表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
李愛  作者: 采火
5/32

夢は思ったよりも現実味を帯びている4

斎希は鮮やかな青空を見ていた。


「ここ……どこ?」


部屋で寝ていたはずなのに、いつの間にか外に出てしまっていた。

起き上がって周りを見渡そうにも身体が動かない。


「手も足も動かない……でも、青空が綺麗」


今日は目蓋を閉じる度に怖い夢ばかりだったから、清々しい青空が見れて少し気分が晴れた。

くん、と辺りの香りを楽しむ。

土の匂いでも太陽の匂いでもない匂いが、胸いっぱいに広がる。

斎希はきょとんとした。


「あれ、この匂い……」


甘酸っぱくて懐かしい匂い。思い出した。


「スモモの匂いだあ」


花が咲いたように表情を変えて、くすくすと笑う。


「大好きなスモモに怯えてたなんて馬鹿みたい」


正体さえ分かってしまえば全然怖くなかった。

スモモの匂いは好きだ。スモモの実も好きだしスモモの花も好きだ。

疲れていたから、少しだけホームシックになってしまってこんな夢を見てしまったのだろう。


「怯えて損した」


あんなに怖がっていた自分が嘘のようだ。

笑いながらこの夢を斎希は堪能する。


「んー」


身体が動かなくても問題無かった。

だってこれは夢だから。

夢はそんなに自由じゃないし、これが夢だと感じるもの自体が稀だから、あまり気にならない。


「起きたら皆に話そう。素敵な夢を見たって。きっと身体の疲れも取れているはずだし」


斎希は気持ちだけをのびのびとさせる。

生まれ育った町が懐かしく感じられて、少し寂しい。

そんな中、ふと考える。父と母は今何をしているのかと。

東京に行きたいと言った斎希に、東京の国公立大学に合格することを条件に許可した両親。

やっぱり夢のせいだろか。

寂しくて、泣きそうになる。

今にもじわじわと涙が溢れそうで、慌てて目尻を押さえた。


「……? 身体が動かせる」


試しに、ぴょこんと起き上がってみる。


「ん。立てたし」


自分の身体を見てみると透けていた。


「……ん、気にしない」


これは夢だ。夢ならこういうこともある。

だから気にしないことにした。

改めて辺りを見渡すと予想通りスモモの樹が花を満開にして咲かしていた。

空き地のような場所にいることも分かった。

それにしてもこの景色……


「地元の山じゃない」


少しどころがものすごい見覚えのある所だ。目を凝らさなくても、直感的に分かってしまう。


「夢って無駄な所でリアルよねぇ」


呆れたけれど、本当は嬉しい。

立ち上がってスモモの樹を見上げるる。スモモの樹は斎希を遠くから、見下ろしているように感じた。


「ん?」


スモモの枝がしなって花びらが落ちてくる。


「風が吹いたのね。感じられ無いのが残念だわ」


まるで映画のなかに立っているよう。絵は動くし、音も聞こえるのに自分の感覚として捉えられない。

ちょっと切ない。

仕方ないから、風の音を楽しむことで気を紛らわせることにした。


「んー……」


さわさわという音が斎希の耳をくすぐって、こそばゆく感じた。

しばらく身体全体で風の音を聞く。

やがて、雑音が混じってきた。


「誰かが近づいてくる……?」


敏感にも人の気配に気づいた。スモモの樹の幹から顔をひょっこりと出してみると、小さな人影が一つ見えた。


「むむむ……?」



目を凝らして遠目に見てみると、女の子だと分かる。

さらに近づいてくるとその顔にものすごく見覚えがあった。


「……私じゃん!!」


斎希は顔を慌てて引っ込める。

小さな斎希は泣いているようだった。


「うあー……黒歴史だわー……」


小さい頃、悲しいことがあるとスモモの樹の下で泣きじゃくっていたことを思い出す。

誰かが斎希を見つけてくれるまで、ずっと泣いた。

耳を澄ますと小さな斎希が泣きながら、呟いている。


「なになに……?」


───オウキのばかぁ


斎希は目を瞬いた。あらま。


「……盛大に桜樹の悪口を言っているわね。でも桜樹との喧嘩って……」


一回しかない。


「確か、桜樹が私の物語を書いたノートにジュースをこぼしたんだっけ?」


今思えば、なんてくだらない。

この時は桜樹が自分で探しに来てくれた。

それからだ。桜樹が泣いている斎希を探す係になったのは。

もう一度顔を覗かせる。

泣きじゃくる昔の自分を見て、斎希はだんだん可哀想に思ってきた。


「……大丈夫よね? どうせ夢だし。身体、透けているから見えないかもだし」


スモモの樹に隠れるのを辞めて、小さな斎希の目の前までゆっくりと近づいた。

そっとしゃがんで頭を撫でてやるが、手が小さな頭をすり抜けた。

それでも撫でてやる。


「よしよし……」


不意に小さな斎希が、顔を上げた。

視線がバッチリ絡まった。


「……おねぇちゃんだあれ?」

「あちゃー……」


斎希はにゃはは~と猫みたいなごまかし笑いをする。

果たしてこの状況は大丈夫なのかと内心冷や汗だらだらなのだが、どうせ夢だしということで斎希は開き直った。

開き直ったので屈託無く小さな自分に笑いかける。


「私? 私はねぇ、スモモの妖精さんです!」


明らかな嘘だが、別に問題ないだろうと勝手に決め付ける。


「ようせいさんだから、さわれないの?」

「たぶんねぇ。ところでキミは何してるのかな?」


 分かり切っていることだが、聞いてみる。


「イツキね、オウキとけんかしたの……」


ぴくりと斎希は笑顔がひきつる。見事に自分のこと名前呼びだ。

子供の時の自分が恥ずかしい。どんだけ可愛い子ぶっているのだろう。たいして可愛くもないのに……あぁ、穴を掘って埋めてやりたい。

いつから自分のことを「私」と呼ぶようになったのかは知らないが、昔の自分ナイスと心の中で親指を立てる。

そんな斎希の心境なんか知らず、イツキは話し続ける。


「オウキったらひどいのよ。イツキのノートをよごしたのよ」


涙を瞳いっぱいに浮かべてイツキが訴える。


「……そうよね。大事なノートだもんね。……でもノートだから、また書けばいいのよ? もしかしたら、前の時より良いものができるかもしれないし


できるだけ、思ったことを全て伝えようとした。

だから、優しい声音で、頭を触れることができなくても頭を撫でながら語りかける。


「ふふっ、人生の先輩からの言葉よ? 大切にしなさい。……って、意味分からないわよね」


忘れなさいと笑う斎希に、小さなイツキはううん、と首を振る。


「ようせいさん、なんか、かっこいい! だから、わすれないよ?」


不覚にもジーンとしてしまった。


「ち、小さい私可愛いッ!!」


思わず抱きしめようとした斎希をイツキは避けようとした。

が。


「うあ」


普通にすり抜けて失敗。

びっくりしたイツキは目をぱちくりさせている。


「い、痛くは無いけどびっくりした……。あ、イツキちゃん。今のは気にしないで。気にしたら、悪戯するわよ」

「う、うん……」


自称妖精さんの斎希が悪戯っぽく笑うと、コクコクとイツキは頷いた。


「ん、よろしい。……って、あら?」


また何かが聞こえたので、その音源を探して首をきょろきょろとさせる。


「あら、あれは……」


小さいオウキだ。

小さいオウキがイツキを探してこちらに近づいて来る。

斎希はイツキに囁いた。


「お迎えが来たわよ。さあ、泣いたままじゃ格好悪いわよね」


涙を拭いてあげたくても触れない。

だから言葉で。


「涙を拭いて。私はキミに触れないから、自分で拭くのよ? それくらいは、できるでしょ」


泣きじゃくっていたイツキは、その瞳に涙じゃなくて、明るい光を溜め込むように青空を映し出す。

上を向いて涙を止めたイツキは、そのままひっくり返った。


「うあ」


驚いた時に出た呻き声が自分と全く同じで斎希は笑いそうになったけれど、それをこらえてその場を離れる。

オウキが見つけてくれたのならば、もう大丈夫だからだ。

気付かれないように静かにスモモの樹に隠れて、そっと成り行きを見守る。


「あ、オウキ……なにしにきたのよ?」

「え、えと、あやまろうとおもって……」


オウキの声がだんだん小さくなっていく。


「い、いまさら、あやまってもおそいんだからっ! イツキは、おこってるのっ!」

「う、うん。しっているからあやまりにきたんだ」


そっぽを向いて聞こうとしないイツキに、オウキは一生懸命になって声をかける。


「ごめんね、ノートをよごして。なんでもイツキのいうこときくからゆるして……?」


上目遣いに謝るオウキにイツキはちろりと顔を見る。

そんな小さな自分に斎希は、はらはらする。

さっさと仲直りしなさいよと手に汗を握る。

自分が仲裁に入ってやりたいが、これは小さな自分が乗り越えるべきことだと思い止まる。


「……何でも、言うこときいてくれるの?」

「うん! ぼくにできることなら」


魚が釣れたようにぱあっとオウキの顔が輝いた。


「……わかった。そのかわりそのコトバ、わすれちゃダメだからね?」

「うん、わすれないよ」


指切りを始めた二人に斎希はほっとする。

良かった。昔のことだけど他人事のように見ると心臓バクバクで、落ち着かなかったから。

それでも小さな自分は乗り越えた。

斎希は空を見上げる。

あんなに青かった空はあっという間に茜色に染まっていた。


「んー、もう夕方か……夢だから、ほっといても大丈夫かしら? でも、一応寝場所の確保をしなきゃな」


イツキとオウキが仲良く帰るのを見送りながら考える。

ベットの上で目を閉じて、ベットで目が覚めることを想像して笑った。


「んー、なんとなく、ちょっと面白そうね」


森に目をやる。


「ふふっ、野宿かあ。夢だったのよねぇ。夢だけど」


わくわくしながら、ベット代わりに葉っぱを集めようと考える。嗚呼、なんて楽しい。

でも、ふと思った。


「こんな身体で、葉っぱを集められるかしら?」


自分の身体を見下ろすとやはり透けている。

試しに近くに落ちている小枝を拾おうとしてみるが、勿論すり抜ける。


「あーあ、ふかふかな葉っぱのベットは無しか」


残念そうに呟いてゴロンと寝転がる。


「んー、夢なのにお腹減った……桜樹が作ってくれたお昼食べなかったからなあ」


お腹の中が寂しい。

一人でいるのも寂しい。


「寂しいだらけだなー。……ふて寝するぞこのやろう」


訳の分からない独り言を言って、目を瞑る。

寝るには早い時間だろうが、知ったことじゃないと思った。どうせ夢なのだからいつ目覚める支度をしようと斎希の勝手である。

瞼の裏は暗闇が広がっていて、辺りからスモモの甘酸っぱい匂いが漂った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ