を探している。一方の私自身も、これから屋敷を出て行くにあたり、持ち運びのしやすい、小さくて価値の高いものを求めている。


とりあえず・・・。


私は戯れに、すぐ傍にあった本を一冊手に取った。


古くさい匂いで、文字も読み辛い。

一体何が書かれているのかを知ろうと視線を走らせた。


***


うんざり。


私はすでに滅入っていた。

本は山積みだが、正直イマイチ価値が分からない。

私は文字は普通に読める。だが、父の愛読書には私の読めない単語が詰め込まれている。


ある程度読もうと努めてから私は諦め、本ではないものを探すことにした。

まずは父の机の引きだしだ。


と思ったら、鍵がかかっていて開かない。

食糧が入っている左下だけは特別だが、その他は鍵穴がついていない引き出しさえビクともしない。

父がガードしているようだ。


仕方ない。書籍で疲れていた私は、駄目元で部屋に声をかけてみた。

「マリア様たちが、王宮に品物を渡さなければ支援が受けられないって貴重なものを探してるんだけど。どれを出せば良いの」


何も起こらない。


と思ったら、本の山から、3冊が、パタパタとまるで鳥が羽を動かすように動いて、私の手の中に舞い降りた。

「・・・」


私はじっと見る。表紙は、細かい模様だ。

1冊のタイトルは『古代魔術史』と書いてあることは読み取れた。


「・・・これ、持って行けば十分?」

と確認してみたが返事はない。

ということは十分なのか。

なにぶん、価値が分からないので分からない。


「・・・お父様。あの、持ち運びができて、高価な品はない? 私はここを出て行く。留まる理由は無いし、お父様も出て行けという事だし」

と私は自分のものをねだってみた。


しばらく待つ。

しかし何も起こらない。


私はさらに待ってみてから、部屋の中を見回した。

やはり何の変化もない。


私はムッと眉をしかめた。

私にやる品は無いという事か。


その瞬間、本が宙から現れたように、突然ボトッと落ちてきた。

机の上に、バサと広がって停止した。


何だろう。

私は急いで机の上を確認した。左側半分に文字が、右側半分に美しい図形が描かれているページが開いている。


この本を持って行け、という感じではなく『これを読め』と見せられている感じだ、と思った。

マリアたちの分とは様子が違う気がするからだ。


なんだろう。

私は首を傾げて、マリアたちのための本を横に置きつつ、椅子に座ってじっと見つめた。

前のページもめくってみる。

それから本の表紙、背表紙を確認する。


おかしなことに、題名が無い。

加えて、真っ黒だ。ここに金字でタイトルがつけてあれば豪華な本だと思っただろうが、何の文字も無いので正体の掴めない気味悪さを感じる。


これは何の本だろうか。

開かれたページに指をいれて確保しながら、冒頭部分を確認してみる。

数ページ、何も書かれていない。

ようやく、何ページ目かに、小さな文字が書き込まれている。しかも手書きだ。


『厳重に注意すべき書』


ますます私の眉間にしわが寄る。


もう少し調べよう。


文字が黒く塗りつぶされていたり、塗りつぶしたところに別の字でヒントが書き込まれているページがチラホラとある。

どうも、怪しい。


ひょっとしてこれは、禁じられるべき書物?


トルユスとの暮らしの中で、そういうものもこの世の中にはあると聞かされていた。

そういう書物は、人の道に外れたような内容が書いてあることが多いそうだ。けれど欲しがる人は欲しがる。しかし表に出ないので高値で取引される、という事も。


だとしたら、闇で取引すれば高値がつくからこれを持って行けという事なのだろうか。

しかし、闇取引に参加できるような生き方は危ないからやめろとトルユスが注意してくれていたのに。


不快に息を吐きながら、パラパラとページを繰る。

意図的に分かりにくく書いてある気がするが、そもそも単語が難しいので私にはやはり分からない。


指を挟んでいたページをもう一度開く。

右側の図は全く意味が分からない。

左側が説明なのだろうとは思うので、読める単語を拾い読みする。


呼び出し・・・無人で見られてはならない・・・魔族


魔族?


そういえば・・・父は母エレナを呼び出そうとして失敗したとか・・・何かの召喚に使う魔術について書いてあるのだろうか?


「どうして私に必要なのか分からない」

と私は呟いた。


答えは返ってこなかった。

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