未来へ向けて3
日差しが強くなる。
地元に戻ってきたときよりも強い日差しが、葉の隙間から目を射抜いた。
ごろり、と桜樹は寝返りを打つ。
桜樹がいるのはスモモの木の真下だ。
そこで横になって真っ青な空を見ていた。
掴もうと手を伸ばしても掴めない空はまるで斎希のようで。
桜樹は手を伸ばして握る。
握って開く。
その手には何もなかった。
一縷の望みをかけて李唄の練習をここ数日やっていた。
午前中に連夜と茶奈と集まり、午後には解散するほどの短い時間だったが。
それでももともと知っている歌であって覚え直すのは早かった。
午後からは各自別行動。
茶奈は自宅で大学の勉強をしてたし、連夜は家でのんびりと飼い犬と戯れているらしい。
桜樹はよく連夜に付き合っていたが、気分によっては資料館で李唄と愛唄に関する資料を読んでいた。
そうやって各々が時間を過ごした。
そして今日は約束の日。
桜樹は約束の一時間前からずっとそこで寝転がっていた。
風は柔らかく日陰は涼しい。
時々木漏れ日が目を焼くが、それ以外は過ごしやすかった。
桜樹はそこですることもなしにただぼーっとしていただけだ。
「桜樹早っ」
茶奈がやってきた。
「どれくらい待った?」
「一時間くらい、かな」
「早すぎるよ……」
茶奈の呆れた物言いに桜樹は笑う。
「気にしなーい気にしなーい、気にしたら」
「世界が滅ぶ?」
「最後まで言わせてよー」
「いや、だってそれ斎希の口癖じゃん」
二人で顔を見合わせて笑う。
「……早くね?」
連夜もやってきた。
連夜は黒色のポークパイハットを被っていた。
見慣れない帽子に桜樹と茶奈は首を傾げる。
「どうしたの、ソレ?」
「覚えてないのか?」
逆に聞き返されて桜樹は首を傾げる。
そしてソレが何だったのかと思い出そうとする。
悩んでいる様子の桜樹に連夜はふてくされた。
「……覚えてないなら、いい」
「ちょっと待って、もうすぐ思い出す!」
桜樹が必死に思い出そうとしていると、茶奈がポンッと手を打った。
「あー……あれか」
茶奈が何かを思い出したようだ。
「あれでしょ? 中学卒業後の春休みに皆でどっかのショーピングモール行った時の」
「正解」
「何で茶奈覚えてんの」
「……なんとなく?」
茶奈は頬を掻いて照れくさそうにした。
連夜はちろりと茶奈のその表情を見てから、腕時計を見る。
「……そろそろ時間」
「よし。二人とも、成功するかわかんないけどやってみないよりマシだよね?」
桜樹が確認するように二人に尋ねる。
「そんなの分かってるよ」
「言わなくてもいい」
二人がそれぞれ反応するのを見て、桜樹は真顔になる。
「僕は成功すると思う」
言い切った。
そうだ、きっと成功すると、桜樹は力強く信じる。
なぜなら。
「僕、一回斎希と会ってる。帰って来てから」
桜樹の言葉に茶奈と連夜が同時に目を見開く。
次いですぐに真顔になった。
「いつ?」
「茶奈が転んだ僕を見つけたとき」
茶奈が尋ねると桜樹は答えた。
あの時、桜樹は鼻歌交じりで李唄を歌っていた。
そして斎希を見た。
あれが夢じゃないのなら。
「きっと成功する。ううん、成功させないといけない」
連夜は桜樹の傍らにしゃがむ。
ぽんぽん、と転がっている桜樹の頭を叩いた。
それはいつもの力任せの暴力などではなくて。
「……成功させる」
連夜は言う。
「……この帽子、まだ被った所を斎希に見せてないからな」
その何気ない言葉の中には意志が込められている。
滅多にやる気をださない連夜のやる気。
それだけでも心強い。
「あたしも斎希とガールズトークとかしたいわー」
にやにやと笑う茶奈に桜樹は苦笑する。
ぱっと桜樹は身を起こした。
草だらけの背中を連夜に叩いてもらう。
ぱらぱらと草は落ちていく。
それでもしつこく服に残っているヤツもいるが無視した。
「桜樹が指定した時間は、そろそろか?」
連夜が時計を読み上げる。
茶奈が頷く。
最初に息を吸ったのは桜樹だった。
「すもものはなびら
ひとりではさかない
いいや、さけないの
われらがみずをあげようか
おいしいすももを
ころがせよ
すもものはなびら
ひとりでまっている
いつまで、まってるの
われらがみずをあげようか
おいしいすももを
ころがせよ
すもものはなびら
あいつはもうこない
いいや、これないの
われらがみずをあげようか
みかえりにすもも
ころがせよ
すもものはなびら
かれたかれた、みをおくれ
なぜ、みをくれないの
われらがみずをあげただろ
おいしいすもも
ころがった
さあ、つかまえろ」
桜樹が歌う一小節遅れで茶奈が歌う。
更に茶奈の一小節遅れで連夜が歌う。
間違えないように集中する。
提案したのは桜樹だった。
どうやって歌えばいいのか分からなかった。
合唱しようとすると互いに遠慮がちになってしまって思うように歌えない。
だから敢えてこうやって音をずらした。
それぞれがそれぞれの音色を歌う。
バラバラだが自分の精一杯で歌える方法だ。
連夜は願う。
早く戻ってこい、と。
茶奈は思う。
一杯おしゃべりしようね、と。
桜樹は望む。
キミに言いたいことがあるんだ、と。
願い、思い、望みが膨れ上がる。
白銀の風がそれらを浚っていく。
歌うにつれて風が強くなる。
呼吸はできるが、立っているのが辛いほどの強風だ。
桜樹と連夜はもとから座っているのでいいが、茶奈はそうでない。
思わず膝をついた。
心配そうな男子二人に茶奈は笑いかける。
それでも歌うのはやめない。
風に含まれる銀の粒子がキラキラと光ってとても綺麗だ。
銀の粒子がある一点に向かってなびく。
桜樹がそれを目で辿る。
その先に斎希が、いた。
よろり、と立ち上がり桜樹は一歩を踏み出す。
「───おいしいすももころがせよ」
歌うのを止めないまま一歩を踏みしめる。
斎希も一歩を踏み出してきた。
「───っ」
体が喜びで満ちあふれる。
お互いがお互いを意識して一歩を踏み出す。
しかし。
「───?」
斎希が歩くのを止める。
───どうしたんだろう?
斎希は何故、足を進ませるのを止めてしまったのか。
それでもなお、桜樹は歩く。
一歩一歩をしっかりと意識する。
斎希だけを見て進む。
斎希が顔を上げたのが分かった。
歌が、終わる。
「斎希っ!!」
桜樹は斎希の名前を呼んだ。
「見つけた!」
桜樹は微笑む。
「斎希っ」
「……ばかっ!」
桜樹の隣に茶奈と連夜が並んだ。
それを見た瞬間、戸惑っていた斎希の足は動きだした。
「斎希、」
まっすぐこちらへ向かってくる。
一瞬、斎希の後ろに懐かしい姿があった気がした。
───腕を
───大きく
───広げて
「おかえり!」
桜樹は斎希を、強く強く、抱きしめた。




