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李愛  作者: 采火
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過去の真実は自分の解釈次第1

藺草の匂いが微かに漂う座敷で斎希は冷や汗タラタラで正座していた。


───えと、確かに子供会のおっちゃんに会えたらと思って探していたけど……!


まさか相手はかなりの豪邸の持ち主とは思わなかった。自分の家の近くの、誰が住んでるのかよく分からない生け垣に囲われた豪邸が、まさか答えだとは。

そわそわと落ち着きなく、辺りの様子を見る。

盆栽や掛軸など立派な物が目に次々と映る。

斎希はそれらから目を反らすと、目の前の卓上に置かれたお茶に目をやった。

湯呑みに注がれた緑茶は湯気をあげている。

そっと手に取りふうふう、と冷まして口をつける。

こくん、と一口頂いた。


「あっつう!」


思わず叫んでしまった。

斎希はどちらかというと、猫舌なので仕方ない。

ふうふう、と軽く火傷をした舌をこれはいかんと思い、お茶請けのお菓子に手を伸ばす。

小さな黄餡のお饅頭が置いてあった。



「……おまんじゅう」


これは斎希の大好物でもあるので問題なく頂いた。

お茶が冷めるのを待ちつつ、お饅頭を食べているとリザンが入ってきた。

期待通りの体育会系の身体。

彼は斎希を見るとにんまりと笑った。


「おうおう。お前は道尋(みちひろ)のとこの娘だな?」

「───なっ!?」


思わず斎希は腰を浮かせ声をあげた。

どうして一瞬で正体がバレたのか。

斎希は驚きに染まりながらも懸命に頭を働かせて考える。

しかし答えは出なかった。

出る前に、リザンが答えを言ったのだ。


「時々、お前のような『時のはぐれもの』と出会うからのう。そんなに警戒するでない」

「……時のはぐれもの?」

「若者風に言えばタイムスリップじゃな」


斎希は息を飲んだ。

自分のような者が他にもいたのか。


「どういうことですか!」

「おうおう。道尋の娘が敬語を使っとるわい」


リザンがにまにまと笑いながら、斎希を茶化す。

斎希は机から身を乗りだしていたが、茶化されると座り直した。そしてすまし顔。


「いつまでも子供扱いしないでください、おっちゃん」

「なんだ、大人っぽくリザンさんと呼んでみろや」

「おっちゃんで問題なしです」


つーん、とそっぽを向いた斎希におっちゃんは豪快に笑う。


「何にせよお前がここに辿り着いたなら、お前は何かを得ているんだろう? 得ているからここに辿り着いたんだろう?」


よっこらせ、と机を挟んで斎希の正面にリザンは座った。


「お前はもとの時代に戻るためにどうすればよいと考えている」


単刀直入だった。

斎希の方が面食らってしまい、しどろもどろになる。


「……信じてもらえるのですか」

「何を言うとる。信じるも何も、最初から理解しておるじゃろ」


リザンは飄々と構える。

斎希は戸惑ったが、それもそうだと割りきった。

人生山あり谷ありとはよく言うものだ。

ひょんなことから結構真相めいた部分に辿り着けた。

斎希は腹を決めた。


「……どうすればよいかは分からないけど、李唄と愛唄が関係していると思います」

「根拠は?」


すかさずリザンが切り返す。

斎希は焦らずに自分の考えをまとめた。


「この時代に来た時、スモモの木の下で目覚めました」

「それだけじゃ足りんだろう」

「もうひとつ。昼間、愛唄を歌っていたら一瞬だけ現代と繋がりました」

「ほう」


リザンが目を細める。

斎希はそれを見逃さなかった。

つまり今の斎希の言葉に正解があったということ。

ざらりとした藺草の感触を足に直に感じる。

斎希は落ち着いて問いかける。


「愛唄を歌えば現代に戻れるんですか?」


かなり核心に近いと思ったが、リザンは頷かなかった。

ただ一言、ニヤリとした表情のまま言葉を放つ。


「足りないのう」


足りない。

何が、足りない。

斎希は前のめりになって訊ねる。


「足りない、のですか? 間違っているのではなく」

「ああ。でもまあ、偶然とはいえそこまで自力でたどり着いたのはお前くらいやなあ」


リザンはうんうん、とうなずいて菓子をつまむ。

モグモグと豪快に口に頬張って飲み込むと、ゲホゲホとむせた。

斎希は慌ててもうひとつの湯呑みを出してお茶を注ぐ。

机に沿って周り、リザンに湯呑みを差し出す。

リザンは受け取ると大分温くなっていたからか、一気に飲み干した。


「ああー、死ぬかとおもったわい」

「歳を考えてください」


斎希は一瞬本気で大丈夫かと思ったけれど、大丈夫そうで何より。

リザンはにかっと笑って、斎希に語りかけた。


「よしよし、この老いぼれがポックリ行く前に教えといてやらんとな。リユウにもやらせなあかんが、どうせお前さんの方が役としてあっているやろ」

「役って何ですか?」

「こっちの話だから気にせんでええ」


リザンは湯呑みを置いて、斎希と向き合った。

リザンは胡座をしているが、斎希は正座だ。

それぞれがお互いの顔を見つめる形となる。


「端的に言うとな? お前さんは愛唄を歌うだけでよいのじゃ」

「究極的ですね。それじゃ足りないんでしょう? もっと詳しく言ってくれないと分かりません」


ジト目でリザンをにらむ斎希。

愛唄を歌って何かが起きることは証明済みだ。

けれどそれだけでは足りないとリザン自身が先程言ったばかり。

斎希は推測する。


「何かの条件のもと、愛唄を歌えばいいんですよね?」

「本当にお前さんは賢いなあ。そのせいか、結果を急ぐ傾向がある。それだと実験などで失敗するぞ?」

「問題無しです。私、大学では文系ですから」

「思考的には理系な気もするぞ?」

「自分でも時々そう思います」


あっはっはっ。

二人は声をあげて笑ったが、すぐに斎希がジト目に戻ったので、リザンは咳払いして話を進めた。


「お前さんの言うとおり、条件がいる。時間を渡るとき、こちらの時間と向こうの時間で、親い者同士が対になる唄を同時に歌わなければならん」

「同時に?」

「おうよ。少しでもタイミングはずれちゃあかん。お前さんが一瞬だけ向こうの時間と繋がったのは、向こうの時間で誰かが李唄を歌っとたんやな」

「多分、桜樹だわ……」


泣きそうな表情になった斎希に、リザンは微笑んだ。


「対なる唄には対なる理由があるかんな。李唄や愛唄のようなものは特にな」

「対になる唄にはそれなりの理由がある……まあ、作曲者とかの意図を汲めばそれはそうだと言えるわ」


斎希は神妙な顔で頷く。

けれどそれだけではどうしても全てを納得するには足りなかった。


「ねえ、どうして唄がタイムスリップする原因になるんです? それに私、ここに来るときは李唄も愛唄も歌ってなかったわ」


斎希の問にリザンは困った顔をする。

斎希は唇を尖らせた。


「まだなんかあるでしょう?」


リザンはお手上げというように両手を上げた。


「お前さん、本当に頭ええなあ。本当にあの道尋の娘か?」


苦笑気味に言われ、斎希は胸を張る。


「ふふん。そりゃ、私、鷹ですから」

「まあ、鳶が鷹を生むとはよく言うけどな。それにしてもこっちの成長はないんじゃのう」


ふにん。

……………………。

一瞬、時間が止まった気がした。


「……な、なな」


斎希は自分の胸元を見た。

リザンが人差し指で己の胸をつついていた。


「ななななな……」

「これならワシの大胸筋の方が豊満やな」


つん。


「ひんっ……!?」

「おうおう。お前さんも筋トレやるか? もっと乙女になれるぞい?」


かっかっかっー、と笑うリザンに斎希は灰になった。


───汚された……もうお嫁にいけない……。


せめて吉良ほどあったなら、もうちょっと自信が持てたのに。

的外れなことを考えつつ灰になる。


「まあ、それはさておき。斎希よ。貧相な身体でも需要はある。日本人は昔から皆そうだしのう」


斎希は正気になると拳を握った。


「おっちゃん……」

「おう。なんや?」

「遺言はあるかな?」

「まてまてまて。話が飛躍しておるではないか」

「問答無用っ! くたばれくそじじい!!」


斎希は拳を振りかぶるが、おっちゃんに軽々と受け止められる。


「きいっ! おっちゃん高齢者なんだから、年相応なことしてなさいよ! 筋トレとかじゃなくて! そしたら仕留めるの楽なのに!!」

「おうおう、物騒やのう。それにわしゃまだ二百六十だ」

「嘘つけ! 見た目こそ若くは見えるけど年齢とか考えれば…………は?」


今なんといったこのおっちゃん。

確認のために尋ねてみる。


「何歳って……?」

「二百六十」


にかっ、とピースサインをするリザンに、斎希は顔をひきつらせる。

また新たな謎が浮上してきた。

人間としてあり得ない年齢の人物が目の前にいる。

斎希は改めて言った。


「この嘘つき変態」

「変態とはなんだ変態とは。昔なら皆やってたぞ?」

「黙れ嘘つき」

「それに嘘は言っておらん。かれこれ二百六十年生きておる。そんな殺気立つな。人の話は最後まで聞くもんだ」


斎希は立ち上がって、元の席に戻る。


「何で戻るんじゃ?」

「変態防止です」

「酷いのう」

「早く話せおっちゃん」

「敬語がとれたな?」

「……うっさい」


ぷいっ、と顔を反らして斎希は黙りこんだ。

リザンはつれないのう……と呟いて本題に入る。


「まずな? お前さん、李唄と愛唄の話はどこまで知っておる?」

「資料館や公民館にあるやつは前に一度調べたわ。愛唄はアイという少女が思い人をスモモの木になぞらえていたという話」

「李唄は?」

「アイの育てたスモモの木を村人が貪る話」

「言い方は間違っている気もするが、まあだいたいそんなもんじゃな。いや、ここまで知っていれば上々」

「ちょっとおっちゃん。さっきから人の評価ばっかりしていて、肝心なことは教えてくれないの?」


しびれを切らしたように、捲し立てる斎希を視線で制してリザンは話し出した。

斎希はうっ、と身を引く。


「そう焦るなて。お前さんがどれ程知っているか知りたいだけだ。さて、ここで問題じゃ。愛唄は資料が少ないが残っておる、ということに対する矛盾点は感じないかね?」

「矛盾?」


斎希は眉を潜めた。

矛盾などあるのだろうか。


「これが分からないと次には進めんぞ?」


リザンは不適に笑った。


───矛盾……? 資料が残っていると矛盾になるの?


斎希は顎に手をあてて考え始める。

リザンの言葉から、『愛唄の資料が残っているのはおかしい』ということになる。

何がおかしいのか。

愛唄と李唄の資料のイメージを比較する。


───愛唄よりも李唄はいいイメージは無いわね……ってあら?


矛盾を発見した。

斎希は顔をあげてリザンを見た。


「この町を開拓した人達である村人は何故、自分たちの醜態になりうる李唄を残したの? 愛唄を知っていれば、李唄は故人の大切なスモモの木から実を剥ぎ取る意味の唄よ。どうして?」

「ほうほう。やはりお前さんは頭がよいのう。それはな、対なる唄の性質のためじゃ。下手に愛唄だけを残されると困るのでな。李唄を残させたのじゃ」

「残させた?」


斎希が言葉の端を拾うように尋ねる。


「指示したのはワシだ。この二百年、何度もめんどくさい事が起きたからな。最初に言ったように、お前さんのように時を越えてくるやつがおる。一度、李唄が衰退しまくった頃にやって来た時のやつは帰るのが大変だった」

「おっちゃん、さっき言ったじゃない。帰る方法は愛唄と李唄を同時に歌えば戻れるって」


斎希はキョトンとした。

リザンは首を降った。


「条件が必要だと言ったじゃろ。そのうちのひとつとして、李唄と愛唄の理解が必要なんじゃ。李唄の理解が難しい者の為に、これらの資料はワシがほとんど作った。もはやただの童謡となっているがな」


斎希はふーん、とうなずきながら首をますます傾げる。


「その割には愛唄の資料が少なすぎるわ?」

「いやー、李唄を広めに広めまくったせいで、今度は愛唄が衰退し始めてな? どうしようかと思っていたところだ」

「馬鹿?」

「酷いのう。歳上だから敬えや」


斎希ははあー、とため息をつく。

こんな調子で帰れるのか不安になってきた。

そこでリザンが大あくびをする。

斎希が軽く睨むと、リザンは横目でこちらをちらりと見た。


「もう夜も遅いし寝た方がいいかもな。てかワシが眠い。年寄りの健康に早寝早起きはかかせんのじゃよ」

「……まあ、無理も言えないんで仕方ないです」

「お前さん、どうせ行くあてないじゃろ。家に行ってもどうせ意味無いだろうしな」

「……ごもっともです」

「帰るまでうちにいたらええ。リユウは結婚してるくせに子供がおらんかんな。きっと喜ぶで?」

「……いいんですか?」

「いつものことじゃ。気にしんでええ。後で布団を運ばせるから、ここをお前さんの部屋にしようかの」

「……すんません」


急にしおらしくなった斎希を見て、リザンは「気にしんでええ」と繰り返した。


「お前さんはさっきみたいに元気なほうがええよ。それがワシの知る斎希じゃった」


リザンの笑みは、優しさは無いけれど単純明快で、斎希の心に深く浸透していった。


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