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李愛  作者: 采火
22/32

過去の真実は自分の解釈次第2

「斎希がここに来たぁっ!?」

「何時の話!?」


茶奈と桜樹と連夜が駅に来ると、駅員さんがいたので、子供会の時にお世話になっていたおっちゃんの話を聞こうとした最中。

駅員さんが斎希を見たと言うのだ。


「だいぶ前だぞ?」

「だからいつ!」


茶奈が急かすようにつめよると、駅員は吃驚した表情でうなずいた。


「十年ほど前じゃねえか?」

「はーい、連夜ー、桜樹ー、資料館に行こっかー」

「そだねー」

「おい、待て人の話を」


駅員さんが何かほざいているが、聞こえない。

きっと駅員さんも年だから、頭がちょっと弱くなっているのだろう。

三人は駅の入り口からさっさと離れ、車に乗り込む。

運転席には連夜が乗った。

この車は連夜の母親のものだ。

連夜は東京に引っ越す前に免許を取得していたので、移動用に借りたのだ。

さすがにこの陽気は暑さへの耐性が、首都に行ったことで無くなった三人にはきついのだ。

先ほどまでクーラーがかかっていた車内は、まだ涼しかった。

夏に入るか入らないかの季節のくせに暑くて嫌になってしまう。


「全く。あたし達に李唄を教えてくれたのはおっちゃんだから、おっちゃんの情報がないか聞きに来て損したわー」

「大人しく資料館に行けば良かったんだよ」

「そだねー。ってことで、連夜、運転よろしく」

「ああ」


ぶるるん、と音を響かせエンジンがかかる。

滑るように走り出した車で、茶奈達は斎希の作った、愛唄を題材にした物語について語り合った。


「内容的には典型的な恋愛ものね」

「時代背景は戦時中かな?」

「たぶん。だって兵隊さんとか出てるし」

「アイちゃんて、勇気あるよねー」

「てか、ここまで話を調べた斎希もすごいよ」

「李唄はマイナーだしね」


後部座席に乗り込んだ二人は、思い思いのことを言い合う。

長い付き合いなので、多少会話が噛み合わなくても問題無い。

勝手に脳内で補完できるレベルの付き合いだ。


「……資料館ってどの道だっけ」

「次の信号右だよー。てかさ、斎希って何気にこういうの好きだよね。歴史っていうか文学っていうか」

「あ、茶奈もそう思う?」

「やっぱ桜樹も?」

「うん。だってさー、斎希の歴史雑学すごいもん」

「あたしら、歴史人名しりとりとかやったら、斎希だけ日本人限定にしてもらっても勝てないしね」

「深いとこまでは知らないけど、浅い知識がいっぱいだよね」

「名前は知ってるけど何やったかは知らない人が大半だから、人名しりとりとかやると本当にいるのか疑わしくなる……」

「その割には本人、自分の雑学の多さ否定するよねー」

「まあ、確かに、クイズ選手権では予選突破がギリギリの知識なのかな」


茶奈と桜樹は口々に斎希について語っていく。


「……だから愛唄なのかもな」


きゅっとハンドルをきりながら、ぼそりと連夜がつぶやいた。

連夜の言葉に茶奈が首を傾げたのを、連夜はミラー越しに見る。


「……あいつ、コンプレックス持ってたんじゃねえの?」

「なんで? 斎希がコンプレックスを持つ理由がわかんないんだけど」


連夜は顔色を変えないで答える。


「……あいつ、特化してる物がないから得意なことって聞かれると困るって言ってたよな」

「うん」

「……そういうことか」


桜樹が納得したような顔で頷いた。

茶奈だけが話の意味がわからずに首を傾げ続けるばかりだ。

そんな茶奈を桜樹がフォローする。


「連夜はお菓子づくりの才能があったから、専門学校主席で卒業。茶奈は昔から演劇一途だった甲斐もあって、部活とか、サークル内でも主役を張れる上にみんなが認めるムードメーカー」

「桜樹は男装の歌姫。誰からも好かれる」

「不本意だけどねっ!」


桜樹が歯をむき出しにして反論するが、連夜は無視した。

茶奈はこれを聞いてもわからずに尋ねた。


「それと愛唄がどうやってつながるの?」


もっともである。

うーん、と唸ってから、桜樹はもうちょっと丁寧に話し始めた。


「ほら。斎希って歴史をちょっとかじってるけど、それってほんのちょっとで自慢できるほどじゃないって言ったじゃん」

「うん」

「成績も僕たちに比べて断然高いけど、全国で考えたら中の上って言って、気にしてた」

「うん」

「自分が誇れるものがなかったんだよ、きっと」


桜樹は寂しそうに笑った。

そうだ、斎希はいつもそうなのだ。

褒められても他人のおかげだと言って身を引くし、いつも他人を基準に行動する。

総合的に見ればよくできた人格の持ち主だ。

だからこそ、彼女の特有の何かが無くなってしまう。

斎希は作ろうとしたのだ。

自分が他人に誇れる何かを。

物語は斎希を表現しつつ主張できる場所。

愛唄はもうほとんどの人が知らない忘れ去られた唄。

忘れられながらも続いている唄。

斎希は愛唄に自分という思いを載せるために調べ始めたのだろう。

そして愛唄を題材に物語を書いた。

そうやって主張する事で、斎希は愛唄が自分の特化したものだということを証明したかったのだろう。

ぐるぐると考えた茶奈はやっとそこまで考えついた。

斎希の本心がどうであれ、自分たちから見れば斎希は人生で迷子になってしまっていたのだ。


「でもさ、そうなると私たちが愛唄を調べてしまうと駄目なんじゃない?」


茶奈は難しい顔で唸った。

桜樹と連夜も同じことを考えていたので、何も言えない。


「あたし達が愛唄を詳しく知っちゃうと、斎希の特徴がなくなっちゃうでしょ?」


それはいいことなのか。

それとも辞めた方がいいことなのか。


「……でも、調べないと何も分からない」

「そもそも本当に李唄と愛唄が関係していることかどうかが怪しいけどねー」

「……信じるしかないさ」


桜樹はシートに背中を深く沈めて、連夜と茶奈の話を聞いていたが、やがて自分の意見をぶつけた。


「僕はいいと思うんだ。斎希は優しいもの。それが斎希が特化してる部分だと僕は思ってるから」


桜樹の意見に茶奈はそういえば、と思った。


「確かにそうだよね。斎希は優しいもん。斎希がいると落ち着くしね」

「……理解者」

「そうだね。斎希は僕たちの理解者だ」


桜樹はにこりと笑った。

茶奈もうんうんと頷いている。

連夜も目元が緩んだ。

みんなが共通して斎希の良さを知っている。

斎希の優しさ。

それはお日様の下で日向ぼっこしているような温かさがある。

母親のように柔らかく包んでくれる柔軟さがある。

本人は知らないけれど。


「斎希はちゃんと誇れるものを持っているんだよ?」


茶奈の言葉に、二人とも力強くうなずいた。

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