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李愛  作者: 采火
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未来へ向けて4

パラパラと銀の粒子が踊るように、祝福するように、斎希と桜樹の周りを漂う。

ふわふわと、きらきらと。

幻想的な淡く白い輝きが四人を包む。

そして何も無かったように風が治まれば、後には幼なじみ四人だけ。


「おうき、おうき……!」


泣きじゃくる斎希の背を撫でながら桜樹は言う。


「おかえり、斎希」


茶奈と連夜もほっとした様子で声をかける。


「もー、心配したんだからね」

「……一件落着」


三人一斉に連夜を振り返る。

泣いていた斎希まで振り向いているので連夜はたじろいだ。


「……なんだよ」


連夜が顔をひきつらせて言うと、


「今、連夜が四字熟語(むずかしいことば)言ったよね?」

「言った言った、聞いたー♪」

「珍しいー」


斎希、茶奈、桜樹と順番に連夜に対して失礼な事を言っていく。

からかわれた連夜は、むすりとして口を閉じてしまった。

それに真っ先に気づいた茶奈が慌ててフォローする。


「や、連夜、これには深いわけがあるようで無いようで……!」

「あるのか無いのかはっきりしろ」

「う……ないです……」


茶奈が見事にフォローに失敗し、へこんだ。

それはもう空きペットボトルがへこんでるみたいにペコペコだ。

それを見て斎希は、涙を拭きながら笑った。

袖で涙を拭う斎希見て、桜樹は眉を寄せた。


「擦ったら駄目だよ、斎希。目元が赤くなってる」

「え? でも」

「でもじゃないよ」


つん、と桜樹が斎希の額をつつく。


「昔そう言って僕にハンカチを貸してくれたの誰だっけ?」

「う……私です……」

「それじゃあ、自分で言ったことは守らないと」

「でもハンカチ今ないし」

「僕も持ってないからなー」


斎希が困り顔で答えれば、桜樹も顎に手を当ててどうしたものかと考える。

ほんの少しそうやってただけで桜樹は何かしら閃いた顔で斎希を振り向いた。

その顔には満面の笑みが張り付いていて、なんだか悪巧みを思い付いたような子供のよう。


「……何よ」

「あ、駅員さん」

「え? どこどこ?」


救いのように茶奈が振り向き、つられて連夜と斎希も振り向く。

けれど駅員さんは見当たらなくて。


「桜樹、いないじゃ」


───chu♡


可愛らしい音を立てて、桜樹が斎希の涙を舐めとった。

一瞬、斎希は何が起きたのかわからなくて固まる。

濡れた頬が、温かく柔らかな感触とともに渇いて。


「な、ななななななな……!?」


斎希が顔を真っ赤にして舐められたところに手を当てる。


「何するのよっ!?」

「え? だってハンカチとか何もないし」

「だからって何で……!?」

「斎希だから」


桜樹が微笑む。

斎希は一瞬ポカン、としたが、


「………………っは!?」


すぐにハッとして桜樹の胸倉を掴む。


「だ、だからってそーゆー事はしないのっ! 桜樹も、もう高校卒業したんだし、こんなスキンシップが他の女子に知られたら誤解を生んで困るでしょっ!?」


桜樹は首を傾げて、


「どうして僕が困るの?」

「……世間体とか貞操とかに傷が付いちゃうでしょ」

「別に困らないけど。斎希がいれば十分だし」


桜樹のあっけらかんとした物言いに、斎希は一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。

一瞬、間を空けてよくよく考えてみると、それは斎希が心の底から欲しかった言葉で。

でも、と斎希は強い口調で捲し立てる。


「だ、駄目よ! 桜樹はちゃんと恋愛して結婚とかしなきゃ! 私たちのルームシェアだってそんなに長く続けられるわけじゃないんだし───」


すごく嬉しかったけれど、桜樹にとって、それはきっと友達の延長線上で───


「じゃあ、斎希。僕の恋人になってよ」


桜樹が極上の微笑みを浮かべた。


「───え?」


何か今、すごい奇跡が起きた気が───


「僕さ、分かったんだ。斎希だけが、僕の中で特別な理由。昔から斎希の事、好きだったから……」


思いがけない告白に斎希は呆然とする。


「……この事に気づくまでに長い時間がかかっちゃったけど」


桜樹が弱々しく微笑む。


「今までの反省をひっくるめてさ、斎希とちゃんと過ごしたい───やり直したい」


斎希の手を握る。

体温の低い斎希の手は少しひんやりとしていて、桜樹には調度良いくらいだ。


「……私は」

「斎希、僕と一緒に人生をやり直してくれない? 僕を友人の桜樹じゃなくて、一人の男として見てくれたら嬉しい」


桜樹の申し出に、斎希は口をつぐむ。

桜樹の言いたいことは分かった。

そしてそれは、斎希にとっても幸せな道でもあった。

けれど。


───それじゃあ私は、何のためにスモモの木に導かれてしまったの?


戻るために決めた、決心の意味が消えてしまう。

斎希の心が震えた。

どうして今頃───


「どうして今頃そんな事を言うのよっ……!」


ポロポロと涙がこぼれる。

せっかく泣きやんだのに、桜樹のせいで再び涙が溢れだした。

対する桜樹は何故斎希が怒るのか分からず困り顔をする。


「なんで泣くの?」

「なんでじゃないっ……! 桜樹のバカっ! バカバカバカっ!」


斎希の声に、駅員さんをさがして探していた連夜と茶奈が振り向く。


「私、我慢したのに! ずっと四人でいたいから我慢したのに! どうして今頃っ!」


斎希が言いたいことを瞬間的に茶奈が理解した。

斎希は四人でいたいから、ずっと我慢してきたという。

桜樹はその事を考えずに斎希に告白をした。


───お二人とも、会話が聞こえてないと思ったら大間違いだよ……。


盗み聞きする気はなくても聞こえてしまうのだ。

茶奈は溜息をついた。

こんな馬鹿なやりとりなんて見ていられない。



「どの男も結局は自己中なんだねー……」

「……?」


どういうことだ、と聞きたそうな連夜に茶奈は言う。


「桜樹も連夜も似てるよ、ねー?」


意味ありげな茶奈の言葉に、連夜はそっぽを向いた。

実は連夜、茶奈に告白してフられたことがある。

茶奈がその時、連夜に対して言い放った言葉は。


「……『今のままがいい』」

「よく覚えてるじゃん、連夜」


茶奈がニヤリと笑う。


「さてさて、桜樹はどうするつもりなんだろう」


斎希の意志は固い。

どうやって落とすのか、はたまた諦めるのか。

茶奈と連夜は距離をとり、斎希と桜樹のやりとりをそっと見守る。


「斎希、」

「うるさいっ! 桜樹なんか嫌い!」

「斎希!」


流石に桜樹が声を荒げる。

ぐしゃぐしゃの顔で斎希は叫び続ける。


「待って斎希! 僕だって同じだ! 勘違いしてる!」


ピタリ、と斎希の声が止まる。

涙で濡れたまま、斎希は桜樹をまっすぐに見た。


「……勘違い?」

「僕だってずっと四人で居たいんだもの。恋人になれたら嬉しいけどそれは斎希が決めることだし、茶奈と連夜には僕らのことで遠慮して欲しくない。まあ、恋人になるのが最終目標だけど」


ぼそりと最後に付け足された言葉は兎も角、桜樹の言葉は斎希の思考を冷静にした。


───桜樹は勘違いって言った……。


桜樹の言葉を反復する。


───私が勘違いしているのはどこ?


桜樹の言葉を思い出す。


───桜樹が私のこと好き。


違う。

それは明らかだった。

というか、これが間違っていたらそれはそれで悲しい。


───桜樹が私を恋人にしたいってこと。


違う。

桜樹ははっきりと言ったから、勘違いも何もない。

もっと違う言葉があるはず。

斎希はつい少し前の会話に耳を傾ける。

そして、違和感に気づく。


「……やり直す?」


一つの言葉に思い当たる。

呟けば桜樹が今まで以上に微笑んだ。

桜樹はやり直すと言った。

けれど。


───私が桜樹を男としてみるという所だけやり直したら、私が桜樹を恋人にするかどうか判断が変わる?


斎希は桜樹が好きだ。

だが、これで桜樹の印象が変わって嫌いになったら?

そんな事はないとは思うが、もしかしたら接し方とかが変わるかもしれない。

そう言うことなのだろうか?

つらつらと働かない頭の中でぐるぐると考えていれば、桜樹が正解を教えてくれる。


「斎希も、だからね? 僕ら二人だけでじゃなくて、皆とやり直したいんだ。こんなバラバラじゃ、なんの為のルームシェアか分かんないし。その中でゆっくり、斎希の僕に対する印象を変えていくから。その後でいいから」


そんな事を平気で言う。

それは斎希が思ってもいなかったことで。

いや、パニックを起こしていた斎希には考えられなかったことで。

それなら四人でいるのに、変わりはない。

仕切り直すだけだから。

あまり変わらない。

ただ、未来のことを、ここから更に見据えていくだけ。


「いいよ、桜樹」


斎希はひたと桜樹に視線を据える。

茶奈が呆れる。

連夜が頷く。

桜樹が微笑む。


───新たな始まりを迎える。

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