Takashi in wonder land.
Lesson8「ふしぎの国のタカシ」
街の中心近く、ひときわ大きな建物が図書館だった。
「さあ、着いたよ。小さい街の図書館だから、あんまり期待はしない方がいいと思うけど……」
クミはそう言ったが、それでも果物屋の10倍くらいはある。2階建ての建物だ。大正ロマンとか、そういったイメージの洋館である。
「いや、十分だ。ありがとう。本は普通に読めるんだよな?」
「うん。お金はかからないよ」
それがわかれば十分だ。俺は入り口の古めかしいドアを押し開ける。
たちこめる本の匂いは、異世界でも同じだった。薄暗い館内には人はまばらで、一階には俺達の他にエルフが一人いるだけだった。
俺は本棚を眺めながら歩く。例によってタイトルは日本語で書いてあったので、並んでいる本のジャンルはすぐにつかめた。
しばらく歩いて、俺は探していたジャンルの本棚を見つけた。
『イランイラン国と諸隣国の交流史』『ドワーフとエルフの停戦協定とその後の歩み』『イランイラン建国史』……。
イランイラン国の歴史書が、その本棚には並んでいた。
「つまんなそうな本だなー。そんなんを読みに来たの?」
クミが退屈そうに言う。
歴史に学ぶは賢者、経験に学ぶはなんとやら、って感じだね。
俺は『イランイラン建国史』を手に取ると、中身をパラパラと読んでいく。
「やっぱり、そうなんだな」
「??何がやっぱりなんだよ」
クミが腕を組んで、不思議そうに尋ねる。
「この国の成り立ちだよ。……この国は、日本人が作った国なんだな?」
「!」
クミが少し驚いた様子になる。俺が歴史書を読みに来た理由がわかったようだ。
「……まあ、そういうことになるかな。別に隠してたわけじゃないけどね」
隠すつもりがないのはわかっていた。そうでなければ俺を図書館に案内しないだろう。
「もともと言葉の無かったこの国に、数百年前、日本人が異世界から転移してきた。そして日本語を根付かせたんだな」
「そうだね。その本にも載ってると思うけど、最初に来た日本人のことをあたしたちはこう呼んでるんだ」
「『大日本人』」
俺とクミの言葉が重なる。
歴史書によれば、その大日本人がイランイラン国に言葉、すなわち日本語を持ち込んだようだ。
そして言葉を用いて、農耕や狩猟、果ては工業の知識を集約し、発展させた。民の管理システムを構築した。
そうして、この世界の小さな集落は統合されて、国になった。そういう流れだ。
この世界の謎が、一つ解けた。
「ありがとうクミ、もう図書館は十分だ。家に帰ろう」
「そ、そう?じゃあ帰ろう!」
クミはとたんに元気になる。難しい話は終わりだ。
Let's go home! ……俺もこの世界での身の振り方を考えなくていけないな。