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本日3話目

私が目を開けた時。

もう明るい日が差し込んでくる時間だった。


トーヴィの部屋。

私が寝ていたはずのベッドから少し離れた床に、黒色が広がりまだ濡れていた。


屋敷の父の姿はここにはなかった。

机の上にあった小瓶はなくなっていた。

ただし、ベッドと机の間においていた私の鞄はそのままだ。


私のすぐ傍にはリーダーが倒れている。その下に、血がべったりとついているので驚いた。

気づけば私の体にもべったりと血がついている。どうしよう。


小柄な男と魔術師の姿はない。

ただ、小柄な男がいたはずの場所には、水たまりができている。小便の匂いがする。


ドアは閉まったまま。

鍵も閉まっているようだ。


何か、一つ終わった後のようだった。


「う・・・」

うめき声がした。リーダーだ。


リーダーはゆるゆると起き上り、珍しくもボゥっと部屋の中を見回した。

そして私を目に留め、それから視線を外し、左右、背後も確認して、深いため息をついた。

「やっちまったな・・・」

両手で顔を覆うようにして呻いている。


私はリーダーが何か話しかけてくれるのをじっと待った。


「お嬢ちゃんは、無事か?」

とリーダーは顔を覆ったままで聞いてきた。

「はい」

と私は答えた。

「昨日、首を絞められていただろう」


「知っているの?」

と私は尋ねた。

リーダーはまた深いため息をついた。

「知ってるさ。俺たちは、ずっと監視していたんだ」


「監視?」

と私は聞いた。

「あぁ。お嬢ちゃん。俺たちは、お嬢ちゃんにとって悪党側だ」

「リーダーたちの仕事は、私を本当のお父様のところに届けることだったわ」


「いいや。その後も続いていた。俺たちは、それからお嬢ちゃんに起こる事を監視して、最後が来るまで見届けて、それを報告する役割があった」

「・・・最後? どういう事?」


リーダーは手の覆いを外して顔を上げた。そして私をじっと見た。

少しだけ迷ったように視線が動いたが、すぐに私を真っ直ぐに見た。

「きっと、お嬢ちゃんが殺されると、俺たちは知っていたって事さ」


もう殺されかけた後だ。感情が鈍っているのか、何も思わない。


「今朝だって、お嬢ちゃんに嘘をついた。鞄を届けるのを口実に、実際に会って様子を確認しただけだ」

「でも鞄、ちゃんと全部入っていたわ。とても助かったの」


「どうせ最後は俺たちに戻ってくるものだ。ちょっとお嬢ちゃんに返したって同じだ」

「でも。・・・私はリーダーが親切だと思った」


私の言葉に、リーダーは理解ができないような情けない顔になった。

「お嬢ちゃん。俺は仕事でお嬢ちゃんの世話もしただけだ」

「トーヴィさんは、全然、同じでは無かったわ」

「・・・知ってるさ」

はぁ、とリーダーは落ち込んだようにため息をついた。


それからやれやれ、とリーダーは立ち上がった。

「お嬢ちゃんの本当の父親は、あの人だったんだな。こっちの魔術師なんて歯が立たない。あれでも優秀なヤツなんだぞ」

「・・・」

もう、本当の父親なんてどうでもいい。今はそのことを考えたくない。


「俺たちは死んだことになっている。お嬢ちゃんが倒れた後、俺は手筈を教えられた。俺たちは揃ってこの場で意識を失い、まるで死体のようになる。残った二人が意識を取り戻した時、俺たちを死体だと判断する。魔術師の目ですら欺くそうだ。きっとその通りになったんだろう。あの二人はもうここにいないからな」

リーダーは諦めたように、室内をぐるりと見回し、私の鞄に目を留めた。

歩み寄って、取り上げる。

そして、鞄の中身を確認しだした。

「何を使ったか教えてくれないか。把握しておきたい」


「お金は、トーヴィさんに渡したの。他はそのまま・・・ただ、着替える時に、着ていた服を1つ破いてしまったわ」

「これか。お嬢ちゃん、これからきちんとものは大切にしろよ」

リーダーは私が破いた服を鞄から取り出して状態を確認し、呆れたように私に注意した。


「これから、どうするの? 私は、リーダーについていっても良いの?」

そうであれば良いと願って、期待を込めて見上げている。

「そうだな。それしか、俺にも生きる道が無いようだ」

「どうして」

私の質問にリーダーはまた呆れたように私を見た。

それから、手を伸ばして、移動中のように私の髪を手櫛で少し漉いてくれた。私は嬉しくて肩をすくめるようにして、照れた。


「困ったお嬢さんだ」

と言ったリーダーは呆れていたけれど、どこか私を受け入れてくれていた。


それからリーダーは鞄を閉じて室内を見回し、床の黒い水たまりのようなもの見つめた。ベッドから少し離れた場所にある泥のようなもの。

リーダーは目を伏せて、死者に対する礼の形を、少しだけとった。


それから、リーダーは、落ち着いたように私に椅子に座るように勧めた。

「これからの事を説明しておく」

「ここで?」


「俺たちが出るまで、この部屋の会話は絶対に外に漏れないそうだぞ」

リーダーの言葉に私は困ったように首を傾げた。屋敷の父の仕業だろう。

リーダーも困ったように私に笑った。

「まるで人間じゃない」


私も笑った。

きっと本当の事なのだろう。


***


父は、リーダーに、私とリーダーを死んだことにする手筈の他に、父のこれからの予定を告げた。そして、どうせだから私にも伝えておくようにと命じたらしい。


「お嬢ちゃんの父親はな、貴族の務めとして、貴族の後妻を娶るそうだ」

「・・・そう」

後妻というのは知っていた。母が死んだから2人目の妻を迎えるという事だ。

少し意外だった。父は、母にしか興味を持てない人だと、屋敷の皆がそう思うほどだった。

今更他の人を奥さんにできるのだろうか。


「だから、お嬢ちゃんはお屋敷に居場所など無い。当てにするな。お前は自由に好きに生きていろ、って事だ」

「・・・難しい事を言うわ。私、一人で何もできないと十分に理解したのよ。自由に好きになんて、無理よ」

私が文句を言うように口を尖らせるのを、リーダーも目を逸らすように肩を落とした。私に同感なのではないだろうか。


「・・・あとなぁ。余計なお世話だとは思ったんだが、もう死んだと同じだと思って、つい確認してみたんだが、知りたいか?」

「何を?」

「あの人に、お嬢ちゃんはあんたの娘なのか、真実を知ってるのか、と聞いたんだ」

「・・・」

私は黙った。


聞きたくないような、でも知りたいような。とても複雑だ。


それが表情に現れたのだろう。

リーダーは苦笑を見せた。

「俺の娘になるか。アリシエお嬢ちゃん。名前は少し変えた方が良い。俺も、リーダーなんて呼び方は変だ。トルユスと呼んでくれ」

「トルユス」


「娘になるなら、お父ちゃん、でも良いんだがな」

「娘に、なるわ! 私の、本当のお父様になってくれるの、リーダー! いいえ、トルユス!」


「そうだな。構わない。それで良い。ただ、俺の娘になる以上、遠慮なしで色々しつけするぞ。お嬢ちゃんの生活能力は心底問題だ」

「はい!」

嬉しくて笑う私に、トルユスと名乗ったリーダーが面白そうに笑ってくれた。


私の名前は、本名からあまりに外れては本人が覚えにくくなって困る、という理由で、アーリ、と変える事になった。

まるで愛称のようで、この変更さえ嬉しかった。


***


不幸には背を向けて。

私は、トルユスとアーリ、という親子に事になり、町を移動しながら暮らす事になった。


トルユスは自分の事を、結局のところ殺しから何から、頼まれたら何でもする便利屋だったと私に教えた。


殺し専門では無かったのに、結局、殺しやそれに関わる依頼ばかりが増えていったそうだ。

少し憂いたように告げる表情と、移動中に結局私の世話を焼いてしまった性格を考えると、根本からの悪人ではないはずだ。


「だけど、どうして俺にこんなに懐いたんだ? 他にも世話を焼く人間はいただろう?」

とトルユスは宿で私に尋ねる。

父と娘なのだから同室だし、その方がトルユスも安心だし私も安心だ。


私はベッドに転がって足をバタバタさせながら自分の人生を振り返り、一つの答えを出してみた。


「思えば、ずっと、私の傍にずっといて世話を焼いてくれる人は、トルユスが初めてだと思うの。小さな頃は乳母がいたわ。でもそのうち、日中はお母様のところに行く事になった。その時間は苦痛だったわ。お母様への愛情は、あまり私には育たなかったの」

トルユスがチラと私を確認したのを見た。顔を合わせる。


聞いてくれているのが分かるので、私は続ける。


「屋敷には多くの人がいて、それなりに私を気にしてはいたわ。だけど、私の傍につきっきりなんて人はいなかった。執事長は他の人より私の事を気にかけてくれたけれど、執事長は忙しいもの。大切な時に現れて私を支えようとしてくれたけど、他の時間は放ったらかしよ。全てそう。私は、あの屋敷にいて、自由に放たれていた子犬なの。みんなそれぞれ気にかけたり嫌がったり構ったりしてくれるけど、それだけ」


トルユスが苦笑した。

「随分、他の人に対して冷たい意見だ」

「そうかしら」


「それに口調も少し改めろと言っただろう。語尾を途中で切るんだ。その方が町で馴染む」

「努力してる」

「あぁ」


注意を受けてから、私はまたトルユスについて考えた。

「トルユスはね、ずっといてくれたの。私に話しかけて、駄目なら手を貸してくれて、結局手伝ってくれて。だから、トルユスは特別なの。特別」

私はうつぶせで足をばたつかせていたのを止めて、少し思考に沈んだ。


私は、多分、屋敷の父のように他人に対してどこか淡白なのかもしれない。例えば、乳母ですら、また会いたいとは思えない。


だけど、トルユスだけは特別だった。トーヴィの部屋に残されて、リーダーについていけたら良かったのにと思った。それは、非常に珍しい感情だ。


チラとトルユスを見る。

屋敷の父よりも年齢が上の、老人とまではいかないが、髪には白髪が混じっている人。


予感がする。

父が母に固執したように、私は、トルユスを特別に思い、固執するのかもしれない。


トルユスに父になると言われた時は嬉しかった。つながりが生まれたから。

だけど、真実のところ、トルユスを家族だなどと思っていない。父、母、家族とは、私にとってはとても薄い存在だからだ。


私とトルユスとは、そんな薄情な関係ではない。

もっと強く親しみあるもの。そうあり続けたい。他の言葉で言い表せない、トルユスとアーリ、という特別な繋がりに。


***


トルユスは私に、家事や生活の仕方について教えた。

周囲に疑われないように自然に少しずつ。

なお、周囲には私たちの親子としての年齢差を不思議そうにする人がいたため、そんな時は、うっかりできてしまった子だ、などとこっそりとトルユスが説明するのが常だった。その言い方をすれば、なぜか周囲は納得する。

ここはお前は気にしなくて良い部分だ、などとトルユスは私に言った。

だが、トルユスがいない時にこの話題を振られたなら、父は人にこう言っているようですが、と言えばいいだろう、と対処法も教えてくれた。


一方、トルユスは自分がもう若くない事を、私のために案じていた。

年齢を考えると、トルユスは私を残して死ぬはずだ。

だから、トルユスは自分が生きるために使ってきた技術を、私に伝えようと決心した。


どうやら流れ者にやってくる仕事は普通の人がやらない体力勝負や荒っぽいものごとが多いらしい。

その中で、トルユスは、私も同行させられる仕事だけを選ぼうと努め、同時に、同行させた私に少しずつナイフの使い方や武器の手入れの仕方、身のこなし方、気配の消し方、町の人への紛れ込み方などを教えてくれた。


私は、案外手先が器用であったらしい。

思い出してみれば、私は書物より庭で遊ぶことが好きな質だった。だから、身体を動かし、なおかつ器用さを活かせるこの仕事は、なかなか私に合っていた。

そのうち、私はどんどん能力を伸ばし、トルユスの仕事をきちんとサポートできるほどになった。


「俺の後継者はアーリだな」

私が15歳になる頃には、すでにトルユスも認めるほどになり、私の仕事が上出来だと頭を優しく撫でてくれる。それが褒美。


嬉しくて毎日を幸せだと思う。ここに居て良かったと私は思う。


***


この世の女性は、大体が髪をある程度長く保つ。

貴族は長い髪を宝石にすら例える。

庶民でも、女性の髪は長く美しい方が良いと言われている。


だけど、私は短くすることを好んだ。

動きの邪魔になるし、どうも私は自分の髪を好きになれない。

屋敷の父が私の髪色を、忌まわしい、と呼んだことも心に残っていたのだろうし、トーヴィが、私の色について何か言おうとして、自分の髪に手を当てたことも覚えている。


きっと、私の髪は、トーヴィの髪の色にとても似ていたのだろう。

きっと、トーヴィの本当の髪色は白では無かった。人間は苦労すると、老人にならなくても白髪になる事があるらしい。


真実かどうかは分からない。だけど、トーヴィの髪の色と同じでそれを屋敷の父は憎んでいたのかもしれない、と思うだけで、私の気は滅入る。


短い髪の方が良い。

短くなったことを屋敷の父は褒めた。それもきっと影響している。

動きやすいから、などと言うのは結局後付けだ。


トルユスはそこまでの私の内面を知らない。

私が散髪を頼むと、いつも勿体ない、という顔をする。

私が頑固だから仕方なさそうにしてくれるが、決まって惜しむように私の髪を撫でる。


「綺麗な服で、美しい髪で、アーリが、煌びやかな世界で笑っていたらと、たまに思う」

宿で酒を飲みながら、トルユスはそんな夢さえ口にして、私が、そんなの嫌だと馬鹿にしたように笑うのだ。


「お前は、きっと、とても美しい」

その後、トルユスの瞳が暗く沈むことに気付いている。


優しい父親だから、私が本当は貴族だという事を、忘れられないのだ。

そして、もう私が15歳になっているという事実を気にしている。貴族令嬢なら、もう結婚し始めている年齢だ。


「私は今が幸せ」

私はトルユスに心から告げる。なのにトルユスの気は晴れない。困ったことだ。私の方が呆れてしまう。


昔、亡くなった母が、亡くなる前に私に告げた。

他の人が、どれほど不幸だろうと思っていても、母は本当は幸せなのだと。


私も母と同じなのだろう。


私はこの暮らしが心地いい。

ナイフを握り害獣退治で怪我を負う危険があっても。うっかり続きで、例え金欠で一食分我慢する事態が起こったとしても。


永遠を願うほど、幸せだ。

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