It wasn't a thin book.
Lesson12「それは薄い本ではありませんでした」
木箱を開ける時ってのは、どうしてこうも緊張するんだろうな。
ドラ◯エの主人公もきっとこんな気持ちなんだろう。
だが、中に入っていたのはひのき製の棒ではなく、革の表紙のついたノートだった。
だいぶ古いが、思ったよりちゃんと残っている。革の表紙はところどころ擦れていて、年季の入った匂いがした。図書館のあの匂いを、もっと濃くしたような感じだ。
「おお!日記っぽい!」
クミの大声に驚いて、俺の思考が止まる。地下で声を張るな。
「勝手に触るなよ。破れたら困るだろ」
「わ、わかってるよ!」
そう言いながら、だいぶ前のめりである。光の玉に照らされた金髪ツインテールが、好奇心でぴょんぴょん跳ねていた。
その横でエミリーは、木箱の中をそっと覗き込んだ。
「他にも紙が入ってますわ。地図みたいなものもありますの」
確かにノートの下に、折りたたまれた紙が何枚か見える。だが、まずはこれだな。
俺はノートを開いた。
案の定、書かれていたのは英語だった。
筆記体なので少し読みにくいが、意味が取れないほどではない。綺麗な字だ。几帳面な人間が書いたんだろう。
「なんて書いてある?」
「えーと……」
俺は最初の一行を指でなぞった。
"My name is Eleanor Lane."
「"私の名前はエレノア・レインです"だな。女性の名前だ」
「エレノア……さっきのE・レインのEはエレノアだったんですのね」
「女の人がこれを書いたんだ……」
クミが少し意外そうな顔をした。なんとなくわかる。こんな場所に封印された木箱の持ち主が、女性だとは思わないだろう。
俺は続きを読んだ。
"I was brought to this country by people who call themselves the Great Japanese."
一瞬、目を疑った。
「……"自らを大日本人と呼ぶ者たちに、この国へ連れて来られた"。……だな」
「え、いきなり大日本人じゃん。本題はやっ」
クミが目を丸くした。エミリーも、手を口に当てて息を呑んでいる。
大日本人。建国史に載っていた、あの大日本人だ。
エレノアという女性は、その大日本人に「連れて来られた」らしい。自分の意思じゃなく、だ。
英語を使う人間が、大日本人と一緒にこの世界に来ていた。それだけでも、図書館の地上にある歴史書にはなかった情報だ。
俺はさらに読み進める。
次の一文で、空気が変わった。
"They say they brought words to this land. But there were words here before them."
俺は声に出して訳した。
「……"彼らはこの土地に言葉をもたらしたと言う。だが、その前からここには言葉があった"」
三人とも黙った。
クミの光の玉が、かすかに揺れた。
「……もともと言葉、あったの?」
クミがぽつりと言う。
「建国史だと、なかったって感じだったよな」
「そうですわね……大日本人が言葉を与えた、と」
エミリーの声は、いつもの甘ったるさが消えて、硬かった。
地上の歴史書では、この土地にはもともと言葉がなかった。大日本人が日本語を持ち込み、文明をもたらしたことになっている。
だがこの日記には、それとは真逆のことが書いてある。
"Do not trust the history above ground."——地上の歴史を信じるな。
あの紙切れの意味が、ようやく繋がった。
ガタッ、ガタガタ。
急に、上の階から物々しい騒音が響いてきた。
本が落ちたような音。それと、足音。
「な、なんですの?」
「まずい、侵入したのバレたんじゃない?」
クミの光の玉がびくっと跳ねた。こいつの魔法は感情と連動しすぎだろ。
「一旦、この箱だけ持って逃げよう!」
俺はノートを箱に戻し、蓋を閉めて抱え上げた。思ったより重い。紙ってのは量が集まると凶器になるからな。
ファンタジー世界で前科者はちょっと避けたい。
「うーん、持ち出すのは結構ヤバいけど、気になるもんねー」
クミにもモラルの欠片はあったようだが、あくまで欠片程度だったらしい。持ち出すことには賛成っぽい感じである。
「こんなこともあろうかと、忍者衣装で来てよかったですわ〜」
そう言うと、エミリーとクミはそれぞれ俺の手を掴んだ。
右手にクミ。左手にエミリー。
うーん、両手に花って良いよね。木箱抱えてるから若干窮屈だけど。
「いきますわよ!」
「せーのっ!」
ボカンッ、と間抜けな音がして、煙に包まれた。
視界がぐるっと回る感覚。一瞬の浮遊感。
気がついたら、俺たちは図書館の外にいた。夜風が頬を撫でる。星が綺麗だ。さっきまで地下にいたから、余計にそう感じるのかもしれない。
「この衣装を着ていると使える、脱出魔法ですわ〜」
「よっしゃー!」
便利すぎる。この世界の泥棒ってどうやって捕まえるんだろう。
俺は腕の中の木箱を見下ろした。革の表紙のノート。手描きの地図。数枚の紙片。エレノア・レーンという女性が残したもの。
この国の「本当の歴史」が、この中に眠っている。
……まあ、とりあえず今は逃げよう。考えるのは家に帰ってからだ。
「走るよタカシ!」
「走りますわよタカシさん!」
クミとエミリーが、黒装束のまま夜の道を駆けていく。
俺は木箱を抱えて、二人の後を追った。
月明かりの下で揺れる、金色のツインテールと、金色のウェーブヘア。
まいったな。
こいつら、走ってる姿もなかなかサマになるんだよな。




