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李愛  作者: 采火
23/32

過去の真実は自分の解釈次第3

朝、寝ぼけ眼の状態の斎希に、リザンが襲いかかってきた。


「朝じゃー!」

「きゃーっ!」


ぼふん、と枕を顔面キャッチしたリザンはふてぶてしく笑った。


「早起きは三文の得だぞい?」

「知ってるんで出て行って下さい!」


斎希は赤面しながら叫んだ。

斎希は着替え中だったのだ。

これがイケメンとの偶然のトラブルだったらまだしも、相手は見た目八十歳のエロ爺。

本っ気でふざけないでもらいたい。


「私が良いと言うまで障子を開けないで下さいよ!?」

「ほっほっー。怖いのお」


にまにまと笑いながら障子を閉めるリザン。

斎希は急いで洋服を身につける。

ブラウンをベースにした小花模様のギャザースカートと、クリーム色のタンクトップに、半袖パーカー。

全てリユウの洋服だ。


───なんか私、ここに来てから、いろいろな人に服を借りてるわね……っていうか迷惑をかけ過ぎてるのね。


しかし、無一文な上に混乱している身。

自分じゃどうにも出来ない。


「そのかわり、おっちゃんに何とかしてもらうけどっ」


色々と知っているようだし。

身繕い用に借りた櫛で髪を梳く。

サラサラと梳けば、髪に艶が増した気がした。

椿油でも含まれている櫛なのだろうか?

意匠も凝っているので、高価なものに違いないだろうと思った。

丁寧に櫛削って身支度を整えたら腰を上げた。

皺になっているスカートの裾を直して障子を開ける。

リザンが縁側に胡座をかいて楽しそうに庭を眺めていた。


「なに見てるんです?」

「庭じゃよ」

「そりゃ分かりますけど。庭の何を見てるんです」

「過去じゃよ」

「過去?」


一気に雲行きが怪しくなってきた。

胡散臭さが出てくる言葉である。

眉をひそめながら斎希は尋ねた。


「どんな過去が見えるんで?」

「ほんの三年前じゃよ。庭に生えていた桜が寿命を迎えてな、いよいよ咲かなくってのう。丁度この日に切り倒したのじゃよ。その様子が見える」

「……私には見えませんけど。てか、そんな寂しい出来事なのになんで楽しそうなのよ」


呆れたような馬鹿にしたような表情で言う斎希に、リザンは豪快に笑った。


「はっはっはっ。命は巡るもんだ。桜の命はどこにいるのだろうかと考えていたんじゃよ」

「輪廻転生っていうやつ?」

「そんな難しい言葉をよく知ってるな」


リザンが軽く驚いてくれたので、斎希は少し得意顔になった。

高校の倫理の授業で少し触れたのを面白かったので覚えていただけた。きちんと授業を身に付けていれば自然と得ることのできる知識。

リザンの話の真偽はさて置いて、こういう神秘的な話には昔から興味が惹かれた。

自分が体験できない非現実的な世界。

自分が見ることの出来ない近くて遠い歴史。

これらは斎希の興味の対象だった。

実際として有り得なくても、夢として有り得て欲しい。

そんな希望から生まれる興味である。

庭に視線を向ければ小さな池が光を反射し、木々が青々と茂っている。

斎希が見られる素朴な中にある、過去の姿。

それは桜の株が無造作なまま放置されているものだった。


「……切り倒したなら、どうして根っこを引き抜かなかったの?」


斎希の問い。

素朴な疑問だけれど。


「さあてなあ?」


リザンは笑ってはぐらかした。

リザンは快活に笑いながら「よっこらせ」と立ち上がる。


「三年前のことなぞ、興味ないわい。自分が何故そうしたのかは忘れたが、きっと意味があったのじゃろ。興味があれば、大抵のことは覚えている」


そう言いながらリザンは、縁側をゆったりと歩き出した。

斎希はその後ろを付いていく。


「今のように、過去の姿を見なければ思い出せない程度の興味なら、そんなに重い意味は無いんだろうよ」

「……過去の姿ってさっきから言っているけれど、どういう感覚なの?」


ちょっとした疑問をリザンにぶつけてみた。

リザンはこちらへ振り向いた。

体力有り余ってます的な老人は、堂々とした体で斎希に言葉を返す。


「まぁ、こればかりは感覚を共有でもしない限り分からんわい。それよりも大事なことがあろう?」


リザンの言葉に、斎希は気にはなりつつも気を引き締める。

一番大切なこと。

それは。


「今から全ての真実を教えに行くんじゃよ。現代への戻り方、わしの年齢、過去の姿、李唄と愛唄、そして───」


リザンは一拍置いた。

斎希の視線がリザンから逸らされていない事に、感心を覚えながら。

斎希の興味の対象がリザンに固定されているのを感じながら。

リザンは思う。

これから言う言葉に斎希が興味を感じなかったら、多分、斎希は現代に戻れないだろう。

過去、タイムスリップをした者の中にそういった者が実際にいたのを、リザンは知っていた。

斎希の反応次第では、真実を明かさなくてもよい気がした。

でもとりあえず、言葉を続けた。


「───《スモモの愛》。これら全ての真実を、じゃ」

「……すもものあい? スモモの木の愛ってこと?」

「そうじゃ」


リザンは頷いた。

斎希の興味が削がれていない事をしっかりと感じながら。

もし興味が薄れてしまったら現代へ戻る見込みは、ほぼゼロに近くなる。

そんな判断を下していたとはつゆ知らず、斎希は何かを思案していた。

手を腰と顎に当てて立ち止まる斎希に、リザンは指示した。


「わしについて来い。真実を知るための場所へ行こうぞ」


にやりと笑うリザン。

斎希はこくりと頷く。

斎希はリザンの隣に並ぶと、思ったことを口にした。


「それは李唄と愛唄の真実? それとも私がタイムスリップにあったことの真実? どちら? それとも両方?」


歩き出しながら、やはりリザンは舌を巻く。

斎希の頭の回転の速さに。

それと同時にむずむずとした感情が浮上してきた。

この少女に、いや、少女というには少しばかり成長し過ぎた十九歳の彼女に全ての真実を話したならば、きっと悪夢の呪いともいえる《スモモの愛》が解ける気がして。


「斎希、焦るもんじゃない。お前は頭がいいから、すぐに現代に戻れるだろうて」


目を細めながら諭すように言う。

斎希は不満そうに頬を膨らませた。

リザンがまるで溺愛する娘を見るような緩んだ表情で斎希を見ると、斎希は心底嫌そうな表情で見返す。


「何よ」

「ちとのぅ、あいつに似ているなぁと思うて」

「おっちゃんの奥さんの事?」

「いや、わしに女房はおらん」


斎希は、え? と首を傾げた。

曲がり角に来たので、縁側から廊下に入る。

明かりがなくなって、薄暗くなった。

夜に通ったときは電気がついていたので気づかなかったが、この廊下は縁側と違って全く明かりが入らない造りになっていたらしい。

目を凝らしなが進めば、リザンは飄々と言ってきた。


「リユウは施設から引き取ったのじゃよ。偶々、その施設を造ったのがわしの友人でなあ。昔からリユウはしっかり者でなあ。年老いていくわしをあんまりに心配してくるから、連れてきたのじゃ」

「へぇ」


自然と言葉が口から出てきた。

それはリザンもそうであるし、斎希もそうである。

お互いの飾らない言葉。

その光景は周りから見れば、さぞ仲の良い祖父と孫に見えたであろう。

しかし、誰も見る者はいなかった。

薄暗い廊下に木霊する、年季の入った嗄れた声と川のせせらぎのように澄んだ声。

過去に生きてきた者とこれからを生きていく者。

赤の他人ではあったけれども二人はきっと、どこかが似ている。

そう思わせる雰囲気がそこにはあった。


「じゃ、あいつって誰なんです?」


暗い廊下を進み、ガラス戸の玄関から漏れる明かりの前で立ち止まった。

リザンは靴を履くことを促しながら答えた。


「愛唄の人じゃて」

「……アイさん?」

「そうじゃ。一時期は恋仲であったからのう……何か照れるわい」


頬を掻くリザンに、斎希は胡乱気な視線を向ける。

リザンは懐かしそうに目を細めた。

そのまま戸に手をかける。


「あいつは不器用な女だったのう……」


そうぼやいて戸を開いた。

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