夢は思ったよりも現実味を帯びている5
三人で廊下をドタバタと音を立てて、二階の突き当たりにある斎希の部屋に走る。
右側に部屋があり、左側は壁という構造の家で、一番奥にある斎希の部屋は遠い。
あまり使われない茶奈の部屋、物のあまりない連夜の部屋。通り過ぎて、連夜とは対照的に物の多い桜樹の部屋。
突き当たりに、整頓されている斎希の部屋。
三人は足を止める。
代表として、先頭で走って一番最初に辿り着いた桜樹がドアをノックする。
「斎希? 大きな音が聞こえたんだけど……」
ドアのノックしても呼びかけても返事が無い。
「寝てるのかな?」
「あんなに大きな音がしたのにか?」
桜樹の後ろで茶奈と連夜が、声をひそめて話す。
「……返事が無いから、勝手に入るよ」
一応、断りをいれてドアノブを回す。
ガチャリと音を立てて、ゆっくりと扉が開く。
足音をひそめて中に入ると、相変わらず整頓された、本ばかりの部屋のままだった。
「物は落ちて無さそう。もしかしてあたし達の部屋からかな?」
小声で茶奈が言う。
「……ミュージックプレイヤーだ」
「んー……たぶんそれかな?」
茶奈を無視して男二人が本棚の下でこそこそと話し合う。
連夜がミュージックプレイヤーを手にとって、勉強机の上に置く。
茶奈は真っ直ぐに斎希の元に行く。
何気なく斎希の顔を覗いて、表情が凍りついた。
「茶奈、斎希の様子どう?」
桜樹が本棚から離れて、斎希の様子を座って見ている茶奈に近く。
茶奈が勢いよく振り向いた。
しかも、その顔は心なしか青ざめている。
「お、桜樹」
「どうしたんだ茶奈」
桜樹はそう言いながら茶奈の隣に座って、斎希の顔の見て気付いた。
「なっ……!」
桜樹のうめき声に気付いて連夜も斎希の眠るベットに近く。
そして絶句した。
「……!」
「透けてる……!?」
言葉にしたのは桜樹。
心で思ったのは全員。
三人とも、脳内がこんがらがって固まる。
何が透けているかというと、簡単で。
何故透けているかというと、困難で。
とりあえず、目の前にある現実は簡単で。
だから、答えも簡単で。
だから、答えてみる。
全員が答えられる問題だ。
改めて口にしたのは連夜だった。
「……斎希が、透けてる」
そう。
斎希が透けていた。
顔を見ているのに枕が顔の下に見える。
明らかに異常だった。
「こ、こういう時ってどうすればいいんだっけ?」
茶奈が誰かに尋ねる訳でも無く声を震わせた。
「……とりあえず、救急車か?」
表情があまり変わらない連夜もさすがに堅い表情になって呟く。
「それ以前に触れるのか……?」
桜樹が困った顔で笑う。
三人が三人で途方に暮れた。
こんな現象、非現実的過ぎて反応ができない。
ごくり、と桜樹が喉を鳴らす。
手を伸ばして斎希の頭を撫でてみようとする。ていうか、した。
「うわ「「すり抜けた!?」」」
最初に桜樹が驚いた後、三人で全く同時に同じことを言って、震え上がる。
「え、ちょ、マジで救急車!」
「ていうか病気なのかコレ!?」
「せ、精神科に行こう。俺らの頭がおかしいんだ……!」
どうするどうする、どうしようどうしようと、小パニックを起こした三人をよそに、斎希は安らかな顔で眠っている。
「……」
それに気付いた茶奈が二人に慌ててストップをかける。
「ま、待って待って! 斎希が起きちゃう!」
ピタッと二人が、動きを止めた。
三人で顔を見合わせてから、茶奈がこほんと咳払いをして仕切り直す。
「えーと……これからどうすればいいか、妙案がある人、手を挙げて」
「「しーん」」
「口で言うなよ、口で!」
茶奈がツッコミをすると桜樹が、口に人差し指を立てて、静かにしましょうの合図をしたり顔でする。
「うわ、うざっ!」
「……黙れー」
「……スイマセン」
連夜にまで言われて茶奈はしょぼくれる。
しかし、状況が状況なのですぐに立ち直る。
「で、マジでどうする?」
茶奈がもう一度尋ねる。
「どうしようねー」
「こんな異常気象みたいなこと、病院行って診てもらえるかな?」
茶奈が首を傾げる。
こんな嘘みたいな状況が医者に診せて信じてもらえるのか。
三人の頭を、そのことがぐるぐると巡る。
「……普通は信じてもらえないな」
「かといって、斎希をこのままにしておけないし…」
「あー」
連夜は斎希の勉強机に置いたミュージックプレイヤーをいじりながら。
桜樹は斎希のベットの近くに座り込んで。
茶奈は部屋をぐるぐると歩き回りながら。
それぞれが斎希を心配して、考えを搾り出す。
考えても考えても時間が経つだけで意味が無い。
何かしなければ。
動かなければ。
それは子供の頃から知っていたこと。
連夜も桜樹も茶奈も、痛い程感じていたことなのに。
「……やっぱり俺らは変わって無いな」
連夜が落胆したような声音で漏らした言葉が、桜樹と茶奈の心をずぶりと抉る。
それだけではなく、呟いた連夜自身の心も抉った。
「言い返せないのが悔しいな」
桜樹が乱れた布団を直してやりながら言う。
───何だか、さっきよりも透けてるような……?
頭の下の枕がはっきりと見えている。
───いいや、気のせいだ、きっと。状況がぶっ飛んでいるから、不安になってそう思っただけなんだ。
気のせいであることを祈りつつ、茶奈の様子をうかがう。
茶奈は足を止めて本棚を睨んでいた。
いや、見つめていた。
斎希のことで険しい顔になっているからか、すごい形相で本棚を見つめているので、睨んでいるように見えただけだった。
桜樹の目線に気付かず、じっと本棚を見つめる茶奈。
何を見つめているのだろうか。
「……何を見ているんだい、茶奈? すごく怖い顔になってる」
桜樹が指摘すると、茶奈は表情を緩めた。
「あー……なんかね、昔、斎希がこんな物語を創っていたことをね、思い出してさ」
桜樹と連夜が唖然とする。マジか、という顔で。
「確かあれも李唄を題材にしてた気がする……あれ? でも本当に李唄だっけ?」
桜樹と連夜の顔が一層、マジか、という顔になる。
それに気付かないで、茶奈は思い出すように話し出す。
「確か、中三の時かな? 見た記憶があるんだけど……」
「それはどのノートだ?」
連夜が尋ねるが、茶奈は困った顔で首を振る。
「それがねー、どれだか忘れちゃったんだ」
一瞬、時間が止まった。
「……せっかくの手掛かりになりそうだったのに、役に立たねないなぁ」
「え、桜樹ひどっ!」
「バカ茶奈」
「がーん……」
茶奈が膝を床に付けて、落ち込む。
しかし。
「まあ、茶奈のおかげで僕らが次にやることが分かったね」
「そうだな」
桜樹、連夜が本棚の前まで来る。
「ほら茶奈、いつまでそうしてるの。探すよ、斎希のノート」
「……とりあえず、片っ端から読むしかないな」
茶奈がぱあっと顔を上げた。
「病院はどうすんの?」
答えは分かっているけど聞いてみる。
にやりとと二人は笑った。
「「そんなの、知るか!」」
仲間としては心強いが、真似してはいけない選択肢を二人は選んだ。