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9.急襲と救出

日付変わりましたが連続投稿2話目

※ご注意

結局、私たちはこの町に馴染んでいない、よそ者だったのだ。

もう少し様子を見て判断しようと、留まっていた数日後。


宿を出て町を並んで歩いていた時に、私たちは、いや、トルユスが急襲を受けた。

街中であるにもかかららず、強力な魔術が、しかも複数飛んできたのだ。

雷に打たれたようにビクリと跳ねてドッと倒れたトルユスに、私は一瞬理解ができず、ただ掴んでいたはずの服が指の先からすり抜けた感覚にゾッとして。

縄で縛られたように腕を身体の横に張り付かせて痙攣し転がっているトルユスの姿を見て、私は叫び声を上げかけ。

私の口を、複数の手が伸びてきて布で覆った。

私は瞬間に抵抗した。


何かが、誰かに気付かれた。

トルユスを連れて、逃げ出さなければ。


「落ち着いて! 落ち着いてアリシエお嬢様!」

「私たちは味方ですよ! 落ち着いて! 暴れないで!」

後ろから羽交い絞めにされているのをほどこうとして暴れる私に、何人もが声をかけた。

やっと耳に届いた声を聞きとった時、私は一瞬動きを止めた。


言われた言葉は聞き取れた。だけど内容が理解できない。

そして、目の前には、動けなくなりながら痙攣するトルユスに、町の何人もの男が乗りかかるようにして殴りかかり、縄をかける。


駄目、止めて!


私はまた暴れ出し、私を宥めようとする大勢から逃れようとした。

やっと口から布が外れる。


「止めて! 止めろ! 私の父親だ!」

私が叫ぶのを、周囲がまた否定した。

「アリシエお嬢様! そいつは誘拐犯です、お嬢様をずっと騙して連れまわしてた! お嬢様は先代のお子さんだって、ちゃんと分かってる! そいつは父親なんかじゃない、お嬢様を騙してる悪人です!」

「違う! 止めて、乱暴しないで!」

一生懸命腕を動かそうとして、複数の人の抑えから右腕が抜けた。私は腕を無茶苦茶に振り回し、自由を取り戻そうとした。


「止めて! 乱暴しないで、トルユス! 嫌だ!」

私の叫び様に、けれど周囲は必死で私を再び抑えようと取りついてくる。

「お嬢様は騙されてるんですよ! 6年前に、誘拐されて! 皆知ってます! 奥様がアリシエお嬢様の行方を探してるんです! 皆ずっとお嬢様を探してた!」

「嘘! 関係ない、止めて、殴るな、止めて!」

トルユスへの暴行を止めたいのに、届かない。悪い事に、私の体を皆が後ろにひっぱるので、トルユスから離される。

「嫌だ、トルユス、トルユス! 嫌だ!」


「お嬢様! 俺たちは味方だ、洗脳されてるんです、もう大丈夫です、安心してください!」

トルユスに乗っかっている大きな男が、私の騒ぎ様に顔をしかめて私に言った。

「違う! 私を守ってくれて育ててくれた、私の恩人だ!」

トルユスの顔がピクリと動き、私を見ようとした。

「トルユス! 嫌だ、助けて!」

「アリシエお嬢様!」

「おい、魔術師に頼んで眠らせて差し上げたら」

「おい、イーリアッド、お嬢様を眠らせてくれ、その男はもう動けない!」


「嫌だ!」

叫んだ直後、不自然な眠気が私を襲った。

嫌だ、嫌だ、嫌。


抵抗しようともがく。


だけどついに、抗えなくなった。


***


目を開けた。


いつか見た気のする、模様のある天井が高いところに見えた。


ハッとして飛び起きる。

辺りをみて、ここはどこかの貴族の家だと私は思った。


私の生まれた屋敷? 見覚えがある。ここは、客間のはず。

あぁ。では、やはり屋敷だ。

それから動きづらい事に気づいて自分を見てギョッとした。着替えさせられている。貴族が着る豪華な服に。


こんなところで寝ている場合じゃない。

私は慌ててベッドから降り、着地に失敗して転んだ。

左足首が痛んで、思うように動かせなかったからだ。

さすってみると、熱を持っている。どうやら騒ぎで痛めたらしい。

しくじった。


だけどそんな事に構っている場合じゃない。

私は左足を庇いながら移動する。

どうする。誰かに会った方が良いのか。それとも見つからないように出て行くべきか。


トルユスは、どこに。

聞くしかない。誰に聞けばいい。


恐ろしさで頭がガンガン鳴るような気分がする。

怖い。


「アリシエお嬢様!」

遠くから声が聞こえた。衣装からメイドのようだ。

「奥様と執事長にお知らせして! アリシエお嬢様が気づかれたわ!」

仲間への連絡だろう、叫んでから私の方に急いで掛けてくる。


思うように移動できない私はメイドを待ち、逃がさないと腕をつかんだ。メイドは酷く驚き動揺した。

「トルユスはどこ。私と一緒にいた大柄の男! 私を捕まえた時、縄で縛って、どこに連れていったの!? 会わせて! 今すぐに、お願い!」

「あ、わ、私は、詳しくは存じ上げておりません・・・」

メイドは怯えたように私に答えた。


「じゃあ誰が知ってる!? ・・・執事長! 執事長のディアスは知っているの!?」

「ディアス・・・でしょうか」

メイドは私の勢いに押されたようになりながら、瞬いて確認した。


「そう。執事長」

「執事長は、ウェステと、言う名前です」


「え?」

一瞬思考が止まったが、振り払う。

「何でも良い。詳しい事を知ってる人を早く呼んで!」

「は、はい。今、他の者が奥様と執事長に伝えに行ったところでございます。どうか、アリシエお嬢様、お部屋にお戻りください」


「すぐ来ないなら私から行く!」

私の剣幕にメイドは表情をこわばらせる。それでもメイドは何とか私を宥めようとする。

だけど、こんなやりとりの時間でさえ惜しい。

私は屋敷に確保されたようだ。でもトルユスは? あの時、周りは私をお嬢様と呼び、自分たちを味方だと言い、トルユスを悪者として暴力を振るっていた。早く会わなければ。すぐに手当てが必要な状態になっているのでは。


なぜこんなことに。


***


暴れる私の元に駆けつけたのは、見知らぬ若い男だった。

「この屋敷で執事長をしております。ウェステとお呼びください。アリシエお嬢様」


私は見ているものが信じられなかった。

「執事長? ディアスは・・・?」

呟きながら、この場に集まる使用人たちを見る。

知った顔が、いない。


嘘。

私は屋敷を見た。

屋敷は、建物は、間違いなく、私の生まれた家だというのに。


「ディアスは・・・高齢のため、数年前に風邪をこじらせて亡くなりました」

「嘘・・・ねぇ、待って。では、家政婦長を呼んで」

「リーメでよろしいでしょうか?」

執事長だという若い男、ウェステは、私の知らない名前を告げた。

嫌な予感がした。

私の表情から察したらしい、ウェステがそっと真実を告げた。

「・・・その前に家政婦長をしていたのはステアーノという年配の女性でしたが、前の執事長と同時期に、やはり風邪をこじらせて・・・。蔓延しており、年配の者がその時多く亡くなってしまったのです。・・・アリシエお嬢様、あなたのお父様のアルフレッド様も」

痛ましそうな表情だ。


数年前。


信じられない。

ただ。私は屋敷に起こったらしい不幸を頭から振り払った。

そんなことより、トルユスの事だ、と私は思った。急がなければ。


「ねぇ。私を捕まえた時、私の傍にいた男の人は? 私を育ててくれた、守ってくれた! 犯人だなんて濡れ衣だ! お願い、会わせて!」

「・・・落ち着いてください。彼は犯人ではないと?」

「私を、守ってくれていたの! ずっと! 早く会わせて!」

「・・・困り、ましたね」

執事長は呟いた。


「ウェステ」

小さな可憐な声がした。

どうやら使用人からの呼びかけではない。そう気づいて声の主を探す。

廊下、華奢な印象の貴婦人がこちらに向かってきていた。衣装、態度から、この人が後妻なのではと私は思った。


「廊下でなんて。アリシエ様をお部屋に」

「はい。奥様」


やはり。

私は、『奥様』と呼ばれた女性を見つめる。

大人しそうで、優しそうで。


この人は、私の訴えをきちんと聞いてくれるだろうか。

だが相手は貴族だ。きっと、私が正しく学ぶ事のなかった礼儀などに煩いはず。

トルユスについて訴えたい。だけど、どうすれば怒らせずに聞いて貰える。


「アリシエ様。お初にお目にかかります。私、マリア=デュ=フランテナンドと申します。旦那様はアルフレッド様。この家に、嫁いでまいりましたの」

「初めまして。・・・アリシエ、と申します」

私は家名を省略した。家に戻りたいのではないからだ。


「マリア様。お願いがあります。私と一緒にいた男の人です。私を助けてくれた恩人です。お願い、酷い目にあわされたのです、会わせてください。お願いします」

「まぁ」

マリアが驚いたように、頬に手を添えるようにした。それから、ずらして口元に持って行く。

「そう、でしたの・・・? ただ、アリシエ様。町の魔術師が何人も、真実を見て、アリシエ様を皆が助けてくれたのです。あなたは誘拐されてしまって。私たち、ずっとアリシエ様を気にかけていました。戻ってきたら見つけるようにと、町の人たちは願っていたようなのです」

「奥様は、懸賞金まで出されて、アリシエお嬢様を探そうとされていました」

ウェステが横から口を出した。


懸賞金?

ドクン、と私の心臓が跳ねた。


「待って。では、皆、お金目当てに、トルユスを犯人にして、手柄を。トルユスは私に親切だった! どうしてその真実は知らないのです!」

「まぁ」


無礼かもしれないが、私はこの家の娘ともう認められている。

私はマリアの手に縋った。左足首がうまく使えず、よろめいて倒れ込んでしまった。マリアは驚いて身を引きかけたのを、慌ててウェステが支えたようだ。

「ご、ごめんなさい。足が。でも、お願い、お願いします、トルユスに会わせて。ねぇ、それ以外望みません。私、戻って来たかったわけじゃない。幸せに暮らしてたんです、守ってもらってた! お願い、お願いです、どうか、お願いします」

「まぁ・・・」

憐れんだような声が上からした。バランスを崩してしまった私は下を見つめるしかなくて、それでも必死に訴えた。


「ウェステ。お医者様を。足を痛めてしまってるのね。可哀そうに」

マリアは先に指示をしてから、私にも話しかけた。

「アリシエ様。分かりました。行方を確認いたしましょう。でも、すぐには分かりません。どうか部屋にておやすみなさい。足も痛めているのです、歩き回ってはいけません」

「お願いです、どうか、トルユスを助けて」

「えぇ。お約束いたします。だから安心して、まずお医者様に見ていただかないと」


優しく語り掛けて来るマリアに、私は縋るしかなかった。

言われる言葉に頷き、手配が早くされるのを待つしかなかった。


***


トルユスの居場所が分かったのは、3日後の事だった。

私の足はねん挫だった。マリアたちは動かないようにと言ってきたが、私はどうしてもと頼み込んでトルユスのいる、牢屋に向かった。


どうして、私の恩人だと言っているのに、牢屋などにいれられたままなのだろう。


暗くてヘドロの詰まったようなにおいがする中を進む。

連れていかれた場所、鉄格子の向こうには何人もいた。


「トル、ユス」

私は躊躇ためらいながら呟いた。名前をこのような場所では口にしない方が安全だとは知っていた。

だけど、探すために呼ぶしかない。


アーリ、

と潰れたような声が聞こえた。

「トルユス!」

思わず近づくのを、慌てたように周囲が止めてきた。

「止めて!」

「お止めください、近づくのは危険です、ひっぱられますよ!」

「トルユスを出して!」

私は監視員に命じた。だけど私の命令など効果はない。


「お嬢様。お嬢様は騙されているんです。こいつは、悪人です。出すわけにはいきません」

「出して、私を、助けてくれた・・・育ててくれた!」


どうしてみんな、私の話を聞いてくれない。

「出して、トルユスを出して! 医者、医者に見せて!」

鉄格子の向こう、暗くて、トルユスが転がっていることしか見えない。

もっと近寄りたいのに近寄らせてもらえない。


どうしたらいい。子どものように泣きさけんだら、事態は変わってくれるのか。


「嫌だ、嫌だ、嫌」

なおも近寄ろうとする私を、監視員が防ぐ。


「嫌だ、トルユス、私を一人にしないで」

ついに泣けてしまって、私は動けない奥に向かって訴えた。

周囲が私に出るようにと促した。しかし私がここから離れるはずはない。


アーリ、

とまた、私を宥めるための声が聞こえた。

弱々しい。絶対、酷い怪我を負わされている。


「お願い、トルユスを出して。話をさせて・・・」

「お嬢様は、騙されたんですって・・・」

気の毒そうに、そして心底困ったように周囲が私に言いきかせる。


また不自然な眠気に襲われて、抵抗虚しく意識が沈んだ。

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