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李愛  作者: 采火
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未来へ向けて5

「斎希ー、朝ご飯だよー」


階下から目覚まし替わりの声が聞こえて、斎希はパチリと瞳を上げた。

朝の日差しで目を灼かれる。

またカーテンを閉め忘れたらしい。


「ふぁーい、待っててー」


ひとまず声をかけてから、斎希は身だしなみを整える。

グレーのパーカーとデニム生地のスカート。

長い髪は高く括って、鏡で確認する。


「……よし!」


黒いチェックのポーチを持ち、ドアを開けて、まず最初に洗面所に向かって顔を洗った。

そのままそこで、手元のポーチから幾つかの化粧道具を取り出して、薄く、本当に薄く化粧をする。

過去から戻ってきた斎希の変化。

今まで身だしなみなど気にも留めなかった斎希が化粧をし始めたのは、過去から戻ってきた後。

理由は明白だ。


「桜樹に変な格好見せれないもの」


仮にも告白をされたのだ。

保留の上に審査期間中といえども、ついつい気にしてしまう。

桜樹が斎希を見て、何て言ってくれるか。

桜樹が斎希を見て、どんな反応をするのか。

彼の一挙一動に一喜一憂している自分がいた。

斎希は鏡とにらめっこをするのをやめて微笑んだ。

大丈夫、今日も自分らしい。

それを確認して洗面所から出る。

扉を開けると茶奈が寝ぼけ眼で立っていた。


「おはよ、茶奈」

「おはよー、てか斎希」

「え? なに?」


斎希がきょとんと首を傾げると、茶奈が半眼のまま口を尖らせた。


「化粧するくらいで鍵掛けないでよぉ。どうせ女同士なんだから」

「え、また掛けちゃってた?」

「なにそれ。かけたの斎希でしょ」


軽く驚く斎希の横を通って茶奈が鏡の前に立つ。


「……てへっ」

「もー。今日は別にいいけど、あたしが寝坊したときとかはやめてよね」

「善処しまーす」


茶奈はサークル仲間との泊まり癖を直し始めた。

頻繁にサークル仲間と外泊していた一ヶ月前より、徐々にだが外泊の数は減ってきている。

一ヶ月。

たった一ヶ月。

斎希の消えた一週間から、たったの一ヶ月で劇的な変化があった。

茶奈の外泊もそうだし、斎希の化粧もそう。

今日だって大学が終わった後、斎希は茶奈を連れて最近の流行をリサーチしに行く予定だ。

化粧品とか服とかアクセサリーとか。

今まで適当だったものを気遣うようになって、毎日がちょっぴり楽しい。

けれど時々不安になる。

過去のイツキ達のこと。

未だに斎希は自分の子供の頃のことが思い出せないでいる。

茶奈達に聞いても、「妖精さん」なるものはいなかった。

やはりアレは夢だったのだろうか?

そう思うが、桜樹も連夜も茶奈も皆が斎希が消えたのを目撃したそうだ。

そもそも、夢だったら地元まで戻る必要はない。

この一ヶ月、ずっと不思議に思っていたことを考えていると、茶奈に背中を押された。


「あわわ」

「ご飯出来てるから降りてきたんでしょー」

「え、あ、うん」


茶奈がシャコシャコと歯磨きをしつつ、台所を指さした。


「早く行きゃあ」

「はーい」


茶奈に促され、斎希はパタパタと小走りで廊下を進む。


「おはよー」

「おはよ、斎希」

「……おはよう」


ドアは開けっ放しだったので、可愛らしいクマののれんをくぐって斎希は中の二人に声をかける。

ちょうど桜樹が朝ご飯のハムエッグを人数分置いたところだった。

連夜が、読んでいた新聞を茶奈のイスの上に置いた。


「ん、美味しそう」

「茶奈来てないけど先食べちゃう? 僕らすぐにバイトに行く支度しないと」


よく見れば桜樹も連夜も寝間着がわりのジャージのまま。バイト先の制服に着替えるのはご飯の後らしい。

今日は何でもご町内のお母様方がお店で大規模な女子会を開くらしいのだ。

予約されていたのであわてる必要はないが、仕事量は増えるようで忙しそうだ。


「ねぇ、片付けやっておこうか?」

「ううん、平気平気。それくらいの時間はあるよ」

「…いただきまーす」


斎希と桜樹ご話している横で、連夜が黙々とハムエッグをつつき始めた。


「連夜フライングよ」

「じゃ、僕も」

「あ、私ジャムとってくる」


八枚切の食パンを目の前にして、斎希は冷蔵庫の方へ行く。

冷蔵庫を開けて、ジャムの瓶を探す。


「昨日どこ置いたっけ……あ、あったあった」


イチゴの真っ赤な甘いジャムが詰められた瓶を右手でつかんで、斎希は左手で冷蔵庫のドアを閉めた。

その時。


「あああああああ!? 皆、先に食べてる!?」


大声で茶奈が台所へ入ってきた。


「あはは、ごめんね茶奈」

「私はまだ食べてないわよー」


ジャムの瓶を持ったまま、スプーンを手にとってテーブルに戻る。

そのまま食パンを手にとってジャムを塗り始めた。


「あー……うん、あたしも食べる食べる……ってあたしのイスに新聞置いたの誰!?」

「それ連夜だよ」


茶奈が自分のイスの新聞に気づいて声をあげる。

桜樹が隠しもしないで本当のことを言った。


「また連夜……いい加減やめてよ……」


文句を言いつつも新聞を机の上の空きスペースに置いて、茶奈はイスに座る。


「桜樹、ジャム使う?」

「あ、欲しい」

「あたしもあたしも」

「連夜は?」

「……置いといて」

「りょーかい」


そう言って斎希は桜樹にジャムの瓶を渡す。


それは何気ない日常で。

後悔なんて無くて。

幸せだと十分に叫べる。

過去に捕らわれない斎希の恋は後悔を残さずに、仲間とともにある。

そう。


スモモの木の力は余計なお世話だったのだ。



End.

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