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李愛  作者: 采火
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夢は思ったよりも現実味を帯びている2

───甘酸っぱい匂いがする。

───懐かしい匂いがする。

───不思議な匂いがする。


暗い景色の中で、それだけを感じた。

余りにも本物にそっくりで、すぐにここが夢だと気付かなかった。


───それにしてもここは暗いな。


周りがよく見えない。

でも、周りを漂う匂いのおかげで恐怖心はどこにもいなかった。

彼女は何も無い空間なのに匂いが漂っているのが不思議だった。

手探りで当たりを探ろうと思ったら、強烈な違和感を感じた。


───手の感覚……ううん全身の感覚が無い。


思った瞬間、彼女は絶叫した。

一気に恐怖が引き出された。

しかし。


───声が出てない。


感じるのは甘酸っぱい香りだけ。

彼女は夢だということに気付かない。

ただ、絶望した。


───どういうこと?

───なんで声が聞こえないの?

───何も見えないの?

───何も触れない?


心は泣いているのに、涙を流している感覚が無い。

甘酸っぱい、懐かしい匂いが余計に虚しさを引き立てる。


───皆、どこにいるの?


苦しい。

感覚が無いのに苦しい。


───この苦しさはなに?


何も感じ無いのに苦しい。

不思議な苦しさ。

どこから感じているのだろう?

彼女は、心を震わせる。


誰か、私を見つけて──!



◇◇◇



斎希は、ゆっくりと瞼を開いた。朝よりも強い光が降り注ぐ。

起き上がると、ドアの所に人がいるのに気づいた。


「……茶奈? 何してるの?」


思ったよりもかすれた声が自分の喉から出た。

斎希が声をかけると、声をかけられた彼女は振り向いた。


「あ、おそよう。連夜に連絡もらって慌てて帰ってきたんだよ?」


茶奈が呆れた顔をして、斎希のベットに近づいて、床に座った。

そうして思ったことを率直に良い放つ。


「珍しいよね、斎希が倒れるなんて。色々と疲れてた?」

「ううん。そうじゃないよ、たぶん」


斎希は茶奈の言葉を否定するが、茶奈がさらに斎希の言葉をひっくり返す。


「まあ、でも。あたしとかが我が儘してたせいで、斎希に負担をかけてたのは事実だし。ごめんね」

「謝らないで。茶奈がやりたいことするのは当たり前。桜樹も連夜も、自分のやりたいことやってるでしょ? 私も、自分のやりたいことをしているだけ」

「あー……」


茶奈は、困ったような顔で笑った。

あまりにも正しいことを言う斎希は、時折厄介だ。

正し過ぎて、反論できない。

斎希が、フッと唇を歪めた。


「私の勝ちね。反論できないなら、私の言った通り自分のやりたいことをやって」

「あー……。でも、せっかく帰ってきたんだし。斎希の看病を今したい気分だな?」

「ちっ」

「え、今舌打ちした?したよね?」


茶奈が耳聡くも斎希の舌打ちを聞き取ったけれど、斎希さぁ? といった体で取り合わない。


「気のせいだよ」

「いや、絶対したよね?」

「もう寝るから、私のこと無視していいよ」

「え、普通逆だよね?」


言い募る茶奈を無視して、斎希は布団を頭から被った。平気なように取り繕っていたものの、やはり体調は口ほどに物を言うようで、今の会話で少し疲れたのは否定できなかった。


「そろそろお昼だから、なんか食べるもの持ってくる」


うん、と斎希は頷いて、また微睡みの中へと誘われる。

茶奈の気配が遠ざかって行った。


◇◇◇


「……茶奈臭い」

「仕方無いじゃん。香水付ける分量間違えたってさっき言ったじゃん」


連夜の言葉に茶奈が口を尖らせる。

今朝、連夜から連絡を貰ったときにちょうど香水を身に付けていたのだが、間違って落として香水の瓶を割ってしまった。香水をぶちまけた家の主に申し訳ないことをしてしまったと思いつつ、家に帰ってきた次第である。


「それより、斎希は大丈夫そう?」


桜樹が尋ねた。


「うーん……ビミョーだね。顔色はそこそこ良かったけど、鼻づまりしてるのか、この臭いには気づいたなかった」

「そっか。大事なくてよかったよ」


ほっとして桜樹は、椅子に座った。


「なんだかんだ、斎希に負担かけてるからね」

「大学の勉強が難しいらしいし、バイトで勉強する時間が無いし」

「茶奈もバイトすれば斎希の負担が減る」


連夜がジロリと茶奈へと視線をやる。

茶奈は肩を竦めた。


「それはそうだけど…」

「連夜、無理言わないの。ルームシェア初めた時、互いの生活に口出ししないって決めたじゃんか」


桜樹の言葉で二人は黙った。


「全く。ほら、茶奈。台所のテーブルに雑炊があるから。斎希に持って行ってあげて」

「あー、うん」


茶奈は連夜から目をそらした。

茶奈だって自分が我が儘だってことは分かっている。それでも、辞められないことがあるのだ。自分の為にも、斎希の為にも。

心の中で静かに思う。

昔、《計画》を立てた時に約束したのだ。


───サナ、わたしね、ぶたいさっかになるよ

───そうすれば、サナとずっといっしょだよ

───サナは、わたしのものがたりのね、しゅじんこうになるのよ



あの時の斎希は、いつも笑っていた。

思い出して、ふと気づく。

そういえば斎希の笑顔、最近見ていない。

茶奈は俯いた。

ぼんやりとしていたら連夜に追いたてられたので、桜樹自慢の雑炊を持って茶奈は斎希の部屋へと舞い戻る。


「斎希ー、雑炊だよー。……斎希?」


ドアをノックするが返事が無い。

もう一声かける。


「入るよー?」


お盆に乗せた雑炊をこぼさないようにしてドアを開けた。


「斎希?寝てるの?」


ベッドに近づいて様子を見る。

少し息が荒いが、特につらそうな様子ではない。


「……起こしちゃ悪いよね?」


お盆を勉強机に置いて、乱れている布団を直してやる。

ぴとりと額に手を置く。


「うん、熱は無いね」


茶奈は一つ頷いて、斎希の部屋を見回した。

整頓された、綺麗な部屋。

本棚には、沢山の小説と沢山のノートがあった。

ノートを開いてみる。

丁寧だけれども癖のある文字で、物語が綴ってあった。

つい、顔が笑ってしまう。

斎希の綴った物語。

最後は全て、ハッピーエンドの物語。

斎希曰わく、ハッピーエンドじゃないと、演じる茶奈が可哀想らしい。

なんて斎希らしいのだろうか。

新しそうなノートの最後ページを見ると、やはりハッピーエンドで終わっていて。


「あたしのやりたいことか……」


一人ごちて、斎希を見ると


「……何やってんのよ茶奈」

「あー……」


とりあえず、茶奈は笑って逃げるように部屋を出て行った。

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