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李愛  作者: 采火
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夢は思ったよりも現実味を帯びている3

怖い夢を見ていた。

あの、甘酸っぱくて懐かしい匂いのする暗い世界にいる夢。

同じだけれど、前回と少しだけ違っていた。


「何か聞こえる……あっ」


自分の声が出ることに気付いた。その事に少しだけ安心する。

しかし、それよりも。


「誰の声だろう?」


彼女はよく聞く為に耳を澄ませてみる。

じっと耳を澄ますと声の主は子供だと分かった。



───…く……だ…ら…

───お…え……い…よ

───……き…ちか……

───…っ…い………ね


彼女は苦虫を噛んだように顔をしかめる。


「……よく聞こえない」


でも、途切れ途切れの声は聞いたことのあるような声だった。


「なんなの……この夢……」


怖い。

ただただ怖い。

懐かしく感じる声も、今は恐怖の対象だった。

耳を塞ぎたくても、手の感覚が無い。

早く、目が覚めることを願うしか無い。

一人ではどうしようも無くて、途方に暮れる。

恐怖で泣きそうになった。怖いものは嫌いだ。

お化けとか宇宙人とか、こういう得体の知れないものが。

そんな中、誰かが彼女を見つめている気がした。

夢がシャボン玉を壊すように破裂する。


目を覚ますと、茶奈が本棚の前に座り込んでこちらを見ていた。

笑ってすぐに部屋を出て行ったが。


◇◇◇


───何やってるのよ。


言葉に出してみたけど、声が出ている感触は無くて、しかめっ面になる。

喉の調子を整えてもう一度言葉を発しようとする前に、茶奈がこちらに気づいてばつの悪そうな顔で部屋を出ていった。

斎希は息をついて重たい身体を起こす。勉強机に置かれた茶碗が見えた。

壁に掛かっている時計を見ると、もう十二時だった。

お昼を届けに来たのな、と推測する。

でも、と目を瞑った。嬉しいけれど食欲が少しも無いのだ。

音楽でも聞いてまた寝ようかと思い、近くに置いてあるミュージックプレイヤーを手繰り寄せる。

それだけでもどっと疲れる。

イヤホンを耳に付けて音楽を再生。

しかし。


───あれ……? 聞こえない……?


音が小さいのかと思って音量を上げるが、何も聞こえない。

どうして、と斎希は混乱する。

これではまるで夢で見たのと同じではないか。

あの夢を思い出して身体が恐怖に震えた。

でも違う、これは現実、何てこと無い、ただ体調が悪いだけと自分に言い聞かせて、頭を振る。

夢だったら真っ暗で何も見えないし、あの匂いがするのだからと自分に言い聞かせる。

今の状況とは真逆だ。


────気にしない、気にしない。疲れているだけだから寝れば直るわ。


ミュージックプレイヤーを適当に放り投げる。

机の脚にコツンと当たって落ちるが、斎希には聞こえていなかった。

それにさえ気付かすに斎希はベットに潜り込む。

そして別のことを考える。

どうして茶奈は本棚の前にいたんだろうか。

ついつい気になってしまう。

しばらくベットの中でもぞもぞとしていたが、身体をコロンと反転させて本棚をみた。


────ノートが一冊ないし。


一番新しいノートがなくなっているのに気付いた。

きっと犯人は茶奈に違いない。

昔から茶奈はこっそりと斎希のノートを読む癖があった。そのたびに慌ててノートを探していた記憶がある。

さっき読んでいるところを斎希に目撃されて慌てたから、返すのを忘れて持って行ってしまったのだろう。

読ませてって一言言えばいいのに。

しかもじっくりと読むようでなかなか返ってこない。

色々と思い出して斎希はふふっと笑った。


◇◇◇


「あー……びっくりした」


ドタバタと足音を鳴らして戻って来た茶奈を見て連夜は顔をしかめた。


「……足音うるさい、斎希に迷惑がかかる」

「あー……ごめん」


連夜の言葉に適当に返事をしながら、つい持って来てしまったノートをテーブルに置いて椅子に座る。

丸いテーブルは茶奈の右側に桜樹、真正面に連夜が座っていて、左側がぽっかりと空いていた。

その空間が珍しくて少し落ち着かない。


「茶奈、口癖の回数増えてるね」


桜樹が指摘する。


「あー……」

「ほら、また。言葉を濁さないで言いたいことははっきり言う」

「そう言われても……」


これはただの癖で特に意味は無いのだ。

桜樹が呆れた顔で連夜と目線を交わす。

連夜は相変わらずの無愛想だ。

しばらく沈黙が続いた。

沈黙に耐えきれなくなった茶奈は目をきょろきょろさせる。

ちょうど良いところに話題が転がっていた。

茶奈はノートを開いて、二人に読むように促した。

明らかに話題を逸らされたが、二人とも促されるままノートを覗いた。


「あれ。これって」


ノートの一番最初の物語の冒頭部分を読んだ桜樹が声を上げる。


「……李唄だ」

「え、李唄?」


茶奈がきょとんとする。

茶奈が読んだのは最後の部分で最初は読んでいないから、詳しい内容は分からない。


「え。茶奈、読んで無いの?」

「あー……うん。最後の部分だけしか読んでない……。部屋を出る時に本棚に戻し忘れちゃったやつだし」

「バカだ」

「え、連夜に言われたく無いし!」


茶奈がぷう、と頬を膨らませた。

そんな彼女を無視して、桜樹は懐かしそうに目を細める。


「李唄か……連夜、歌える?」

「俺に聞くな。歌えない決まっているだろう」


行儀悪くテーブルに足を乗せて椅子を傾けている連夜に対して、桜樹は苦笑する。


「胸を張って答えるようなことじゃないんだけど……」


今度は茶奈に聞こうと思って茶奈を見ると、茶奈が腕でバツ印を作って歌えないことをアピールしていた。


「聞かないでね。何年、歌って無いと思っているの」


にっこりと茶奈が笑う。


「……俺らの代わりに桜樹が歌って」

「え」

「全部は無理でも、大体は覚えているでしょ。はい、歌詞」


茶奈にノートを差し出されて、桜樹は椅子から立ち上がり後ずさりしたが、音も無く立った連夜に見事に両腕を捕まえられた。

観念して桜樹はうなだれる。


「う、歌うけど笑うなよ?」

「大丈夫だよ、男装の歌姫」


にこにこと笑う茶奈の言葉に桜樹が顔を引きつらせる。


「昔のあだ名を今更出すな! っていうか、元から男だからな!」

「いやいや。綺麗な高音域を出せる桜樹は、服装変えれば女の子だよ」


にこにこでは無くニヤニヤと笑い始める茶奈。

普段はやられ役のくせに、こういう時だけいじり側になる。

桜樹は今の自分の額には青筋が立っているに違いないと確信した。

ちょっと怒り気味に、歌詞は覚えているからノートはいらないと言って返す。


「……よっ。待ってました」


連夜まで煽りにかかる。


「う、ううううるさい! 黙って聞いてろ!」


恥ずかしさから顔が赤くなる。悪夢だと思った。

渋っていたがこうなればもう、やけくそだ。

桜樹は悪夢を終わらせるために息を大きく吸う。

茶奈は目をつむり、連夜は桜樹の腕を離して椅子に静かに座る。

二人が静かになったのを見て、桜樹は歌い出す。



「すもものはなびら

 ひとりではさかない

 いいや、さけないの

 われらがみずをあげようか

 おいしいすももを

 ころがせよ


 すもものはなびら

 ひとりでまっている

 いつまで、まってるの

 われらがみずをあげようか

 おいしいすももを

 ころがせよ


 すもものはなびら

 あいつはもうこない

 いいや、これないの

 われらがみずをあげようか

 みかえりにすもも

 ころがせよ


 すもものはなびら

 かれたかれた、みをおくれ

 なぜ、みをくれないの

 われらがみずをあげただろ

 おいしいすもも

 ころがった

 さあ、つかまえろ」



桜樹がすらすらと思い出して歌う。

思ったよりも歌えている。

ふと連夜は、李唄は子供会で覚えたんだよなと思い出した。

李唄は連夜達の地区が所有している山の空き地の中に、ぽつんと立っているスモモの樹を歌った歌だ。

実が採れる季節になると子供会で集まって採りに行った。

近所のジジババ達によると、まだ村と呼ばれていた頃に一人の女の子がスモモの樹を植えたらしい。

話しによるとその女の子を歌った歌もあるようで。


「……確か、愛唄だっけか」

「どうした、連夜?」


ぼそっと呟いた言葉に、歌いきった桜樹が反応した。


「……李唄の対になる歌」

「あー、そういえばあったね。ジジババが言ってた記憶があるー」

「……言っとくけど、僕はそれ知らないからな。歌詞も音程も」

「そんなこと言わないでよう、いけずう」

「知るかっ! 知らないものは知らない!」


三人でわぁわぁと懐かしい話に身を咲かせていると、突然二階から物音がした。

ごとん。

何かが落ちた音。

三人ははっとして上を向く。


「……今の音、斎希の部屋?」

「たぶん。茶奈、ちょっと見てきて」

「了解」


三人は、会話を切り上げた。

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