夢じゃない時の対処法1
斎希は騒がしい声で目を覚ました。
遠くから賑やかな声がしていたのには気づいていたけれど、自分には関係ないと思って無視していたのに、だんだん声がこちらの方へと近づいてくる。
すぐ間近で聞こえたとき、ようやく重たい瞼を上げてみた。
「……ん?」
目の前で四人の子供がこちらの顔を覗き込んでいる。
「うあっ……あぐ!?」
「うぎゅ」
びっくりして急に起き上がったら、その内の一人と頭をぶつけ合った。
「「………!」」
二人で仲良く頭の痛み抱えて悶える。
「よ、ようせいさん……きのうはさわれなかったのに……イタイ」
ぶつけたところを右手で押さえながら、ぶつけた相手の顔を確認すると小さな自分───イツキだった。
「……そ、そうね。今日は触れるね」
昨日は触れなかったのに、今日は触れた。不思議だ。
「夢のクセして現実さが増してない……? てか、お腹か減った」
「ようせいさん、ひとりごとこわいよ? おなか、すいているの?」
ぶつぶつ一人でに言った言葉をイツキが耳聡く聞き取って、周りで様子を窺っていた三人と目線を合わせる。
「ようせいさん、イツキたちねようせいさんにあうためにココにきたのよ。でね、イツキたちね、おかしいっぱいもってきたのよ」
他の三人がそれぞれ小さな鞄からお菓子の袋を取り出す。
それを見渡していた斎希はおっ? と思った。
三人の子供の顔は、イツキの時と同じように超見覚えがあったのだ。
「あ、そのまえにジコショーカイしなくちゃね!」
目を丸くしている斎希にイツキは喜々として話し出す。
「ポテトチップスをもっているのがサナだよ。さやえんどうスナックもっているのがオウキでー、クッキーもっているのがレンヤ!」
にっこり笑ってイツキは説明する。
「でね、チョコレートもっているイツキがイツキだよ」
最後に今更だがイツキは自分の名前で締めくくった。
「そっか。みんな友達?」
言われなくたって知っていることを一応尋ねる。
……『斎希』は、彼ら三人とは、初対面なのだから。
「……おれらともだち、だ」
レンヤがこくりと頷いた次の瞬間。
「おおっ! レンヤがしゃべった!」
「めずらしいねー」
「これはこれは……!」
イツキとオウキとサナが次々と言いたい放題言う。
そういえばこの頃のレンヤってめったに話さなかったんだよなー、と他人事のように斎希は思った。
思わずくすくすと笑ってしまう。
ピタリと子供四人の動きが止まって斎希を見た。
「ふふふ、ごめんね。キミ達を見てたらつい……」
昔のことを思い出して。
言いかけて、はっとする。
今だともう、こんなやりとりをしない。下手にやれば、連夜がキレることが多くなっていったから。
冗談を冗談として受け取ってもらえないことに、何度苛立ったか。だんだんと面倒になって、仲が良いのに壁越しに遊んでいるような関係になってしまっていった。
笑顔が消えてしまった斎希を見て、オウキが心配そうに斎希の顔を覗く。
「イツキから、きいたよ。おねえちゃんようせいさんなんだよね? ようせいさん、さみしそうなかおだよ……?」
「そう、かな」
オウキの顔がこちらを覗き込んでいるから、見つめ合う体勢になる。
すると。
「んにゃー!!」
イツキが割り込んできて、斎希とオウキを引き裂いた。
「ようせいさん、オウキをたぶらかしたらダメー!」
いやいやいや。
「私にショタコンの趣味ないから」
「しょたこん?」
「何でもないから、今の言葉を忘れなさいねー?」
ほっぺをみょーんと引っ張ってやる。子供の肌モチモチだ。
「れも、ようへいはんのこほふぁカッホいいはら、わふれないお?」
「それ、昨日も言ってたしやっぱり可愛いけれど、忘れなさい。でないと、悪戯するわよー?」
「ひゃー!」
イツキは笑いながら斎希の手を逃れ、オウキの手を引いて、斎希からちょっぴり離れた。
全然覚えていないが、小さなイツキはこんなあからさまにオウキのこと好きだったらしい事実に、新たな発見をした気分だ。
むむむむむ、と唸るとサナがポテトチップスを差し出してきた。
それにきょとんとしていると、サナがえーと、と切り出した。
「イツキがね、ようせいさんにあったらおかしをね、いっしょにたべるんだっていいだしたんだよ。イツキはようせいさんとか、かみさまとかだいすきだから」
確かに、斎希は今でもファンタジー要素が大好きですけれども。
心なしか、話すサナの表情が分からないという顔をしていた。どうしてこんな顔をするのだろうと思いつつ、そういえばサナがこの中で一番現実主義者だったことに思い至った。だから半信半疑でここに来たのだろう。
「ふふふ。よく言わない? 小さい子は神様の眷属だって。だからイツキちゃんに不思議なもの見えても不思議じゃないし、イツキちゃんに見えたのなら、サナちゃんにも見えるのはなおさら不思議じゃないのよ」
惑わすように言葉を選んで、サナへとかける。
サナは初めて魔法をかけられたように表情が明るくなった。
「そっか、イツキにも見えるからあたしにも見えるんだ」
なお、サナは現実主義者であるけれど、このメンバーの中で一番単純な子でもある。なかなかにこの子の騙されっぷりには心配になるときが時々あるのだけれど、今がその瞬間に違いなかった。
斎希はそのまま言葉を続ける。
「不思議な物はね、大人になった人たちに分からないけれど、自分の周りにいくらでも落ちているものよ」
ポテトチップスを受け取りながら言うと、イツキとオウキが耳を澄まし始める。
サナとレンヤもじっと聞く体勢になる。
「知らない内は色々な物が不思議に見えるの。でも、知ってしまうと全く不思議に見えないの」
「……?」
「いろいろなもの?」
「ようせいさんとか?」
「オウキくんの言うとおり、色々な物よ。確かに私も不思議な物だけれども、知ってしまえば全然不思議じゃなくなってしまうかもしれないわ? 」
「サナまちがえたー!」
「あー……うー」
イツキが指摘すると、サナが顔を赤くして唸る。
斎希はポテトチップスの袋を開けた。
それに乗じてオウキもからかい始めたので、とりあえずサナをからかっているオウキの口に一枚放り込んでやる。
「むぐ」
「サナちゃん、気にしなくていいのよ。キミにとって私が不思議な物であることは変わらないから」
斎希は自分でもパリパリと食べる。
レンヤが欲しそうな目だったので、袋を皿のようにしてに開いた。
「イツキもたべるー!」
「はいはい」
イツキが、レンヤが食べ始めたのを見て自分も自分もと手を伸ばす。
「ん。私の難しい話は無視して、サナちゃんもオウキくんも食べないと無くなっちゃうわよ?」
「たべるたべるー」
「あたしもー」
そこであれ? と思う。
昨日は何も触れなかったのに、今日は普通に触れている。
さっき、イツキが言ってはいたけれどあれは頭の痛みでそれどころじゃなかったからすっかり聞き落としていた斎希である。
なので、今の今まで全然気付いていなかったが、普通にポテトチップスを食べている。
これはどういうことなのか。
斎希は昨日と比べて変わった行動はとっていないはず。
意味が分からない。
小さい自分がなんとも思ってないようだから、こういう仕様なのだと思う事にした。
恐るべし夢の補正機能。
めちゃくちゃ自分勝手に補正しまくっている。
そもそも今更気付いた自分の順応性がすごい。
こういう状況で何事もなく過ごせている自分も怖い。
ピタリと固まってぐるぐると考え始めた斎希を無視して、子供四人はパリパリとポテトチップスを頬張っている。食べ終わった。
「ようせいさーん、ポテトチップスたべちゃった」
「オウキ、さやえんどうスナックあけてー」
「イツキ、これ、ようせいさんのぶんだからね」
「んにゃー」
サナがゴミを自分の鞄に突っ込んで、イツキがオウキにさやえんどうスナックを要求し、レンヤがイツキに食べ過ぎないように注意する。
オウキが斎希の様子を窺ってきたので、「食べよー」と笑い返すと、オウキはいそいそと袋を開けた。
「いただきー!」
「……こら」
ごん。
「……あは」
しゅばっ! と手を伸ばしてお菓子を食べようとしたイツキの頭を、レンヤがグーで殴った。
さすがにこれには、斎希も苦笑いを浮かべるしかない。
イツキがぷるぷると震える。
涙目になりながら、ガバッと顔を上げる。
「ちょっとー! レンヤいたいでしょ! なにすんの!」
「……おまえが、ようせいさんのためにおかしもってこいっていったのに、おまえが、たべてどうする」
「いいじゃん! すこしくらい!」
がるるー!とイツキが唸る。
が、すぐさま臨戦態勢に入ったイツキとレンヤをオウキがなだめにかかった。
「ちょっと、ふたりともやめなよ。ようせいさんのまえでケンカしちゃだめだよ」
「うるさいオウキ! レンヤがなぐったんだもん! やりかえさなきゃ!」
「なぐりかえしちゃだめだよ」
「やられたらやりかえせって、ママがいったもん!」
確かに母親がそんなこと言っていた気がするけれども。それを実行してはいけないのだ。
「……いーよ、やってみろよ」
「レンヤもだめ!」
もう一度グーで殴ろうとするレンヤを見て、オウキの顔が青くなった。
この頃はレンヤとの喧嘩が日常茶飯事で、長引く事も多かった。
そこでふと思い出す。
斎希が台所で倒れたとき連夜はどんな顔をしていた?
───めっちゃ慌てた顔してたわねぇ。
ひどく珍しい光景だった。
レンヤでも心配してくれるんだと、改めて教えてもらったものだ。
言い方は酷いけれど、内心では嬉しい気持ちが泉のように溢れそうだった。
一方、小さなイツキとレンヤは本当に喧嘩がますますエスカレートしようとしていた。
サナまでなだめにかかる。
「ふたりともいいかげんにしたら?」
「さすかにイツキがわるいけどさ! もうちょっとやさしくいったっていいじゃん!」
「……ハア?」
「なんなの! そのかお! イツキのいってることわかってる!?」
「……なんでそんなことするひつようがある」
「そんなのきもちのもんだいでしょ! あんないいかたされたら、キョヒるにきまってるじゃん!」
「……しらねーし」
ますますヒートアップして、イツキとレンヤの二人から炎が見え始める。
いよいよ放っておけないレベルまできたようだ。
それに、レンヤの「しらねーよ」発言が出てしまった。
レンヤは「しらねーよ」と言うと、大抵すねてどこかに行ってしまう。
実際今もレンヤは鞄を片付けて帰る準備を始めた。
「レンヤ君、帰るの?」
レンヤはこくりと頷く。
「残念だなー。面白い話をしてあげようと思ったのに」
レンヤの好奇心をくすぐってみようとかまをかけてみる。
しかし、チラリと斎希を見ただけでタダダッと走っていってしまった。
「また明日おいでねー。待ってるよー」
その寂しそうにみえる背中に声をかける。
それから残された三人を見た。
オウキとサナは勿論、イツキまで心配そうな顔をしていた。
あんなに喧嘩しても本当はレンヤが大好きだからなぁと感慨深く、一人で頷く。
小さなイツキのことは、自分のことだから手に取るようにわかるのだ。
レンヤがすねてどこか行ってしまった後はいつも「言い過ぎたかも」とか「どうやって謝ろう」とか、そういうことばかり考えていた。
今もそう。
この心配そうな顔はその現れだろう。
斎希はそっとイツキの頭を撫でる。
「仲直りしたい?」
そっと囁くと、うっすらと涙をその瞳に浮かべてイツキは頷いた。
「知ってるよ。妖精さんは何でも知ってるから。キミの心も、レンヤ君の心もね」
にこにこと笑う。
面白いことは全然無いけれど笑う。
笑顔は安心させる薬だから。
「妖精さん、なめるなよ? 明日またおいで。キミとレンヤ君を仲直りさせてあげる」
この言葉にオウキとサナが反応する。
「ようせいさん、そんなことできるの?」
オウキの問いに、斎希は妙に悪戯っぽい笑みで答えた。
「できるかもしれないけど、できないかもしれないわね。私がやるのは、お手伝いだけだから、イツキちゃんとレンヤ君が仲直りするのは本人達次第よ」
小難しい話をしたからか、幼い子供達の反応は薄い。
それでも全て理解出来ていないこと前提で、斎希はその唇から言葉を紡ぐ。
「私は妖精なの。キミ達の知らないことだって知ってる。キミ達に興味が湧いたから、気まぐれでお手伝いはしてあげるだけ」
頭ではこんなことしても、夢だから意味が無いことぐらいは分かっている。
でも、なぜか放って置けなくて。
そんな簡単な気持ちだけれど、言ったことはあながち嘘では無い。
自分を客観的に見たことが無いから、イツキに興味があるのは本当だし、色んなことを知ってるのも本当だ。
まあ、自分が妖精ということは嘘だが。
さてさて。
昔の自分はどうやって「今」を楽しんでいたんだろう。
外見や、夢に昨日があるのか分からないけれど、斎希の感覚からいって昨日のことから、このイツキ達は七歳頃だ。
そんな頃の記憶なんてあるはずもなく。
しかし、一つだけ例外が。
それは。
───あの計画はどうなっているんだろう……?
何年も何年も四人で思い描いた夢。
斎希の「今」に繋がる計画。
「イツキちゃん、ちゃんと明日レンヤ君に謝れるように、今日はもう帰って自分の心と話し合いしなさい」
「今」に繋がるように。
「オウキ君とサナちゃんも。お昼ご飯に間に合わなくなるわよ?」
オウキとサナもついでに追い立てる。
本当は知ってる。
四人の鞄にはお菓子以外に、お弁当が入っていたことを。
みんなでピクニックとかに行く時によく見た鞄。
明らかにお菓子だけでの膨らみ方ではない。
「でもお弁当が……」
「ん? 聞こえないな? さあ、早く帰らないと悪戯するわよ?」
しどろもどろなるオウキの言葉を悪魔の笑みで切り捨てる。
「あたしたち、おべんとうがあるの」
「ちっ」
妙なところでハキハキと喋るサナについ舌打ちしてしまう。
それでも斎希は笑顔で二人に帰るよう催促する。
「お弁当なら、別にここで食べなくてもいいじゃない」
「えー……」
「み・ん・な、で明日食べに来なさい」
ウインクのサービスつきだ。
「さあ、帰りなさい」
斎希は立ち上がって、無言で俯いていたイツキの手を引っ張って立たせる。
風が凪いだ。
「喧嘩した後は仲直りするしか無いのよ? いつまでもそれをしないでいると、本当に嫌われちゃうわ」
斎希自身にも原因はある。
斎希がこんな所にいなければ、小さなイツキとレンヤは喧嘩しなかったはずだ。
そのことに、夢だけれども、罪悪感を覚えている。
斎希の背中を押すように強く吹いてきた風は、冷たく、肌に突き刺さるようで。
スモモの花びらが次々と舞い上がる。
スモモの花びらが咲いている程度には暖かいけれど、この風が吹き続けたら風邪を引いてしまうだろう。
「さむいよう……」
斎希の身体が壁になってくれたから、イツキは風に当たらなかったはずだ。
それなのにイツキは寒さを訴えた。
オウキとサナが自分のお弁当についていたおにぎりをスモモの樹の下にそっと置いて、イツキのもとへ駆けてくる。
オウキが右手を。
サナは左手を。
二人でイツキの両手を引っ張って帰っていった。